15F 嫉妬から生まれたこと ④

15F-④


「……とここでいう私も、最初はよくわかりませんでした。
『チルル』は、どうせ小さな店だし、売り上げもたいしたことはないだろうと。
でも、その店員が、なぜ『チルル』が評価されるのか、それを私に教えてくれました」


拓也は、あらためて『yuno』の記事を、前に出す。


「信じられないかもしれませんが、『yuno』の焼き菓子と、
『チルル』の焼き菓子を食べ比べてみても、私には、その違いがわかりません」

「は?」

「口ざわり、甘さ、アーモンドの香り、どれも同じレベルだと思えました」


担当者の一人は、これだけ世界的なメーカーと、

町の店を一緒にするのはおかしいと、そう意見を述べる。


「はい。だから私もネットで色々と調べました。『yuno』の焼き菓子を検索すると、
色々な地方の小さなお店が、なぜかヒットするんです」


東京では『チルル』だったが、関西にも九州にも、同じような店があると、

拓也はプリントを前に出す。


「値段が高いから、パティシエが有名だから、会社が大きいから……
それだけではない基準を、今のお客様は持っています。
そして、私たちも持ちたいと考えています。お客様の期待に応え、
進歩する企業、店、そういったところと、売り場を作りあげていきたいのです」


拓也は黙っている担当者たちに、深々と頭を下げる。


「どうか……正々堂々と、競ってください。『チルル』にもそして別の店にも、
御社の力は必要です。互いに競って、そしていいものを作ってください。
お客様が心から満足できる環境作りに、どうか協力をお願いします。
御社が、攻めていこうと手をあげてくれるのなら、
私たちはとことん応援させてもらいます」


拓也の発言に、反対意見は出なかったが、発表を終えた後も、

納得したという声は上がらなかった。

話しは結局、平行線をたどったまま、益子と拓也は『リリアーナ』を出ることになる。


「すみません、部長。俺が勝手に」

「いや、いいんだ。この件に関しては、広瀬が先頭を切っているのは間違いない」

「でも……」

「まぁ、大手のプライドがあるだろうから、すぐに丸を出すことはないだろうけれど、
でも、『yuno』という比較対象を出したのだから、
うちが『チルル』を入れたいという思いは、理解しただろう。
おそらく、あの人たちは、今まで『チルル』の焼き菓子など、口にしたこともないはずだ。
今頃、初めて食べてみて、それなりに感じるものもある」

「だといいのですが」


二人は、駅に向かって歩き出したが、しばらくすると、拓也の足が止まる。

目の前にあるビルに書かれた、貴金属店の名前が、『city eyes』となっていたからだ。

『city eyes』

拓也は財布を取り出し、しまいこんでいたチケットの住所を見る。

これは、以前、『KISE』の中で、偶然冬馬を見つけたが、

拓也に気付くと、逃げるようにいなくなってしまった時、

売り場の中で拾ったものだった。

拓也は、おそらく冬馬が持っていたのだろうと思い、彩希に渡そうとしたが、

それを渡すと、また面倒なことに巻き込まれるのではないかと思い、結局取り上げた。

チケットは捨ててもいいものだったが、どこか捨てきれず、

財布の奥にしまいこんでいる。


チケットに印刷された住所に、『青山』の文字が見えたため、

拓也はガラスに映る店の中を見た。

2人の女性が、ショーケースを拭いたり電話に出たりしている。


「益子部長」

「どうした」

「すみません、先に戻ってもらってもいいですか」


拓也は、知り合いの会社があるので、立ち寄ってから帰りたいのだけれどと、

益子に告げる。


「そうか、わかった」

「すみません、すぐに追います」


拓也はそういうと、益子に頭を下げ、わき道に一度入った。

しばらくして益子の姿が駅の中に消えたことを確認し、『city eyes』の店舗に入る。


「いらっしゃいませ」


電話を切った女性がすぐに拓也に気付き、声をかけた。

拓也は軽く商品を見ながら、全体の雰囲気を感じ取る。


「どういったものを、お探しですか」


女性店員にそう聞かれたので、拓也は財布に入れていたチケットを出した。

彩希と取り合いになったため、少し切れかかっているし、

しばらく財布の中に入れたままだったので、印刷も擦れている箇所がある。


「あの……この『city eyes』というのは、こちらのことで間違いないですか」


店員の女性は、ちらしの隅にある番号をすぐに目で確認すると、

そうですねと答えてくれた。


「こちらのチケットを見て、いらしていただいたのですか」

「あ……まぁ、はい」

「それはありがとうございます。年末に行われた『新商品発表』の方には」

「すいません、それには……」

「そうですか」


女性は、別のチケットを取り出し、次の展示会は3月に行われますとそう説明した。

そのチケットには、番号がない。

店員は、持っているものは古いチケットなので処分しましょうかと、

そう声をかけてくれる。


「ありがとうございます」

「イベントには、こちらのチケットでお入りください」


店員はそう言いながら、3月の展示会のチケットを差し出してくる。


「あ……でも、これをもらうと……友人のポイントになりませんよね」


拓也の問いかけに、店員はもうひとりの店員を見る。


「この数字、何か意味があるのかと思っていたので」


拓也の言葉に、チケットを渡そうとした店員は、そうですねと笑う。

駅前で配っている美容室のチケットや、コンタクトレンズのチケットなどにも、

担当者がわかる番号が記されていて、それを持ってきた客がいれば、

プラスのお金が支払われるようなシステムをとる企業を、拓也もいくつか知っていた。


「少々、お待ちください」


拓也の気持ちを見抜いた店員は後ろを向き、何やら機械にチケットを入れた。

ガチャンという音がして、チケットの隅に『番号』が印刷される。


「これでいかがですか? 今、お持ちになっていたチケットと、同じ番号です。
お友達のポイントになりますので。どうぞ、お持ちください」

「ありがとうございます」


拓也は店員に頭を下げ、『city eyes』を出た。

番号の印刷された、3月のチケットを、あらためてポケットに入れる。


「『city eyes』ねぇ……」


『河西冬馬』という男性を最初に知った『ADB』より、

この店の方が、たたずまいや店員の態度から見ても、

しっかりしていることは間違いなかった。

しかし、『ポイント』を稼がないとならない立場にいるとなると、

正社員という考えは、難しい気がしてしまう。

あのチケットを拾った日は、自分を見て逃げた冬馬に腹を立てた。

そして、どこか嬉しそうな顔をした彩希の態度が、あまりにも無防備な気がして、

思わず引っ込めてしまったが、怒りのまま遠ざけていたことが形を見せたことで、

とりあえず抱えていた荷物をおろしたような、気分になる。

拓也は駅に向かいながら、今日、彩希が第3ラインの仕事始めだったことに気付き、

今頃、不機嫌そうに席に座っているのではないかと考えだす。

少し早足になりながら、拓也は、昼までには戻ろうと腕にはめた時計を見た。





まつばは宛名貼りを終えると、また次の仕事をし始めた。

彩希は今度こそ、自分が手伝えるのではないかと、席を立つ。


「なにか」

「あの……何か手伝えるかなと」

「はぁ……しつこいな。結構ですから」


まつばはそういうと、すぐにPC画面を開く。

彩希は、自分なりにグループわけをした売り場の資料を横に置き、

賑やかな声が聞こえる廊下を見た。


「あ……」


そこには第2ラインと仕事をしていた寛太が、ダンボールを運んでいる姿が見えた。

彩希は扉を開け、手伝いますと声をかける。


「あれ? 大丈夫なんですか」

「はい。広瀬さんがまだ『リリアーナ』から戻ってきていませんし、
長岡さんの仕事はパソコン関係が多くて、私にはわからないので」


寛太は、すぐにまつばを見た。まつばはどちらの行動にも興味がないのいか、

全くこちらを見ようともしない。

寛太は、それなら一緒に奥の会議室に運んでくださいと、

エレベーター前に積んであるダンボールを指差した。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【15】福井   羽二重餅  (餅粉を蒸し、砂糖・水飴を加えて練り上げた和菓子)



16F-①




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント