19F 過去から見た未来 ①

19 過去から見た未来

19F-①


その頃、純は『和茶美』との契約のため、岡山を訪れていた。

オーナーである『菅山五郎』のいる事務所と、職人がお菓子を作る作業場とは

廊下が続く作りになっているように思えるが、外から来た人間は、

作業場にそのままは入れないようになっていた。

純は、その場所を気にしながら、

秋に『伊丹屋』の中に商品を並べるという契約書類を、手渡していく。

菅山は、書類に不備がないかどうかを確認し、サインをしたあと印を押す。


「菅山さん、ここまで来ましたから、お聞きします。
『和茶美』の商品を並べたいと、うち以外にも声をかけてくるところはあったでしょう」


純は、『東栄百貨店』や『木瀬百貨店』などを意識して、そう尋ねた。


「いえいえ、こうしたお話は『伊丹屋』さんだけですよ」


菅山は、書類を純の方に向けまっすぐに戻してくる。


「本当ですか?」


顔をあげた純の前を一人の男性が通り過ぎ、そのまま重たい扉のある作業場の方へ向かう。


「あの……」

「はい」

「あの扉の向こうが、『和茶美』の作業場と言うことですか?」


純は、外から見ても、入り口がわからないような気がしたと、菅山に話す。


「まぁ、そんなところです。うちは大手の企業ではないですしね、
秘密めいたところがないと、その価値を保てないのですよ」

「秘密……」

『伊丹屋』さん」

「はい」


菅山の声に、視線を扉に向けていた純の視線が戻る。


「以前、お話したとおり、『伊丹屋』の中で、
どう商品を並べるのかなど、売り方はお任せします。
しかし、『和茶美』に対する、過度な関わりはご遠慮ください」


菅山は、あくまでも売るのは『和菓子』だと強調する。

純は、今ここで菅山と言い合うことには意味が無いと思い、

そうですねと頷くと、サインを終えた書類を手に取った。





『頑張ってくれていれば、それでいいと思えたので』



拓也は、自分の席に座ったまま『ライナス』のチケットを見た。

チケットつながりで何気なく聞き出した彩希と冬馬のその後は、

『会わなかった』というものだった。

とはいえ、渡したものは商売用のチケットだったため、

再会に仕事が絡まないのは、むしろ当たり前かもしれないと思い始める。

それと同時に、彩希が余計な出来事に巻き込まれていないことがわかり、

どこかほっとしていた。



『行きます』



『ライナス』のチケットを受け取った彩希は、自分の予想以上に嬉しそうだった。

拓也は、そんな彩希の顔を見ながら、自分自身が笑顔になっていたことに気づき、

視線をあえてそらした。


「さてと……」


拓也は、その場で大きく背伸びをすると、そろそろ家に帰ろうと首を軽く回した。





「いらっしゃいませ」


それからの彩希はというと、『棚からぼた餅』とも言えるようなハプニングで、

拓也と出かけることになった『ライナス』の食事会の日を気にしながら、

『KISE』の売り場に立った。

販売員としての仕事も、本社の『第3ライン』に向かうようになってから、

別の意味で、新鮮な気持ちを持つようになったため、

見えてくる景色も、以前とは違っていく。

お客様の波が、少し途切れたときには、あえて客目線で売り場を歩き、

改善できるところはないかと、視線を動かしてみる。

『リリアーナ』の数店舗横に、『ライナス』のケーキ売り場があった。

相変わらず、開店と同時に売り上げは好調なようで、

店の前には、2人の女性が立ち、何にしようかと悩んでいる。

今日の『プレートケーキ』は、さくらんぼを使った、春らしいものになっていて、

その横には定番のチョコレートやバターケーキなど、

魅力的なラインナップが並んでいた。

彩希は、来週、拓也と出かける『試食会』で、どんな美味しさと出会えるのか、

そして、どんな時間を過ごせるのかと、仕事中にもかかわらず、ふと考えてしまう。


「すみません、ちょっといいですか」

「はい」


彩希は空想の世界から自分を戻し、お客様の問いかけに振り向いた。

そして希望の商品名を聞き出すと、こちらですと案内をし始める。

別の女性は、ケースの前に立ち誰かを探すような女性に気付き、

『何をお探しですか』と声をかける。

客に紛れ、立っていた男は、さらに少しだけ内側に移動し、また前を見た。


「こちらです」

「あ、そうそう、これです、ありがとう」

「いいえ……」


精一杯、お客様の相手をする彩希の姿を、

売り場の奥にある階段の横で見ていたのは男は、冬馬だった。

彩希は、冬馬に気付くことなく、包装紙で包んだ商品を、丁寧に渡している。

冬馬は、楽しそうに働く彩希の顔を見た後、そのまま駅に向かう扉を押した。

腕時計で時間を確認し、そのまま携帯電話を握ると、すぐに受話器を耳に当てる。


「もしもし、河西です。すみません、現場には今から向かいます。
はい……今日は絶対に決めてきます」


冬馬はそういうと、『KISE』の入り口にあるお店のロゴを、じっと睨んだ。





「お疲れ様でした」

「また、明日ね」


販売員たちには早番、遅番の入れ替えがあり、

彩希は仕事を終えて、着替えるために更衣室に向かった。

ロッカーを開け、素早く着替えると、いつも背負っているリュックを肩にかける。



『ワンピース?』

『あ、いいね……結婚式まで華やかでなくてもいいだろうけれど、でもさ』

『そうそう……クラッチバッグとか持って?』

『うん、うん』



仕事中はなんとか頭の奥に押し込んでいた情報だったが、彩希の頭の中は、

自由時間だと気づいたのか、またその情報が前に出てきてしまう。

彩希は鏡に映る自分の姿を見る。

仕事なのだから、普通にスーツでいいと思うものの、まつばや恵那の言うとおり、

おしゃれをして参加してみたいという思いも、確かに持っていた。

しかし、会に参加できるような『ワンピース』など、この数年、買っていない。

さらに、合わせて持つようなバッグも、自分自身が持っていないことに、

二人の会話を聞きながら、自然と気づかされた。

両手が空いていた方が楽だからと、どこに行くにもいつもリュックを背負っていたため、

あらためて思い浮かべると、バッグは就職活動に利用したものしか、浮かんでこない。

彩希はロッカーを閉めて従業員の入り口から出ると、

そのまま『KISE』の中に入っていった。



彩希が仕事を終えて売り場に向かっていた頃、芳樹は小川に言われた用紙を手に持ち、

地下通路を歩き、とある売り場に足を向けていた。

一覧表には、『スカーフ4つ』という文字と、渡される年齢層だけが記入されている。


『お前が考える必要はないからな、売り場の女性に選んでもらえばいい』


小川は、いつもお世話になっているメーカーの『報告会』で使う、

景品用の商品を頼むという用事を、芳樹に押しつけた。

スカーフならば僕より女性の方がいいですよねと、

芳樹としては当然の意見を述べたつもりだったが、

小川は大きく首を横に振り、それはまずいと言い返す。



『大林、こういうことを女性に頼むのはよくないだろう。
セクハラやパワハラの発端になるかもしれない』



女性だからという理由で、仕事と少し離れたことをお願いすると、

すぐに女性たちがタッグを組み、もっと上の上司に文句を言う可能性があるからと、

小川は、無駄な衝突を避けるため、その役割を芳樹に頼んできた。

芳樹は、自分に頼むのも『パワハラ』ではないかと言おうとしたが、

『寝具売り場』の男性では、自分が一番若かったため、

別の問題を生み出すのも嫌で、結局、『わかりました』と引き受けた。



19F-②




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント