19F 過去から見た未来 ②

19F-②


どういう『スカーフ』を選ぶのかは、店員に任せればいいと言われたので、

ただのお使いならそれでいいだろうと、芳樹も割り切って売り場に向かう。

そこでは小川に言われたとおり、景品として利用する人たちの年齢などを話し、

向こうのセンスに任せることにした。


「それでは、すぐに包んで参りますので」

「はい、お願いします」


芳樹は言われたとおりのお金を渡し、そのまま売り場の周りに目を向ける。

すると、バッグ売り場に一人で立っている彩希を見つけた。

彩希が見ていたのは、『クラッチバッグ』で、アクセントにリボンがつくものだった。

彩希はそれを持ち、目の前にある鏡に自分を映すように立っている。

また別のものを持ち、同じように立つが、3種類のもので同じポーズを取ったあと、

結局、最初のものに戻ってきた。

芳樹は、そんな彩希の姿を見ながら、

今日の昼間、社員食堂で話していた3人の会話がよみがえってくる。

彩希が、おそらく試食会に参加するためのバッグを選んでいるのだろうと思い、

ふっと口元が動く。


「大林さん」

「あ、はい」


芳樹が、店員からスカーフの箱詰めを受け取ったあとも、

彩希はバッグのある場所から動かずに立っていた。

芳樹は店員に『ありがとうございました』と礼を言うと、もう一度彩希を見たあと、

また地下通路を通り、本社に戻った。





『KISE』の忙しい時間、午後7時少し前、

本社にいる拓也は、自分の席から離れ、喫煙所にいた。

『第3ライン』としては、秋に向かったイベントを考え始める時期なのだが、

『チルル』を強引に戻したことで、『リリアーナ』との関係は、

まだ修正したとは言えない状態が続いている。

それでも、ここでただ販売機を見ているわけには行かないと、

拓也は残った缶コーヒーを飲み干していく。

誰かが近づく気配がしたため振り向いてみると、

武が何やら手に持ち、拓也の方に歩いてきた。


「どうした……」

「広瀬さん、すみません、これ、少し見てもらってもいいですか」


武の出してきたファイルを受け取り、拓也はタイトルを見る。



『キセテツ味の旅』



「秋イベントの企画です。あえて、こだわろうと思いまして」


武は、どうでしょうかと拓也を見る。

拓也は武の視線を感じながら、企画書を1枚ずつめくった。





武は拓也のアドバイスを受け、また自分の席に戻った。

拓也は、自分の思いに気づいてくれたかのような武の企画に、自然と顔がほころんだ。

そして、それならば自分にも出来ることがあるかもしれないと考え始める。

すると、そこに今度は、小川からの任務を終えた芳樹が現れた。

拓也は吸おうとした出したタバコを、元に戻そうとする。


「あれ? タバコ、吸わないんですか」

「数秒前までは吸うつもりだった。でも、面倒なことに巻き込まれるのは嫌だから、
辞めようかと……」

「面倒?」

「そうだ。タバコを吸わないお前が、わざわざここに来るのは、
何かしら話したいことがあるからだろう。妙に積極的な大林と関わって、
今までプラスになったという過去がない」

「それ、どういうことですか? 僕がいつ、広瀬さんにマイナス要素を持ち込みました?
いつも迷惑をかけられているのはこっちですよ。だって……」

「何?」


例えばこういうことですと、さらに言葉を送り出そうとした芳樹は、

戻ってきた拓也の少し大きめな『何?』に、何も言えなくなる。


「いえ……すみません」


ほんの少し前までの『妙に積極的』だった芳樹は消え、

蛇ににらまれた蛙のように、ソファーに黙って座る。

無言の二人には、自動販売機のモーター音だけが聞こえ出した。



「大林……」

「はい……」

「はいじゃない、なんだよ、面倒だなお前。用事があるから来たんだろ。
ならさっさと済ませろよ」

「話していいんですか?」

「はいはい、いいですよ、ぜひ聞かせていただきます。小川とまたもめたのか」


拓也はそういうと、あらためてタバコを取り出し火をつける。


「違います。小川課長と僕は、もめたことなどありませんよ。
毎日、無風状態です」


芳樹の言葉に、拓也は黙ったまま右の耳を軽くほじる。

しかし、表情は『あぁ、そうなんですか、よかったね』という感情を100%出していた。


「いや……あの、まぁ、確かに、『聞かせていただきます』なんて言われると、
少し、違うのですが……」


拓也は、笑顔が押さえようとしても漏れてくるような、芳樹の表情を見る。


「大林」

「はい」

「お前には前にも言ったよな。俺はまどろっこしいことが嫌いなんだ。
俺はここに休憩をしに来た。悪いが心からの休憩をさせてくれ。
お前のニヤニヤしている顔を見るのは、通勤時間だけで十分だ」

「ニヤニヤって……」

「ニヤニヤだろうが。うまくいっている小川課長に言いつけるぞ、
お宅のかわいい大林が遊んでいますって」

「何言っているんですか、僕は遊んでなんていませんよ、
今も、小川課長からの仕事をするために『KISE』に行ってきましたし」


芳樹は、得意先に持って行く物を、わざわざ作りに行かされたとぼやき出す。


「なんだよ、結局ぼやきじゃないか。
嫌なら、そんなこと自分でやれと言えばいいだろう」

「やれって……それを上司にですか?」

「当たり前だ。上司だろうがなんだろうが、自分のことは自分でやる。
そんなもの、義務教育、いや、幼稚園で習う話だろ」


拓也は灰皿でタバコの灰を落とす。


「で、話はそれだけか」

「いえ、違います。実はさっき江畑さんを見かけたんですよ。バッグ売り場で」

「江畑? ほぉ……」


拓也は、芳樹から予想外に登場した彩希の名前に、少し表情が変わる。


「なんだよ、あいつがバッグにでも噛みついていたか? 味を見るために……」


拓也は自分の歯を上下でカチカチ合わせてみる。


「そんなことしていませんよ。熱心にクラッチバッグを見てました。
売り場の前で、ポーズを取ったりして。
マネキンのそばにあったリボンがついていたものが気に入ったのか、
他のも見ていたのに結局戻ってきて」


芳樹はその姿を思い出したのか、口元がゆるむ。


「実は、昼間、社員食堂で話していたのを偶然聞いたんです。
『ライナス』の試食会、広瀬さんと彼女が参加するそうですね」


芳樹はそういうと、そうですよねと念を押す。


「あぁ……」

「ですよね。なんだかどんな格好で行けばいいのかとか、バッグがどうのこうのって、
お友達もあれこれ考えているみたいで。いやぁ……女性って、
おしゃれの話をしていると、周りが見えなくなるんですね。
ケラケラ笑いながらとにかく楽しそうに話していて」


芳樹が楽しそうに話す前で、拓也はタバコを吸い込むと、

ゆっくり吐き出していく。


「まぁ、そんな話のあとに、バッグ売り場で彼女を見たものですから。
しかも、話題にあがっていたクラッチバッグを見ていて。
『あぁ……今回のために、新しいものを買うのかなと』」



『楽しみにしています』



拓也の頭に、チケットを渡したときの、彩希の声が戻ってきた。



19F-③




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