18F 動き始めた心の行方 ②

18F-②


「本当にOKが出たの?」

「あぁ……」


戻って来ると、無理だと思っていた武やエリカから、驚きの声があがった。

会議から戻った益子にも報告をし、正式な契約をもう一度結ぶために、

明日また店へ行くことを話す。


「よし、これで店内のイメージ変更にも意味が生まれるな」

「はい」


盛り上がりを見せる『第3ライン』の中で、まつばだけが不満そうな顔のまま、

席に座っていた。益子と話を終えた拓也が、タバコを吸うために外へ出たのを見て、

まつばは後をついていく。


「……どうした」

「エ……」

「俺が出てくるのを見て、ついてきただろ。
広瀬さん、お付き合いしてくださいとでも、言うつもりか?」


拓也は、冗談だと言いながら、何があったのかと、まつばに尋ねた。

まつばは、寛太と分けて見ていた見取り図を前に出す。


「これ……私のアイデアではありません」


まつばはそういうと、拓也に頭を下げた。

拓也は、あっちで聞くという意味で、指を前に出す。

二人はそのまま歩き、喫煙所のベンチに座る。


「で、これは長岡のアイデアではないって、どういうことだ。
あの時、自分の意見として発表してくれたよな」

「はい」

「だとしたら?」


まつばは、実はあの日、彩希が見取り図に色分けをしていて、

それを見た自分が、アイデアとして発表したと正直に語った。

まつばは、『すみません』と頭を下げる。


「どうして謝るんだ」

「江畑さんのものを、自分のもののように言いました。
きっと、彼女は自分が出していたものなのにって……」

「いや、江畑さんは思っていないよ。というか、気付いていない」


拓也は、あの後、『KISE』に向かう地下通路で、

彩希がまつばの意見を褒めていたと、そう語った。


「本当ですか?」

「あぁ。本当に褒めていた。江畑さんは、自分の描いていたものが、
あのアイデアになったとは思っていない。だから、あのアイデアは長岡のものだ」

「でも……」

「でも、納得できない……ってことか」

「はい。荒木君にずるいと……いえ、そういうようなことを」


まつばは、このまま黙っているのは嫌だったと、そう話し続けた。

拓也はまつばの言葉が止まるのを待つ。


「最初に話したよな。それぞれのいいところを認めて、形にしていけばいいって。
自分の出来ないところを認めて、相手の出来るところを認めていく。
そうすれば、力が倍になっていく。あのアイデアは江畑さんの色塗りだけでは、
形にならなかった。それを見た長岡のひらめきで形になった。それでいいんだ」


拓也の言葉に、まつばは『でも……』という言葉を出してしまう。


「聞いてみたらいい。これって、江畑さんが塗っていたものを見て、考えたって。
きっと、不思議そうな顔をするだけだぞ」

「そうでしょうか」

「あぁ……だから長岡が気にすることはない。
まぁ、もし、どうしても気になるのなら……」


拓也はまつばを見る。


「あいつがわからないとキョロキョロしていたら、ちょっと教えてやれ」


拓也は、彩希はパソコンなど機械に弱いと、まつばに説明する。


「出来るやつが、出来ないところをカバーしていけば、それが大きな力になる。
俺は自分が『味音痴』だから、だから江畑さんに頼んでいる。
仕事とは、そういうものだ」


拓也はそういうと、まつばに書類を押しかえす。


「『チルル』の復活が決まった。頼むぞ、売り場」

「……はい」


まつばは拓也に頭を下げると、小走りに部屋へ戻っていく。

扉を開けると、コピー機の前で、困っている彩希がいた。

どうしようかと足を止めたが、拓也の言葉を思い出し、一歩前に出る。


「コピー?」

「あ……はい」

「まずは、ここに置いてみて」


まつばは、彩希の横に立ち、操作の仕方はこうだと、説明をし始めた。





3月も終わりを迎え、学生たちは新たな場所への旅立ちとなる。

別れの季節は、出会いの季節でもあり、『春』というキーワードには、

色合いも華やかなものが選ばれやすい。


純が宣言した通り、

『yuno』のパティシエにオリジナルの商品を発表させた『伊丹屋』は、

『秋』のイベント以上の、さらなる盛況振りをみせた。

『和』を意識した売り場作りは、

これから、益々増えていくだろう外国からの旅行客の注目も集め、

連日、新聞や雑誌などを賑わせる。

世間の目が向いていることがわかると、テレビなどメディアもまたそれを盛り上げた。



華やかな『伊丹屋』とは別に、『木瀬百貨店』の春は、

拓也と彩希の頑張りで復活を遂げた『チルル』。

そして、まつばたちの頑張りで、売り場のさらなる買いやすさを追求したデザインが、

新しい季節を彩った。

『伊丹屋』に比べると、小さな改革だったとはいえ、客からは好評で、

そこから集まったアンケートにも、

『KISE』に更なる進歩を期待するという前向きな発言が多かった。


「地元ではなくて?」

「うん……。数名の職人さんがいるらしいけれど、東京とか大阪とか、
地元出身の人ではないらしい。バタちゃんも知っているでしょう、雫庵」

「あ、うん」

「そこに縁がある人がオーナーらしいから、色々とつながりもあるんじゃないかな」


1月から『食料品第3ライン』で仕事をするようになった彩希は、

週に2日現場に戻るというやり方に落ち着き、

本社と『KISE』の久山坂店を行き来している。


「まつばって、すごいよね。そういう情報網」

「情報網なんてものではないよ。偶然、大学の友達が関西の小さな業界紙に就職して、
そこから得た情報なの。人づてよ」

「ううん、それだって立派な情報でしょ。
私なんてそういう知り合いどこにもいないし……」

「何を言っているのよ、バタちゃんには、誰にも並べない味覚があるでしょう。
その方がよっぽどうらやましいよ」


彩希が異動して以来、自分の居場所がなくなるのではという不安感から、

何かとぶつかっていたまつばだったが、拓也の忠告からだんだんと距離を近付け、

今では互いにいい影響を与え合う間柄に変わっていた。

まつばは彩希の『味覚』を信用し、彩希もまた、まつばの努力やデータ力を信頼し、

仕事に生かしている。


「ねぇ、バタちゃん、『チルル』、もう少し商品量、増やせないのかな」

「それは無理だと思う。そうなるとまた、色々と反発をかいそうだし」

「うーん……もったいないね」


まつばは、客からのリクエストも多く、小さな売り場だけではもったいないと、

『チルル』を評価した。

まつばは、『A定食』に出されたとんかつの一切れを口に入れる。


「それでも、うちしか扱っていないというのが大きいと思う」


彩希の言葉に、まつばも何度か頷いていく。

互いの気持ちを理解し合い、関係を深めた二人のテーブルでは、

楽しそうな笑い声が響くのだが、他のテーブルでは、この新しい『春』という季節を、

どんよりした気持ちで迎えた男が座る場所もあった。

拓也は、黙ったままの男を見ながら、『A定食』のとんかつを口に入れる。

目の前に座っているのは、この春から担当異動を命じられた芳樹だった。


「おい」

「……はい」

「お前、いつまで引きずってるんだよ。俺よりあとに入ってきて、
わざわざ目の前のこの席に座って。さらに、イジイジ食べるのなら、
どこかに行ってくれ。せっかくの昼飯がまずいだろ」

「そういうこと、いいますか、今の僕に」

「今のお前にも、これからのお前にも言うつもりだけどね、俺は」

「広瀬さんって、鬼ですよね」


芳樹が異動になったのは、以前、拓也が担当していた寝具売り場だった。

上司は当然、あの小川になる。


「入社5年で、4つ、いや5つの場所を渡り歩いている、
伝説の広瀬さんが座っていた場所だろう。ありがたく仕事をしろって」

「そんなもの、ありがたくもなんともないですよ」


芳樹は、どうせ異動をするのなら、拓也がいる『食料品第3ライン』がよかったと、

ため息を落とす。


「お前は入れないって前にも言っただろ」

「聞きました」

「理由も言ったよな、前に」

「聞きましたけど……」

「だったらウダウダ言うな」


拓也は湯飲みに入れたお茶を飲み、

寝具担当もやりがいがあると、そう芳樹にアドバイスをする。


「お前の異動は、俺と違って厄介払いじゃないんだ。
初売りの『福袋』だって評価された。ガンガン自分の意見を言ってみろ。
もうそろそろ、企画の中心になってもいい年齢だし」

「嫌ですよ、小川課長ににらまれます」

「いや……あの人は、結構、それを待っているんじゃないのかな」


拓也はそういうと、人は刺激がないと生きているのがつまらなくなるものだと、

そう笑って見せる。


「あぁ、もう、本当に『ひとごと』ですよね」

「当たり前だろう」


拓也の笑い声に、芳樹がしかめっ面をしている時、

まつばと話をしていた彩希は、初めての情報に目を丸くした。



18F-③




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