18F 動き始めた心の行方 ④

18F-④


次の日、エリカのチケットを受け取った拓也は、何も知らない彩希の目の前に出す。


「私が……ですか?」

「あぁ……横山が、江畑がどういう感想を持つのか聞いてみたいと。
もちろん益子部長にも許可は得た。どうする、行くか」

「はい、行きます!」


彩希は、まつばから聞いていた『試食会』に参加できるのが嬉しくて、

素直にそのチケットを受け取った。そして、拓也からあらためて会の内容を聞かされる。

彩希は両手でチケットを持ち、嬉しそうに頷いていく。


「一応、念のために言っておくけれど、これは仕事だ」

「はい」

「新作のケーキを含めて、『KISE』に並べるラインナップを選ぶ作業もあるし、
向こうからすれば、担当がどれだけ味に対して意見を言うのかという、
駆け引きでもある」

「はい」


彩希は、チケットを見たまま、拓也の言葉に頷き続ける。


「チケットと言えばさ……ほら、江畑、お前」

「はい」

「行ったのか、新作発表会」


拓也はチケットつながりで思い出したと言いながら、

何気なく彩希から冬馬との再会について尋ねていた。

彩希は、拓也が話しているのは、

以前、渡してもらったあのチケットだとわかり、下を向く。


「会えたのか、あいつ……いや、河西さんと」

「いえ」

「会えなかったのか」


拓也は、もう辞めていたのか、それとも何かトラブルがあったのかと、そう聞いた。


「違います」

「また、何か買えって言われたとか」

「いえ……」

「だったら」

「行きませんでした」


彩希はそういうと、せっかくもらってくれたのにすみませんと頭を下げた。

拓也は、一度前のめりになった体を、元の位置に戻す。


「行かなかったのか……」

「はい」

「どうして」


自分には関係のないことだと思いながらも、すぐにどうしてなのかと聞き返す。

拓也は言ったあと、余計なことを聞いてしまったのではないかと反省するが、

出した言葉は戻らない。


「頑張ってくれていれば、それでいいと思えたので」


彩希は、冬馬なりに希望を見つけ、前向きになってくれたらそれでいいと、

そう言い返す。


「それでいいって……」

「何も言われていないので、それで」

「いや、あいつ、お前にお金を返そうとしていたぞ。あの……ネックレスを買った日」


拓也は、自分が彩希を追いかけた後、冬馬も駅まで来たこと、

ネックレス代金を返そうとしたことなど、話し続ける。


「いいんです。もう、お金は」


彩希はそういうと、拓也を見た。

今の自分にとって、冬馬とのことはすでに過去になっていると、わかっているのに、

口に出せないまま、また下を向いてしまう。


「まぁ、江畑がいいというのなら、いいけれど」

「すみません、せっかく『チルル』を復活させたごほうびだったのに」


彩希の言葉に、拓也が驚いた顔をする。


「ほうび?」

「はい……冬馬のことを教えてくれたのが、あのほうびってことですよね」


彩希は、わかっているけれど、再確認したくて、そう尋ねてしまう。


「そうか……そんなふうに思ったのか。いや、俺は別にそんなつもりはなかったんだ。
ただ、きっかけになったというだけで」


拓也は、ほうびならもっといいものにするよと、笑い出す。

彩希は、手に持ったチケットを前に出した。


「だったら、これ……ごほうびですよね。楽しみにしています」

「ん?」

「……楽しみにしています」



『楽しみにしています』



拓也の耳に、この部分だけが残される。

彩希が嬉しそうな笑顔のまま、ずっとチケットを見ていたので、

拓也はそうだなと言いながら、窓から外を見た。





「『ライナス』の?」

「うん」


その日の昼休み、彩希と恵那、そしてまつばのランチタイムの話題は、

拓也から渡された『チケット』のことだった。

まつばはよかったねと、彩希に声をかける。


「ありがとう。広瀬さんから渡されたときには、
まつばから聞いていた話のこともあって、すぐチケットをもらってしまったけれど、
よく考えてみたら、やっぱりずうずうしいなと」


彩希は、武や寛太、そしてまつばもいるのにと表情を曇らせる。


「何よ、そんなこと言わないの、バタちゃん。横山さんが思ったとおり、
私もバタちゃんならどんなふうに味を感じてくるのか、本当に興味があるもの」


まつばは武や寛太もそう言ってくれると、ナポリタンを食べるために、

フォークをくるくるまわしていく。


「そもそもさ、広瀬さんと行くわけでしょう。
大山さんたち、男同士はってそう思うよ、普通」


まつばはそうだよねと恵那に同意を求めた。

恵那も確かに男二人はねと、笑い出す。


「ねぇ……仕事だけどさ、せっかくの会なんだもの、おしゃれしていきなね、バタちゃん」


まつばはスーツもいいけれど、ワンピースもかわいいよねと、言い始める。


「ワンピース?」

「あ、いいね……結婚式まで華やかでなくてもいいだろうけれど、でもさ」

「そうそう……クラッチバッグとか持って?」

「うん、うん」


恵那とまつばも盛り上がりを聞きながら、彩希は洋服はどうしようかと、

あらためて考える。


「バッグはさ、ただ持つだけのではなくて、
ほら、服装によっても切り替えできるものとかいいよね」

「うん……」


女性3人が盛り上がる横のテーブルでは、芳樹が『B定食』を選びランチをしていた。

しかし、彩希とは背中合わせになっていたため、声はかけずに黙っている。


「広瀬さんって背も高いし、一緒に歩いてもらうには素敵だよ、きっと」

「あ……そうだよね、そうそう」


芳樹は、女性陣が拓也の噂話をし始めたのがわかり、

この先、あの問題児がどんなことを言われるのだろうかと、自然と興味を持った。

箸を動かし口も動かしているものの、精神的に一番集中しているのは耳になる。


「ねぇ、広瀬さんってさ、結婚しているの?」


この中で、一番拓也を知らない恵那が、そう尋ねた。

まつばは『結婚している』とは聞いたことがないよねと、彩希に同意を求める。


「あ……うん」


彩希はとりあえず返事をしたものの下を向き、

試食会に着ていく洋服はどうしようかと考え続ける。


「そりゃ、彼女くらいいるでしょうけれど。職場の上司として見ているからな。
考えたことがなかったわ。どうして?」

「いや……うん。なんとなく思った」


恵那の目は彩希を見るものの、彩希の視線はあがらないままになっている。


「広瀬さんの彼女か、そうだなぁ……私が予想すると……」


拓也の彼女になるのは、どんなタイプだとまつばが予想するのか、

芳樹はさらに耳をすませながら、お茶を飲む。


「一見、スタイル抜群の大人の女性かなと思わせておいて、実は……」


『核心部分』がどう出てくるのかと、芳樹は息をのむ。


「バタちゃん……」

「うん」

「どうしたの?」


まつばは、話題についてこようとしない彩希を心配し、声をかけた。

彩希は、大丈夫だよと姿勢を直し、天ぷらうどんを食べ進める。


「あ……ねぇ、このかき揚げの天ぷら、おいしくなったと思わない?」

「あ、わかる、わかる」


彩希が自分の天ぷらうどんを話題にあげたことで、女3人の話は、

『拓也』から一気に『かき揚げ』へと飛んでしまう。


「前のは、少し油っぽかったよね」

「そうそう、胸焼けしそうな時があった」


それからもしばらく芳樹は席にとどまり、3人の話題に耳を傾けていたが、

拓也の話題が戻ってくることはないまま、ランチの時間は終わりに近づいた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【18】富山   月世界  (卵と和三盆糖、寒天、白双糖を煮詰めた蜜と合わせ、乾燥させた菓子)



19F-①




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掛け合いです

ナイショコメントさん、こんばんは

>女子たちの会話、拓也と彩希の会話、
 今日はないですが、拓也と芳樹の会話など、とてもおもしろいです。
 お話しが始まる前、確か、会話に注目見たいに書かれていた気がして

ありがとうございます。
そうなんです。今回はそれぞれの『掛け合い』が
話の『核』になるところがありまして。
関係性が変わると、もちろん話の内容も変わるのですが。
笑ったり、納得したり、首をひねったりしながら、
これからもお付き合いください。