17F 部分的計算の法則 ①

17 部分的計算の法則

17F-①


単純な飲み会という思いで来ているメンバーもいれば、

新しい出会いがあるのではと、それなりの期待を持つ人もいる。

そして、拓也は顔の広い『KISE』のエレベーターガールの横につきながら、

『東栄百貨店』に勤める女性と名刺を交わす。


「広瀬さんのお噂は、聞いてましたよ」

「噂ですか。どうせろくなものじゃないでしょう」

「いえいえ、どうしてそう思われるのですか?」

「あまり、女性に優しくしないタイプなもので……」


取り巻きの中にいる拓也と違い、なぜか人数あわせに連れてこられた芳樹にすると、

知らない人たちと、探り合いのような飲み会は、息苦しさ以外の何ものでもなく、

手に持った飲み物も、なかなかのどを通らない。

同じく着いてきた同期の武も、さぞかし困っているだろうと探してみるが、

『ごっつあん祭り』での自分の仕事ぶりをネタにして、各百貨店の『花』達と、

それなりに会話を続けている。

芳樹の目の前を通り、拓也を中心に笑い声の響く輪の中に、静かに近づく男がいた。

芳樹は、グラスを口につけたまま、その堂々とした雰囲気を感じ取る。


「広瀬さんですよね」


拓也は名前を呼ばれたので、グラスを持ったまま振り返った。

そこに立っている男の顔を見たとき、どこかで会っていたような気がして、

一瞬、挨拶が遅れてしまう。


「あ……はい」

「『伊丹屋』の栗原純と申します」


純は、すぐに名刺を取り出すと、拓也の前に差し出した。

拓也は、昨年の秋に行われた『伊丹屋』のイベントで、会社の役員に対し、

イベントの説明をしていた男のことを思い出す。


「栗原さん」

「はい。今日は『木瀬百貨店』の期待の星が参加されると聞いて、
これは是非お会いしたいと思い、やってきました」


純は、初めて会う拓也に対し、歯の浮くようなセリフを、堂々と言ってのけた。

拓也は、ふっと息を吐き出すと、純の顔を見る。


「期待の星? 冗談でしょう。力のない自分のことをそんなふうに呼ばせるほど、
私は、ずうずうしくないですよ」

「いえいえ、『KISE』には、益子さんもいますしね。
彼をトップに、電鉄という大きなバックを持った店が、
これから変わっていくのではないかと、結構、ビクビクしているものですから」


純はそう言いながらも、余裕の笑みを浮かべる。

拓也は、表面上穏やかに見える顔の下には、

誰にも触れさせないくらい、鋭い部分があることを知った気がして、

軽く笑みを返すと、グラスに口をつける。


「新しくなった『木瀬百貨店』のメンバーが、
どのような企画を繰り出されるのかと、注目していますが、
どうですか、順調に進んでいます?」


純は、百貨店業界は、

今までのように構えているだけでは成り立たなくなると、そう話し出す。


「そうですね」


拓也もその意見には賛同ですと、軽く頷き返した。


「『チルル』との交渉は……うまく行きましたか?」


純は、以前、『チルル』に出向いたが、

百貨店との取引はこりごりだと言われたことを、話し出す。


「『伊丹屋』さんには、すでに色々と名高い商品が揃っているではないですか。
小さな店にまで、気をつかう必要はないと思いますよ」


拓也は、彩希が『チルル』との比較に出した『yuno』を意識し、そう返事をする。


「店の規模は、関係ありませんよ。ようは、どれだけお客様のニーズに応えられるか、
また、自分のテリトリーに引き込めるか、そこが勝負でしょう。
『チルル』は魅力がある。あの素朴さの中に、しっかりとした芯があります」


純の言葉に、拓也は『そうですね』と切り返す。


「うちは、年間を通した企画として『和』を全面的に取り扱うつもりです。
『yuno』にも日本限定の商品を作らせましたし、それと……『夢最中』」


拓也は、『夢最中』の名前を出され、すぐに純の顔を見た。

5月で店を閉めると言っていた店主が、『伊丹屋』と取引をするのかと考え始める。


「……まぁ、それ自体を取り込むのは難しいですが、
あの店を知って、日本には、まだまだ私が知らない美味があることに、
気付かされましたので」


純は、『夢最中』を知ってから、まだまだ自分にはわからないことがあったと、

勉強し続けた話を披露する。


「栗原さん」

「はい」

「『夢最中』についてですが。どこで知ったのですか」


拓也は、店構えもないし、商品の扱いも少ないため、

情報が少ないはずだと、言い返す。


「そうですね、確かに。
でも、美味しいものを見つけたいというアンテナを張り巡らせていると、
どこかから電波が届くものですよ」


純はそう言うと、新しいグラスを取った。


「そういう広瀬さん。あなたこそ、どこから『夢最中』の情報を?」


純は、エリカからすでに彩希との賭けを聞いていたので、

全てわかっているのに、わざとそう聞いていく。


「同じですよ」

「同じ?」

「はい。美味しいものを見つけたいというアンテナを張り巡らせている……
ちょっとおもしろい存在を、見つけたものですから」


拓也は彩希のことを意識し、そう答えた。

純は、拓也が表現したのは、何度か出会った『江畑彩希』のことだろうと頷き返す。


「そうですか、それはますます手強そうだ」

「いえいえ、こうして春の企画を堂々と披露する余裕など、うちにはありませんから」


拓也はそういうと、純に頭を下げて、その場を離れようとする。


「こうしてお会いしたのですから、もうひとつ。
岡山に『和茶美』(わさび)という7年ほど前に出来た店があります。
今回の春イベントでは扱いませんが、秋にはぜひと思っておりまして。
中でも『どら焼』は、なかなかですよ」


純はそういうと、それではまたと輪の中から外れていった。

拓也は、純から飛び出した、『和茶美』という店の名前を頭に残す。

『和茶美(わさび)』という名前を聞き、

とりあえず隣にいた女性たちに知っているかと声をかけたが、

それぞれ首を振り、わからないと言い始めた。

輪から外れていた芳樹は、すぐに携帯を取り出し、『和菓子 わさび』と入力する。

出てきたホームページには、和菓子があれこれ並んでいた。





飲み会終了後、拓也は芳樹と武を連れ、駅近くのコーヒーショップに入った。

拓也は、芳樹の調べで『わさび』の店名が『和茶美』であることを知り、

それを手帳に書き写す。


「なんだか面倒な店名だな」

「日本の『わび』、『さび』を意識してつけたそうです。ネットに出てました」


芳樹は、伊丹屋は全国に店舗があるため、社員たちを派遣して、

それぞれの土地にあるうまいものを調べていると、情報を話しだす。


「あの栗原って人が、トップらしいですよ。
一緒に来ていた女子社員のえっと……忘れましたが、そう言いましたから」


武は、年齢はまだ30代前半なのに、

やり手ですねと言いながら、コーヒーに口をつける。


「……ったくな。どこから来るんだ、あの自信は。
絶対に自分の意見は間違いないって、あんな場所で言い切れる心臓の強さは、
驚かされる」


拓也の感想を聞きながら、芳樹と武は互いに顔を見合す。


「自信家ですよね……」

「あぁ、あんなタイプはみたことがない」


拓也の言葉に、武は愛想笑いで誤魔化そうとする。


「まぁ、見たことはないでしょうね……広瀬さんには。鏡でもないと……」

「ん?」

「僕からしたら、あの栗原って人、似てましたよ」

「似ていた? 誰にだよ」


芳樹は、恐る恐る右手を拓也の方に向ける。


「は?」


駅前のコーヒーショップには、

拓也の『冗談じゃないぞ』の意味を込めた『は?』の声が、響き渡った。



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