18F 動き始めた心の行方 ③

18F-③


「試食ディナー?」

「そう……あ、そうか、バタちゃん知らないんだ」

「知らない」


まつばが話し始めたのは、全国的に名の知れた洋菓子メーカー『ライナス』が、

2年に一度、取引先の企業や店舗の責任者を集め、新作発表会と意見交換会を兼ねた、

試食ディナー会を開くというものだった。


「確か、昨日、益子部長のところに招待状が来ていたはず。
今年はうちからだと、おそらく広瀬さんと横山さんが行くのかな」

「へぇ……」


まつばは、前回、『東栄百貨店』で参加した女性が大学の先輩で、試食会とはいえ、

本格的にフルコース近い食事も出てくるという話も聞いたと、そこに付け加える。


「フルコース」

「うん……広瀬さんと横山さんなら、結構目を引きそうだよね」


まつばの言葉に、彩希も確かにその通りだと頷き返す。


「ライナスかぁ……」


彩希は、『ライナス』のケーキは、甘みが抑えてあって美味しいよねと、

そう感想を述べていく。『リリアーナ』同様、古くから『KISE』との取引があり、

そこで売られる細長い『プレートケーキ』は、いつも数種類があるが、

閉店まで残っていることはまずなく、各店舗ごとでオリジナルを作り出すこともあり、

ファンのお客様も多かった。

彩希は、去年、季節限定で売り出した『フランボワーズのケーキ』が美味しかったと、

まつばに感想を披露し始める。


「スポンジまで、しっかりと香りが入っていたの。
クリームにももちろん入っていたけれど、でもしつこくなく」

「うん」

「なんだろう。量を食べても胃もたれになるようなことは全然なくて。
あぁ、もう、食べたくなってきた」

「やだ、バタちゃん、今、ランチしたばかりなのに」


まつばはそういうと笑い出す。


「あ、そうだ。それもいいかも……ねぇ、益子部長に頼んでみたら?」

「頼む? 何を?」

「私、試食ディナー行きたいんですけどって」


まつばは、彩希には味を見極める舌があるのだから、

きっと役に立つのではないかと、そう言った。


「いや、ううん、それはずうずうしいよ。私はあくまでも『KISE』の売り場担当だし。
広瀬さんや横山さんと並ぶような立場ではないし……」


地下通路での一件以来、彩希にとって、拓也の存在は頼れる先輩という以上のものに、

少しずつ変わっていた。『チルル』に対して、どうしてもという思いが出せたのも、

拓也がそれだけ真剣に『チルル』の復活を願い、動いていたことを知ったからで、

気付くと、自然に彩希にも力が入っていた。


「まぁ、確かにそうかもしれないけれど、でも、益子部長も言っていたでしょ。
『チルル』が復活できたのは、江畑さんの力が大きいよって。ほら、いいじゃない。
『ごほうび』でお願いするのはどう?」

「ごほうび……」


彩希は、『チルル』からの帰り、

電車の中で拓也が冬馬の会社が出しているチケットを、出したことを思い出した。

この3月に『新作発表会』があるので、数字の入ったチケットを持っていけば、

冬馬のポイントになるはずだと、そう言われたものだったのに、

彩希は結局、その会場に行くことなく、チケットはいまだにバッグに収まっている。


「いや、やっぱりずうずうしい。私は『KISE』で売られているケーキで十分」


彩希はそういうと、ふらっと動きそうな気持ちを止めるため、

食事を終えたお盆を手に持ち、席を立った。





『ライナス 新作発表会』

まつばの言うとおり、

『ライナス』からの招待状は、益子の手から拓也のところへ渡った。

もう1枚の行き先も、予想通りエリカになる。


「10日後なのね」

「あぁ……」


拓也はチケットをとりあえずデスクの奥にしまうと、タバコを手に取り、席を立つ。

視線は、自然とまだランチから戻らない彩希の場所に向かった。

『ライナス』が自信を持って送り出してくるケーキに対して、

彩希ならどんな顔をして、食べるだろうと考える。

よく動く眉が下に向くのか、嬉しそうにピクッと動くのか、

そう思うだけで、なぜだかおかしくなった。

扉を開けて、喫煙所に向かう。

彩希に渡した『city eyes』のチケットが示していた日付は、もう3日ほど前になった。

冬馬に会ったのか、どんな雰囲気だったのかなど、

自分が聞くべき話ではないとわかっているのに、何も言わない彩希の態度が、

逆に気になった。

以前、『実演販売』や『商品を売る』ことに利用されたことも知っているため、

もしかしたらまた、なにやら巻き込まれているのではないかと、思い始める。

どう聞き出したら、一番いやらしくないだろうかと考えながら、

拓也は持ってきたタバコに火をつけた。

すると、その前に、今デスクに置いてきた『ライナス』のチケットが現れる。

拓也が横を向くと、そこに立っていたのはエリカだった。


「どうした」

「これ、私じゃなくて、江畑さんに行かせてみたら?」


エリカは、拓也の隣に座ると、二人の間にチケットを置いた。

ポケットからタバコを取り出し、火をつける。


「広瀬さんだって思っていたはずよ。あいつなら、どんな感想を言うかなって。
違う?」


エリカは、そういうと笑みを浮かべる。


「いいよ、今回の仕事は昔からうちと取引がある企業のものだ。立場的にも、
益子部長が行かないのなら、俺と君が行くのが正しい。あいつには無理だ」


拓也はそういうと、タバコを吸い込み、吐き出していく。


「無理ねぇ……らしくないこと言って」


エリカも、拓也とは別方向に顔を向け煙を吐き出すと、

ここでは本音で話しなさいよと言い返す。


「立場? 無理? 広瀬さんに一番ふさわしくない言葉ね。
そんなものどうだっていい、自分の思っていることが正しければ、絶対に引かない。
それがあなたでしょ」


エリカは、そんなことにこだわらないからこそ、

売り場から彩希を引っ張ってきたのだろうと、そう話し続ける。


「この春。確かに『チルル』が復活して、売り場の雰囲気も変わって、
『KISE』もこれから期待できるなって、お客様に思わせたかもしれない。
でも、だからこそ、秋、冬に向かっての期待度は大きくなった。
それに応えていくためには、規律だの、伝統だの、
立場だのにこだわっている場合ではないはずだけど」


エリカの言葉を聞きながら、拓也はタバコを吸い込み吐き出すことを繰り返す。


「確かに……横山の言うとおりだな」

「でしょ。だったら、そんならしくないこと言わないの。江畑さんに食べさせてみる。
彼女がどう思うのか、それを知る」

「いいよ、俺のを渡す。君と……」

「私が一緒に行ってどうするのよ。全く」


エリカは、タバコを灰皿でもみ消すと、あらためてチケットを拓也の膝に乗せる。


「いい? 彼女をしっかりコントロールするのは、広瀬さん、あなたの役目。
あなたが連れてきたのよ。人に任せないでよ」


エリカはそういうと、タバコとライターをケースにしまう。


「『ライナス』のケーキは、私も何度か食べたことがあるし、
食事会にはいつも、『ホテルシャンタン』のコックが腕を振るうの。
それならだいたい味も想像がつくから、今更結構よ」


拓也もタバコを灰皿で消すと、エリカの残したチケットを手にとっていく。


「『ホテルシャンタン』のフルコースくらい、食べさせてくれる男はいますから。
どうぞ、遠慮なく行ってきてね」


エリカはそういうと、先に戻りますと歩き出す。

拓也は、渡されたチケットをスーツの内ポケットに入れた。

これを渡した時の彩希の顔を想像した拓也は、

自然と表情が優しいものになっていた。



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