16F ひらめきの形は誰のもの ④

16F-④


二人が扉を開け出て行くと、『第3ライン』の部屋には、まつばと寛太が残った。

まつばは、帰りの支度をし始める。


「あの……」


寛太の言葉に、聞こえないふりをしながら、まつばは帰り支度を進めていく。


「あの!」


寛太が少し強めの声を出したので、まつばの動きが止まった。

しかし、その後の言葉が続かない。


「何よ、今、何か言おうとしたのでしょう」


まつばは何もないんだったら、帰り支度の邪魔をしないでよとそう言い返す。


「あれって、江畑さんのアイデアですよね」


寛太はそういうと、まつばを見た。

まつばは目だけを寛太に向けて動かしたが、すぐに元に戻す。


「何が言いたいの?」

「あの、売り場のアイデア。江畑さんが今朝、色を塗っていて……」

「荒木君、私がアイデアを盗んだって言いたいの?」

「いや……あの」

「冗談じゃないわ。あれは私が考えていたことなの。江畑さんが書いていたって、
そんなもの……」


まつばは『見ていない』と言おうとして、言葉が止まる。

花瓶が倒れたというのは真っ赤なウソで、実は、寛太と彩希が外に出たとき、

まつばは残されたファイルの書類を見たのだった。

彩希が色分けしていたのは、売り場の店をグループごとに分けたもので、

それをうまくまとめると、ちょうど真ん中に導線が作れるようなものになっていた。

まつばは、彩希のアイデアに、益子やエリカが気がつけば、

もっと今よりも待遇がよくなるのではないかとそう思い、わざと水をこぼし、

使えないようにしてしまった。


「私が考えたの。江畑さん、自分が考えていたというのなら、
あの場で、言えばよかったでしょ。私もそういう考えがありますって……」


まつばは、自分の発言にも、何も言わなかったと、寛太に言い返す。


「第3ラインの社員は私なの。彼女は……販売員でしょ」


まつばは寛太にそう言葉をぶつけると、カバンを持ち、そのまま部屋を出て行った。





「小島って面白いですよね」

「……うーん」


『KISE』への地下通路を進みながら、彩希はまつばの意見を褒め始めた。

拓也はポケットに手を入れたまま、少し前を歩き続ける。


「あの……」

「何だ」

「何か不満ですか?」

「いや、別に」

「そうですか、それならいいですけど」


彩希は、企画に対して動いているのに、どこか不満そうな拓也の態度が気になったが、

そこからはリュックの紐を持ち、語りかけないようにする。


「お前、本当に長岡の意見、いいと思うか」

「……どういう意味ですか。広瀬さん、面白いって褒めましたよね」

「あの場ではな」


彩希は、『疑問符』がたくさん頭に浮かんだが、また話すと面倒な気がして、

黙ることにする。


「あれが本当に長岡のアイデアなら、それは面白いと思う。
でも、あの発想が出てくるのだとしたら、彼女の目は現場的だ」


彩希は、『なぜ』という言葉を出そうとしたが、そのまま引っ込める。


「昔からこの仕事に携わっていたのなら、あぁいった考えも浮かぶ気がするけれど、
長岡はまだ新人に近い。それなのに、空間を意識した目を持てるのは……」

「あの!」


彩希は我慢しようとしたが、我慢しきれなくなり拓也の前に出た。

拓也は歩みを止める。


「なんだっていいじゃないですか。長岡さんが思いついたんですよ。
売り場がよくなればいいって、きっといつも思っていてくれたんです。
だから、発想が生まれた。どうしてそれを疑うのですか」


彩希は、素直に受け入れたらいいのにと、また拓也の前を歩き出す。


「素直にねぇ……」


拓也はリュックを揺らしながら前を歩く彩希を見る。


「江畑さん」

「はい」

「君はどう思うんだ」


拓也は後ろを歩いたまま、そう問いかけた。彩希は拓也の方に振り返り、

また歩き出す。


「私は……いつもお客様の動きを見て、もう少し売り場がわかりやすくならないかなと、
そう思っていただけです」


彩希は、表示も全て同じ形になっているので、もう少しカラーをうまく使い、

初めてのお客様でもわかりやすくなればいいのにと思っていたことを話す。


「あ……そうです。広瀬さんが『リリアーナ』に行っていた間、
何をしていいのかわからなくて、私、見取り図に色を塗ってました」

「色?」

「はい。だいたいお客様の動きって、わかるんです」


彩希は、両手を使い、拓也に説明をし始める。

拓也はそれを聞きながら、そういうことかと何度か頷いた。





仕事を終えて彩希が家に向かうと、最初は数名いた同じ方向に帰る人が、

曲がり角を過ぎた頃には、3人になった。

さらに2つの街灯を抜けると、彩希の数メートル後ろには、

大きなマスクをつけた1人の男性だけが残る。

彩希が信号待ちのため歩道の隅に止まると、

その男性は病院の屋根下にある空間にとどまり、信号待ちをする。

彩希が青になった横断歩道を渡り、そのまま家の方向に進むのとは違い、

男性はしばらく同じ場所にたたずんだ後、背を向けて歩き出した。



「ただいま」

「お帰り」

「あぁ……疲れた。慣れないことをしたから、数倍疲れた」

「あらあら」


佐保は『それはごくろうさま』と彩希に笑いかける。

彩希は、立ちっぱなしで足は疲れるけれど、『第3ライン』にいるのは、

頭が疲れると手でこめかみに触れる。


「それで、彩希の味覚は役に立ったの?」

「ううん。今日は違うの。私もそれだけでいいかと思っていたのに、違うんだって」


彩希は、昼休みの前、拓也に言われたことを、そのまま佐保に告げた。

佐保は、お茶碗を用意しながら、そうなのかと頷いていく。


「とにかく、ご飯を食べます」

「はいはい」


その日の彩希は、仕事の1日目について、喉が渇くくらいまで、語り続けた。





『ボレッソ』


彩希が『第3ライン』に異動して5日後。

エレベーターガールから誘いを受けた『飲み会』の日がやってきた。

拓也は、店の名前を確認し、後ろを振り返る。


「おい、入るぞ」

「本当に行くんですか、僕が」

「ここまで来て、何を言ってるんだ」

「そうそう、覚悟を決めろって」


貸切の設定にしたため、参加者が多いほうがいいということになり、

エレベーターガールたちは、急遽拓也に数名誘ってきて欲しいと、そう言いだした。

本来なら、面倒なことだから不参加だと言い返すところだったが、

『伊丹屋』に勤める人が来るという、初めての経験を期待し、

拓也は武を誘い、そして芳樹を強引に連れてきた。


「ほら、大林」

「大山はいいよ。広瀬さんと同じ『第3ライン』だろ」

「お前だって、同じ『木瀬百貨店』だろ」

「は? そんな理由……」

「いいぞ、大山。それに比べて大林。お前は往生際が悪い」


3人で扉を開けると、そこにはすでに10名を越えるメンバーが揃っていた。

受付があるため、前に立つと、名前をお願いしますと声をかけられる。


「はい……広瀬です」


拓也の声に反応し、グラスを持とうとした手を引いたのは、『伊丹屋』の純だった。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【16】山梨   桔梗信玄餅  (容器が風呂敷に包まれ、きな粉をまぶした餅に蜜をかける菓子)



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