15F 嫉妬から生まれたこと ②

15F-②


第3ラインの若手が、みんなであつまっている頃、

拓也は喫煙所でタバコを吸っていた。

しばらくすると、カツカツとヒールの音が聞こえ、エリカが隣に座る。

拓也は、まだ帰っていないのかと、声をかけた。


「あら、お邪魔だったかしら」

「いや……」


エリカも小さなポーチからタバコを取り出し、火をつける。

そこからは数分、互いに無言のまま、タバコを吸い続けた。


「広瀬さんって、ここに来る前は、何をしていたの?」


エリカはそういうと、拓也の方を見る。

拓也は黙ったまま、タバコをふかしていたが、

そのタバコが小さくなり灰皿に押し付ける。


「どうしてそんなことを、聞くのかな」

「おかしい? だって、あなたは明らかに、他の人と違うから」


エリカは、『木瀬百貨店』の人たちは、自分の経歴に誇りを持っている人が多く、

横のつながりなどが少ないのも、それぞれがいい大学を出たことや、

いい職場に就職できたことのプライドが邪魔をしているのではないかと、口にする。


「プライドね……」

「『新原店』にいた時、私も同じように上司に意見を言ったの。
それは違いませんかって。そうしたら『女のくせに』って、そうポロッと……」


エリカは、それを聞いた時、この上司の下で仕事をすることは、

プラスにはならないと判断し、気持ちを切り替えたと、過去のことを語る。


「それよりすごいことでしょう。こういう言い方がいいかどうかわからないけれど、
『KISE』で売り場に立って、お客様の相手をしている契約社員なのよ、彼女。
普通の……ううん、私が今まで関わってきた『木瀬百貨店』の社員なら、
彼女を仲間にして仕事をしようなんて発想、絶対に持たないもの」


エリカはそういうと、またタバコを吸い込んでいく。


「まぁ、エリートではないな、俺は」


拓也はそういうと立ち上がり、軽く首を動かす。

エリカは、そんな拓也の姿を見つめ、軽く笑みを浮かべた。





「あけまして、おめでとうございます」


彩希の正月は、佐保との挨拶から始まった。

二人でおせちを作り、それを持って『あゆみの丘』に向かう。


「おじいちゃん、お母さんの栗きんとん、大好きだからね。
去年もすごく嬉しそうだった」

「なんだか、今年はあまりうまくいった気がしないのよね」

「大丈夫、大丈夫」


近所の神社で、『初詣』を済ませ、『キセテツ』の駅に向かう。

駅のホームには、春を意識した旅行のパンフレットが、あちこちにおいてあった。

彩希は次の電車が来るのを待つ間にちょうどいいと、それを取り、パラパラめくる。


「いいねぇ……海の近くは、お魚がおいしそうだし」

「そうね」


彩希が幼い頃は、祖父と父がとにかく店を休むことを嫌い、商売をしていたため、

家族で旅行に行った記憶など、ほとんどなかった。

ただ、職人同士の話し合いの中で、地方に美味しい和菓子の店があると聞いた父が、

その店にいくことを目的とした旅行を組み立てたことがある。

そのため、彩希には、父と数回、電車に乗った記憶があった。

ホームに電車の到着を告げるアナウンスが流れたため、

彩希は広げたパンフレットを、元の位置に戻した。



同じ頃、芳樹は、昨年から習い始めた、書道の会に出席していた。

今年の抱負というお題が出され、それぞれが精神統一をして、墨をする。

墨汁ですぐに書くという方法もあったが、

芳樹は、この墨をするという行為が気に入っていた。

さらさらしていた墨の部分が、少しずつ変わっていく時間の中で、

紙に向かう精神力を、養ってくれる気がするからだ。


「ふぅ……」


鼻に届く墨の香りを感じながら、芳樹は筆の準備をする。

真っ白な紙に文鎮を置き、文字を書くシミュレーションを繰り返した。

少し強めに筆をおき、まっすぐ横に引っ張っていく。

縦の線から、文字を丸めたところは、軽く流すように筆を使い、

最後は力強く紙を押さえる。



『一心不乱』



芳樹は筆を横に置き、大きく息を吐いた。



そして、その頃、拓也の携帯には、昨年、『夢最中』のヒントを得るため、

付き合いのあったホステスたちに、一斉メールをしたおかげで、

逆に、『年頭の挨拶プラス売り上げ貢献』のお誘いメールが、ひっきりなしに届いた。

どこの業界もスタートダッシュは大事なようで、確認するだけで、

時間がどんどん過ぎていく。


「ったく、あいつらみんな、要求しすぎだ!」


拓也は携帯を放り投げると、布団を頭まで被り、日が沈むまで起き上がらなかった。





「うん、うまい」

「そうですか?」

「美味しいわよ、佐保さん」


彩希と佐保は『あゆみの丘』に到着し、新之助たちと話を弾ませた。

彩希は、祖父母の笑顔と、母の声に、昔の江畑家が戻ってきた気がしてしまう。


「おじいちゃんたち、年末年始くらい家に帰ってくればよかったのに」

「そうですよ」


彩希と佐保の言葉に、新之助は軽く手を振る。


「それがな、必ずしも年末年始を家族と過ごせる人ばかりではなくて、
結構、大変なんだよ」


入居者の中には、一度も家族が見舞いや遊びに来ない人もいて、

職員たちが気をつかっていると、そう話しだす。


「一度も?」

「あぁ……」

「私たちは、いつでも帰れるでしょう。だから、あえて帰る人が多いときには、
避けようねと、おじいさんとそう決めたのよ」


祖母のカツノは、家の近くにある桜並木が綺麗に見える時期に、

お花見をしにいこうねと、彩希の膝に触れる。


「お花見かぁ……いいね」


彩希はカツノの意見に賛同し、そのときを楽しみにしているねと、

そう言って笑った。





除夜の鐘から、初詣の賽銭の音。そして毎年恒例の駅伝大会が終わり、

サラリーマンたちにも、新しい年が始まった。

『木瀬百貨店』に勤めるメンバーたちの、仕事始めの日。

彩希は元旦と2日の両日休みを取り、1日早く仕事をスタートさせていたが、

今日からはまた気持ちを変えていかなければならない。

いつもの場所で出勤の印をつけると、そのまま地下の通路から、

『第3ライン』のある販売企画へ向かおうとする。


「あ……バタちゃん!」


声をかけたのは、恵那だった。

彩希は振り向き笑顔を見せる。


「今日は初日、ガンバレ!」


恵那は両手を握り、ガッツポーズのような格好をする。


「ありがとう」


彩希は恵那に手を振ると、行ってくるからねとそう言った。





第3ラインの机の流れは、まずトップの位置に益子の席があった。

しかし、益子は部長という役職があるため、席を外していることが多く、

その前にある拓也の席が実質トップの場所と言ってもいい位置になっている。

その前には武が座り、拓也の横にはエリカ、

そして武の横に寛太、まつばとつながっている。

彩希が使っていいと言われた席は、まつばの目の前だった。

当たり前なのだが、机の上にはなにもない。


「江畑さん。あなたの仕事は広瀬さんが振ることになるだろうから、
とりあえず、これにしっかり目を通してくれる?」

「はい」


仕事始めの日だったが、拓也は早速外に出ているようで、

その場にはいなかった。彩希はエリカに指示されたとおり、

ファイルの中にある地下売り場の見取り図と、各店舗の動きを確認する。


「広瀬さんは、外ですか」

「そう、新年早々、『リリアーナ』から呼び出しだって。
益子部長と一緒に、出かけていったわ」


エリカはそういうと、彩希の前にいるまつばに声をかける。


「長岡さん、私もこれから数件、ご挨拶があるの。悪いけれど、
江畑さんに資料の見方、教えてあげて」


エリカの言葉に、黙って座っていたまつばが顔をあげた。

彩希は、気まずさを精一杯見せず、よろしくお願いしますと頭を下げる。


「わかりました」


まつばは彩希を見ずに、エリカを見たまま、そう返事をした。



15F-③




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