17F 部分的計算の法則 ④

17F-④


目的のものを購入した二人は、また地下通路を歩き本社に向かう。


「『夢最中』?」

「はい」

「あれがなんだって?」

「あの最中に入っている餡。『雫庵』のどら焼きに近いと思って」


彩希は、『夢最中』の餡の味は、『雫庵』に近いものがあると、そう言い始めた。

拓也は、彩希との賭けが終わった後、ひとつもらって食べたのが初めてだった。

その後、あらためて『ひふみや』に商品を取りに行き、

手伝ってくれた芳樹に半分渡し、残りを家で食べたことも思い出す。

『美味しかった』という感想は思い出せるし、確か粒餡だったことも、

記憶に残っているが、それ以上の記憶は、戻ってこない。


「あの味……って言われてもなぁ」

「忘れたのですか? 広瀬さん」

「うまいなとは思ったよ。そこら辺に売っているような最中って、
俺、普段、あまり最中食べないし……」

「そうですか」


彩希は、そういうものですよねと笑いながら前に進む。

すると、少し前に、大きな音と揺れで、驚かされた場所に到着する。

彩希は、歩きながら横に並ぶ拓也を見た。

少し前に経験した、ドキドキ感が、また胸の奥から動き出そうとする。

拓也が自分をかばい、自然と体を寄せてくれたこと。

いつも、言い返されることばかりだった彩希は、予想外の展開に戸惑った。

拓也は何も気にしている様子はなく、前に進んでいく。


「確かに、『伊丹屋』の栗原ってやつ、『夢最中』のことを知っていたな」

「栗原さんに会ったのですか?」

「……ん?」


その時、拓也の歩みが止まった。


「その質問、江畑さん、君に返していいか?」

「返す?」

「あぁ。どうして『伊丹屋』の栗原を知っているんだ」


拓也は、『KISE』の売り場にいる彩希と、どこで接点があったのだろうかと、

不思議に思い、またどうしてだと聞き始める。


「最初は、冬馬の会社に行ったとき、お会いしました。あの『ADB』っていう……」

「あぁ、あのインチキ会社か」


拓也の言葉は、彩希の心に、小さな針を刺す。


「インチキって……」

「で、あいつはどうして」

「『ADB』は『伊丹屋』にも実演販売の話を持ち込んでいたみたいで。
栗原さんも、会社の実態を知ろうとしていたようです。それと二回目は……
『チルル』で会いました」


彩希は、『伊丹屋』も『チルル』を評価していて、頼みに来ていたとそう話した。

拓也もそれは知っていたので、何度か頷く。


「『チルル』かぁ……行かないとならないけれど、春には間に合わないかもしれないな」


拓也はそういうと、また本社に向かって歩き出す。

彩希も拓也の背中を見ながら、一緒に本社に戻った。





「皮?」

「そうよ。純が妙なことを吹き込むから、朝からうちはバタバタ忙しかったのよ」


その日の夜、仕事を終えたエリカと純は、

よく利用するバーのカウンターに並んで座った。

純は、人のせいにするなと、カクテルに口をつける。


「『竹ノ堂』のどら焼きか。それが合っているのかどうか、
うちの店にはないから判断はつかないけれど……」

「で、餡は『夢最中』……ほら、前に言ったでしょ。広瀬さんと江畑さんが賭け事をした、
あの最中に似ているって……」

「本当にそう言ったのか」

「言ったわよ。広瀬さんを除いたラインのメンバーたちは、みんな目が点の状態だった。
何を言いたいのか……」

「……それは、本物だな」


嘆こうとした言葉を、純に止められたエリカは、顔を横に向ける。


「本物?」

「あぁ……。エリカに聞かなければ『夢最中』を知ることが出来なかった。
いわば、この情報はそちら側のものだろう。与えられっぱなしのまま、
とぼけているのは嫌だったから、『和茶美』を教えた」


純は、これでギブアンドテイクだと、軽く笑う。


「こだわりのある男の言葉は、よくわからない」


エリカは、試されているようで気分が悪いと、純の左手を軽く叩く。


「試しているわけじゃないよ。実際に聞いた話を結びつけただけだ」

「聞いた話?」

「うちの関西担当の営業部員から、『和茶美』のことを聞いた。
最初は、取り入れるかどうか悩んだが、取り寄せも出来ない。他に店はないとすると、
その場で買って食べないとならないだろ。それならば価値もあるかもしれないと、
そう考えた。『東京』で、今現在、そちらに近い味を味わうことが出来ないかと、
そう相手に聞いたところ、向こうが『ひふみや』の名前を出したんだ」


純は、あれだけ知られていない店の名前を出したということは、

どこかで接点があるはずだと、そう分析する。


「『ひふみや』のつながりがあると思って、わざと『和茶美』の名前を広瀬の前で出した。
どういうつながりがあるのか、まだ僕にもわからない。
でも、江畑さんは、何もないところから、『味』という部分だけで、
『ひふみや』を言いあてた。つまり、『和茶美』が意図するところを、
きちんと読んでいるということだろ」


エリカは、デスクの前で、どら焼きの皮と餡を別々にし始めた彩希の行動を思い出す。


「あの子の舌の力ってこと……」

「あぁ……広瀬って男は、それに気付いている。
だからこそ、『木瀬百貨店』は侮れない。
エリカたちには面倒なやつらかもしれないけれど、ライバルから見たら、
二人の関係性は、うらやましい限りだよ」


エリカは黙ったまま下を向く。


「どうした」

「……ううん」

「エリカが落ち込むことじゃないだろう。君もメンバーの一人として、
色々と情報を知りえたらいいだけだ」

「純……」

「広瀬にあの子がいるように……」


純は、そういうと、横にいるエリカの耳元にそっと口を寄せた。


「僕には君がいる……」


純はそういうと、エリカに微笑んでみせる。

エリカは、自信たっぷりの恋人を見つめながら、またグラスに手を伸ばした。





次の日、拓也と彩希は、『チルル』への道を進んでいた。

『伊丹屋』ほど大きな改革はできないけれど、『チルル』の復活のために、

各店舗の売り場を見直したと言っても過言ではないため、どうしてもオーナーに、

もう一度了承してもらう必要があった。


「なんだか、ずるい気がします」

「ずるい? 何がだ」

「以前、アンケートに『チルル』の新商品情報とか書きましたよね。
だから広瀬さん、私が『チルル』のオーナーを知っていること、知っているでしょう」

「まどろっこしい言い方だな。そうだよ、知っている、だからどうした」


拓也の歩幅に追いつけず、彩希は時々小走りになる。


「もしかしたらですけれど、私に、説得させようとしてませんか」

「だったらなんだ」

「だったらって……知り合いだから、断りにくくなるじゃないですか」

「だから連れて来た」

「だから、それがずるいって……」


拓也が足を止めたので、彩希もその場で立ち止まる。


「ずるくて結構。手段などどうでもいい」

「……は?」

「いいか、『チルル』のお菓子を評価し、
復活を願っているのは、現場の意見でもあるだろう。
お客様が欲しいと思うものを揃えて、期待に応えていくこと、それを目標に掲げて、
スタートした話しなんだ。何度でも言う、手段なんてどうだっていい。
土下座しろというのなら、いくらでもしてやる」

「広瀬さん……」

「結果なんだ。結果的に戻せなければ俺たちの負け。勝負は勝ちか負けなんだ。
負けたけれど、いい勝負だったなんていうのは、商売において、何も価値がない」


拓也は、『リリアーナ』に対しても、『チルル』を評価して欲しいと言い切った以上、

交渉に失敗するわけにはいかないと、また歩き出す。


「数ヶ月あれこれ考えて、まず一番最初に手をつけるのがここだと判断した。
それに対して全力でぶつかる。それ以上も以下もない」


拓也の言葉に、彩希はまた歩きだす。


「それでもダメだと言われたら」

「いいと言われるまで頼み続ける」

「でも……」

「やってもいない前から、ダメだったことなど考えなくていい。
そんなふうに引くことを考えていたら、自然と気持ちが後ろ向きになる」


彩希はそれ以上言っても同じだろうと思い、黙ったままついていく。

しばらく歩いていると、『チルル』の店構えが、目に入ってきた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【17】新潟   柿の種  (もち米またはうるち米を細かく切り、醤油で味付けし焼いた菓子)



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