16F ひらめきの形は誰のもの ①

16 ひらめきの形は誰のもの

16F-①


「ダンボールですか。あ、はい」


彩希は寛太の指示した意味を理解し、すぐに運び出す。

まつばは、二人が動き出したことがわかり、廊下に出た彩希の姿を見た。

彩希は、楽しそうにダンボールを抱え、寛太の後に続いている。


「……はぁ」


まつばも、二人の姿が見えなくなると、大きくため息をついた。

彩希とは年齢が近いので、コミュニケーションをとったほうがいいこともわかっていた。

彩希は、特に威圧感のある人物ではなさそうなので、話をすれば、

それなりに会話が続くだろうという思いもあった。

しかし、まつばの中にある、ガチガチのプライドが、その考えをさらってしまう。

まつばは、封筒を横に置き、彩希が残したままの、デスクに置かれた紙を見た。

ペンを探し、何やら書いていたのはわかっていたけれど、

じっと見るわけにもいかなかったので、自分の仕事の印刷をする間、その意味を考える。

『和菓子』『洋菓子』という、一般的な色分けではない、彩希なりの分析に、

まつばはまた強い嫉妬を感じてしまう。


「重くないですか」

「重くはないです。地下の食料品売り場ですと、これくらい毎日ですよ」

「毎日ですか」

「はい」


彩希は寛太に言われたとおり、ダンボールをテーブルの上に並べていく。

入っていたのはお茶やお弁当、さらにスープもあった。


「これ、なんですか」

「これは、春からの食料品売り場に置く弁当類です。うちと違って第2ラインは、
『KISE』の厨房で作って販売する品物になるので」

「あぁ……」


彩希は、それならこれから恵那がこれを販売することになるのだろうかと、

興味深げに並べだす。


「今日はこれから、役員の最終チェックです。
盛り付けの仕方などが少しずつ違っているんですよ」

「あ……そうですね」

「ラインの人たちが頭を悩ませても、結局は上のサインが出ないと、
全て水の泡ですから」

「へぇ……」


彩希は、その中にある『三色だんご』を見ながら、『福々』でも昔、

お花見の頃にはよく『三色だんご』を作っていたことを思い出す。

あまった材料を父からもらい、小さな手でクルクルと丸めた記憶が蘇った。


「あ、えっと……」

「江畑です」

「そう、江畑さん、ここにもお茶、置いてもらっていいですか」

「はい」


寛太との手伝いが20分ほどで終了し、彩希は自分の席に戻ってくる。

すると、まつばが彩希の机と自分の机を拭き、その雑巾を持ったまま、

部屋を出て行った。


「あ……あの」

「江畑さん、勢いよく出て行かれたので、デスクの上にあった花瓶が倒れましたよ」

「花瓶?」


彩希は、そんなものを見た記憶がなかったが、確かに自分とまつばの真ん中に、

小振りの花瓶があった。部長の益子が戻ってきていたため、

『お疲れ様です』と挨拶をする。


「あの……」

「広瀬なら少し遅れて戻るから」

「あ……はい」


彩希が自分の席に戻ると、少し前、綺麗に色分けをしたプリントが、

水浸しになった状態で置かれていた。水性のインクだったため、

何をわけたのかわからないくらいに滲み、使えなくなってしまっている。


「江畑さん、勝手の違う仕事場なので迷うこともあるでしょうけれど、
そんなに堅苦しく考えずに、わからないことはどんどん質問してくださいね」


益子はそういうと、資料を広げ読み始めた。


『わかりました』と頷いた彩希の前に、片づけを終えたまつばが戻ってくる。


「長岡さん、すみませんでした」


彩希は、自分の失敗の後始末をさせてしまったと思い、頭を下げた。


「いいえ」


まつばは、素っ気なく答えると、益子に郵便を出してきますと告げ外に向かってしまう。

彩希は、まつばがいなくなったことを確認すると、

さきほど印刷で使っていたPC前に座る。

耳を澄ませると、ジーという音が、機械から聞こえてきた。

彩希の目の前にあるキーボード。多少形は違うが、一つずつのボタンには、

それほど場所に違いが無いように見える。

彩希自身、パソコンを学生時代にも初就職の会社でも、多少触ったことはあった。

しかし、詳しいのかと聞かれたら、詳しくはない。

勝手に触れてしまい、またまつばの怒りを買うのではないかと、

彩希はキーボードの上に置いた手を、下にさげてしまう。


「何かしておけと、言われたのか」


その声に振り返ると、拓也が横を通り過ぎるところだった。

彩希はPCの椅子から立ち上がり、拓也のところに向かう。


「あの……」

「悪かったな、急に『リリアーナ』からの呼び出しがあったから、
部長と出かけてしまって」

「広瀬さん」

「ん?」


拓也が彩希の顔を見た瞬間、社内にランチタイムを告げるチャイムが鳴り響いた。

彩希は、その音が消えてしまうまで、数秒会話を待つことにする。

拓也は、あいさつ回りのために席を外しているエリカの椅子を引き、

座るよう指示をしたが、彩希は首を振り立ったままになった。

チャイムの音が消え、仕事から解放される社員たちの声が聞こえだす。


「で、何?」

「広瀬さん、私に『舌』になれとそう言いましたよね」

「あぁ、言ったね」

「それなら、その仕事の時だけ、呼んでいただけませんか」


彩希は、普段は『KISE』の売り場に立ち、

用件があるときだけ、呼び出してくれないかとそう提案した。

拓也は、突然の申し出に、自分のいない午前中に何があったのかと、彩希に尋ねた。


「何があったというより、私がみなさんの仕事についていけていないので」

「それなら、着いていけるように、努力すればいい」

「そう簡単に言わないでください」

「簡単には言っていない」


拓也が、すぐに言い返してくるので、彩希は開きかけた口をそのまま閉じる。

『ここを離れたい』という、最大の希望を前に押し出してしまったため、

加える意見が見つからなくなる。


「どうした、意見は終了か?」

「意見……」

「言いたいことは終了か?」

「あの……長岡さんが、宛名の印刷をされていたので、手伝おうかと思いました。
でも、私、パソコンの印刷方法も、宛名を入力する方法も、全くわからなくて」

「初めての場所なのだからわからないのは当然だ。
わからないのなら、教えてもらえばいい」


拓也はそういうと、自分の席に荷物を置いた。

上着を脱ぐと、それを前にあるハンガーにかけていく。

冬馬が落としたチケットの入ったポケットに、自然と目が動いたが、

それには触れないままにする。


「教えるのなら、自分でやってしまったほうが早いと、
長岡さんが判断されたのだと思います」

「長岡が、教えないと言ったのか」

「教えないとは言われていません。ただ……」

「いい、あとで俺が話をしておく」

「いいです。そんなこと……」

「は?」


彩希は、この場にいるのが息苦しいと、そう言い返した。

拓也は下を向いた彩希に対し、一度大きく息を吐く。


「おい、まだ半日だぞ。それでリタイアか」

「リタイヤというか」

「確かに。江畑さん、君に頼みたいのは味覚の部分であることは間違いない。
でも、それだけではダメなんだ」

「ダメ……って」

「君と一緒に、この第3ラインのメンバーが仕事をして、
そこに信頼関係が生まれないと、意見が通らない」


拓也は、雑用でもお茶くみでも、彩希がこの『第3ライン』のメンバーに入り、

馴染んでいくことが必要なのだと、そう言った。



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