15F 嫉妬から生まれたこと ③

15F-③


まつばの隣にいた寛太は、その危うさに気付き、彩希とまつばの顔を交互に見る。

重苦しい空気の中、彩希は席に座り、資料をめくっていく。

今まで、食料品売り場に立ちながら、どの店の何が売れて、

どれくらい補充すればいいのかなど、平面的に売り場を捉えることはよくあったが、

全体を上から見下ろし、バランスを作る作業をしたことなどなかったため、

資料に現れている数字が何を示しているのか、読みながら探ることが楽しく、

気付くと1時間以上も見続けていた。

他のラインで働く人たちは、電話を取ったり、

また手紙を書いたりして、忙しそうに動いている。

彩希は、自分も何か手伝えることがあるのではないかと思い、

目の前にいるまつばが、印刷した宛名を封筒に貼り付けているのを見たため、

自分が手伝いますと、名乗りをあげた。

彩希の申し出に、まつばの作業の手が止まる。


「すみません、色々と雑用があれば、私もやらなければならないのに。
なんだかこの資料、今まで見たことがないものがたくさん書いてあって。
つい、長い間……」

「そのPCを使って、『送付リスト』から春のイベント用を呼び出し、印刷。
それで封筒に貼り付け……そこまでお願いします」


まつばはそういうと、自分の横にあった封筒を、彩希の前に出す。

ドンという音がして、会話はシャットアウトされた。


「あの」

「何か」

「すみません、私、パソコンはあまり得意ではなくて。
どこをどう開けば『送付リスト』があるのか、印刷の仕方も……」

「……なら、結構です」


まつばは、彩希の言葉を遮り、置いた書類を引き寄せると、また仕事を再開する。

彩希は、まつばが自分と話したくないのだと思い、黙っていることにした。

初日から、わざわざぶつかることもないが、

しかし、このまま資料を見続けているのでは、時間がもったいないため、

目の前の棚を開け、あるものを探し始める。

初めてとも言える場所のため、何がどこに入っているのかさえわからない。

だからといって、まつばに話しかければ、嫌な顔をされるのも予想がつくため、

彩希は、あまり音を立てないようにしながら、

ひとつずつ引き出しを開け、確認していく。


「何か、探し物ですか」


そう声をかけたのは、『第2ライン』との打ち合わせを終えた寛太だった。


「あの……色鉛筆か、カラーマーカーはどこに」

「マーカーですか……あ、えっと」


寛太は2番目の棚の扉を開け、そこに入っている鉛筆立てを出した。


「すみません、カラーのマーカーですよね。
赤、青、緑、オレンジ。ここには数色しか」

「これだけあれば平気です、少しお借りしますね」


彩希は鉛筆立てを寛太から受け取り、もらった資料のページを開いた。

売り上げ、店の評判など、販売企画部の人間が作った資料の中に、

彩希は、自分なりの意見を示すため、カラーマーカーを使い、

売り場を分け始める。

宛名のシールを貼り続けるまつばも、何をしているのかと作業をしながら彩希を見た。





「木瀬百貨店さんは、うちとの付き合いを、軽んじているとしか思えませんね」

「いえ、そういうことではありません」


彩希が初めての出来事に、おろおろしているとき、益子と拓也は『リリアーナ』にいた。

『チルル』の焼き菓子を復活させる希望があること、

それ以外にも少し売り場を動かすため、

今までのような場所と広さを確保できるかどうかは、微妙であることを告げる。

予想していたことだったが、『リリアーナ』の担当者は、

あからさまに不機嫌な態度をぶつけ始める。


「『リリアーナ』さんは、『木瀬百貨店』の地下売り場の歴史とも言えるお相手です。
これからも、もちろんいいお付き合いを続けさせて欲しいと願っています」

「でも、話が違うじゃないですか」


担当の男性は、それだけの付き合いがあるのに、

条件が厳しくなっていると首を横に振る。


「いや部長。厳しくなるわけではありません。移動をお願いしているのは、
御社だけではないです。出していただく商品の数、売り上げなど、
数年間見直しがなかったため、今回、担当者が変わった機会に、もう一度と……」

「そうかなぁ」


拓也は、部長の態度を見ながら、しばらく益子の横に立っていたが、

このままでは時間ばかりが過ぎると思い始める。


「部長、例のものを出してもいいですか」


拓也は、そう益子に一言断ると、1枚の紙を前に出した。


「これは、何かな」

「はい。これは『yuno』の記事です」


拓也が、相手に見せたのは、『伊丹屋』が『yuno』と契約をし、

日本で唯一の取引先になったことを書いた新聞記事だった。

『リリアーナ』の社員たちも、興味深そうに記事を見る。


「『yuno』がどうかしましたか。まさか、『木瀬百貨店』さんが、
扱えるようになったと」

「いえ、違います。もちろん、『yuno』を扱えるようになればいいとも思いますが、
おそらく、これからも『伊丹屋』の独占でしょう」

「それは当然でしょう。『伊丹屋』は、それだけの代償も払っているそうですし」


『リリアーナ』の担当は、いきなりそんな名前を出されてもと、笑い出す。


「『yuno』が『伊丹屋』に入ると決まったとき、
すでに売り場には御社を始めとした企業が、売り場を展開されていたはずです。
でも、『yuno』が入ることに、誰からも異論はなかったと聞きました」


拓也は、異論より、そういった店が入ることで、お客様の見る目も向上すると、

喜ばれた話を披露する。


「『yuno』も『チルル』も同じ焼き菓子を得意とする店です」


拓也の言葉に、『リリアーナ』の担当者は、驚きの顔を見せる。


「あのねぇ『木瀬百貨店』さん。ちょっと待ってくださいよ、
確かに同じでしょう、焼き菓子という名前でわけてしまえば。
しかしね、向こうは世界的に有名なパティシエが、丹念に作り上げているものですよ。
申し訳ないが、そこらへんの町の店とは……」

「そうでしょうか」


拓也は、『リリアーナ』の担当者の前に、『チルル』の焼き菓子を置いた。

包み紙もシンプルで、重厚感のある『yuno』や、CMを効果的に使い、

名前の知られている『リリアーナ』のような華やかさもない。


「包み紙にも、確かにお金はかかっていません。どこにでもありそうな、
特徴のない形です」


拓也は『チルル』の焼き菓子の、包み紙を外し、前に置く。


「うちの食料品売り場で、お客様のために日々、働いている店員がいます。
毎日そこにいるのだから、当たり前かもしれませんが、彼女はお客様の気持ちを知り、
その思いに並ぶことの出来る商品を、店内にある全ての商品の中から、
選ぶことが出来る特技を持っています」


益子は、横で拓也の話を聞きながら、それが彩希のことだろうとそう思う。


「そんなものは……うちの店員たちだって、やるでしょう」

「もちろん、『リリアーナ』のみなさんも、きちんと対応をしてくれています。
が、売り場を越えて、評価をすることはありません」

「それは当たり前じゃないか。うちの商品を売るために、いるのだから」


担当者たちは、何を言っているのかと、顔を見合わせ軽く頷きあう。


「でも、囲いの中しか知らない人の言葉より、
その囲いを越えて語る人の言葉のほうが、間違いなく重いですし、
お客様からしたら、ありがたく思えるものではないですか」


拓也は担当者たちを見つめ、一歩も引かないという強い気持ちを前に出す。


「デパートの地下食料品売り場は、お客様にとって宝の山のようなものです。
同じ洋菓子でも、和菓子でも、色々見比べて、一番気にいったものを買うことが出来る。
今まで知らなかったものに出会える喜びは、
小さな店やスーパーでは味わえないものです」


いつもお世話になっている人に贈るもの。

自分のご褒美として、普段なら買わないようなものを、買ってみること。

『安心感』と『チャレンジ』。両極端な思いを、受け止められるのが百貨店だと、

拓也は胸を張る。


「お客様は、常に前を向き、新しいものを求めます。そして気に入ったものがあれば、
またここでそれを買う楽しみを、持ち続けます。
つまり、重なるからいなくなって欲しいではなくて、同じような商品が並ぶ中で、
自分たちのものを手にしてもらう努力をすることの方が、
相手に負ける部分があるのなら、どこが違うのか、考えてみること。
長い目で見たら、これこそが御社のためにもなると思うのです」


拓也は、少し顔色を曇らせた面々を見つめ、さらに話し続けた。



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