17F 部分的計算の法則 ②

17F-②


拓也と純が顔をあわせた次の日、

『和茶美』をめぐって、『伊丹屋』と『木瀬百貨店』が、それぞれの動きを見せる。


「栗原さん」

「どうした」

「驚きました。昨日は」


『伊丹屋』の商品企画部。昨日、飲み会に参加した女子社員の江上が、

純にコーヒーを入れた。純は、『そうか……』と言葉を出しながら、

『yuno』が『伊丹屋』のために創作和菓子を作ったという記事を見る。

世界的なパティシエが、本店に出すもの以外で手がけているのは、

この『伊丹屋』だけだという文章を、指で軽くなぞった。

この春のメイン。純は、今頃ライバル店の社員たちがどういう思いで見るだろうかと、

自然と口元がゆるむ。


「で、江上は何を驚いた」

「いえ。まさか、これからの企画について、
ライバルである『木瀬百貨店』に、語ってしまうとは思いませんでしたので」


『木瀬百貨店』が今頃、色々と調べているのではないかと心配する。


「『和茶美』のこと?」

「はい。あの店の存在を知らせてしまって、もし、『KISE』の方でも、
取引を願うようなことがあったら、この後、揺れるのではないかと」

「揺れるねぇ……」


純は、読み終えた新聞を半分に折り、横に置く。

そして、出されたカップを自分の方に引き寄せながら、余裕の笑みを浮かべた。


「いいんじゃないかな。向こうがうち以上の条件を出すというのなら出せばいい。
しかし、あの店はそう簡単になびかない。
というよりも、情報のコントロールを徹底している。
東京進出時には『伊丹屋』という姿勢。だからこそ、明らかにした」


純は、『伊丹屋』の力を見せるためにも、隠すことをせずに、

あえてオープンにしたとそう話しだす。


「あえてですか」

「あぁ……」

「『KISE』の力は、そこまでではないと……」

「いや?」


純は、入れてもらったコーヒーを飲む。


「そこまでではないなんて、とても言えないね。手ごわいと思うからこそ、
逆に余裕のあるところを見せておいた。『和茶美』を明らかにしたことで、
うちにはまだまだ、それ以上の手があるのではないかと、そう思ったはずだ」


純はそういうと、エリカから聞きだした『夢最中』のことを思い出す。

拓也と彩希の賭け事を知らなければ、あの『ひふみや』という店に、

自分はたどり着くことがなかった。


「『木瀬百貨店』は、これから今まで以上に、厳しい相手になるはずだ」


純は、また視線を新聞に戻す。


「昨日会った、あの広瀬が……これからどんなことを考えるのか、楽しみだ」


純はそういうと時計で時間を確認し、今日も外回りをするからと、席を立った。





『和茶美』の話題は、『木瀬百貨店』でも朝から語られた。

あらかじめネットで情報を取り寄せ、純の言ったとおり、

確かに7年前に出来た店であることを知る。

オーナーの男性は、京都の和菓子店『雫庵』で何年か修行をした後、

この店をオープンしたと書いてあった。


「基本的な和菓子ですね」


資料を見たまつばは、それほど特徴のある店ではないけれどと、ぽつりとつぶやいた。

武もそう思うと、賛同する。


「ただ、地元では相当有名になっているみたいよ。ほら、口コミのところ。
念願かなって食べましたって……」


エリカは、ペンで文字を叩く。


「……ねぇ、広瀬さん。そんなに気になるのなら取り寄せてみたらどう?」

「それが出来ないんだ」

「出来ない? 何、予約待ち?」

「いや……店頭販売以外、一切行っていない。
ここまで来て、店や街の雰囲気を感じたうえで食べて欲しいと、今朝、断られた」


拓也は、会社に到着してすぐに店へ連絡したら、

そう言われたと椅子の背もたれに寄りかかる。

同じように資料をもらった彩希も、『和茶美』の資料に載っている和菓子を見た。

きんつばや豆大福など、色々と種類があるが、

『大きめの皮に包まれたどら焼き』に視線が止まる。



『彩希……食べてごらん』

『うん!』



鉄板の上に、ゆっくりと生地を落とし、茶色の皮を作る。

その皮の中に、甘さを抑えた餡が加わり、『福々』のどら焼きが出来ていった。

祖父の新之助は、いつも丁寧に皮を焼き、一つ一つの菓子に気持ちを込める。

出来たての皮は、ほんのりと甘く、

彩希はそれを食べながら祖父と父の仕事を見るのが、大好きだった。


『雫庵』は、いつも店を休まない父が、旅行がてら、

何度か連れて行ってくれたことがある店になる。



『彩希……お父さんのどら焼きの先生は、おじいちゃんと、このお店なんだ』

『先生?』



「江畑さん」

「……はい」


名前を呼ばれ、彩希は慌てて顔をあげた。

声の主、拓也はどこにいるのかと、キョロキョロ顔を動かす。


「君の後ろ」

「あ……はい」


振り返ると確かに拓也が立っていた。

彩希は他のメンバーの視線が自分に向いていることに気付き、

どうかしたのかと拓也を見る。


「その顔は、聞いてなかったな」

「すみません、何も耳に入っていませんでした」


余りにもあっさりと彩希が謝罪したので、目の前に座っていた寛太は、

吹き出しそうになる。


「そうですか、ハッキリとしたご意見をありがとうございました。
で、今俺は、この『和茶美』の商品を食べたことがあるものはいないのかという
話をしていた。江畑さんはこの『和茶美』というお店を知っていますか」

「いえ、知りません」

「……そうか、そうだろうな」


拓也は、納得するように頷きながら、彩希のそばを離れていく。


「『和茶美』は知りませんが、
このオーナーが修行をしたとなっている『雫庵』なら知っています」


彩希は、『雫庵』のどら焼きなら、昔食べたことがあるとそう言った。

拓也は、彩希の言葉に足を止める。


「『雫庵』?」

「はい。この紹介文に書いてありますよね。修行をしたって」


彩希のセリフに、武や寛太が確かに書いてあると、頷いていく。


「『雫庵』なら、取り寄せが出きるのか」


拓也の言葉に、まつばがすぐ調べ始めた。

店に電話をかけ、取り寄せしたいのだけれどと切り出すが、

まつばは受話器を持ったまま、無理だと首を振る。


「そうか……」

「広瀬さん」

「どうした」

「『伊丹屋』は『伊丹屋』です。ライバルが見つけた店だからとあまりこだわらず、
うちはうちで探しませんか」


武はそういうと、動き出そうとする。


「そうですよ。『伊丹屋』は『伊丹屋』ですし」


まつばも、うちはうちの魅力で勝負しましょうと、そう言いだした。

エリカは、この話題を振ったのが純だとわかるだけに、

拓也がどう判断するのかと顔を見る。


「あの……」


彩希は、その場で小さく手をあげた。



17F-③




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント