20F 素敵な明日が来るように ①

20 素敵な明日が来るように

20F-①


『夢最中』の注文は受けてもらったものの、

イベントへの参加については、喜助にどうしてもOKを出してもらえなかった。

拓也はまた懲りずに来ますと言い、とりあえず本社に戻る。

電車に乗り、『ひふみや』を知っている彩希の顔を思い浮かべた。

それと同時に、バッグを買おうかどうか迷っていたという芳樹の話も思い出す。


『熱心にクラッチバッグを見てました。売り場の前で、ポーズを取ったりして。
マネキンのそばにあったリボンがついていたものが気に入ったのか、
他のも見ていたのに結局戻ってきて』


『チルル』でも頼ってしまったし、まだ企画が益子と自分のところで止まっているだけに、

『ひふみや』のことは、言うべきではないだろうと考える。

電車の心地よい揺れに身を任せながら、拓也は以前、『和茶美』のことを語った、

純のことを考えた。

純は『ひふみや』の『夢最中』に似た味を『和茶美』に発見し、

それを秋のイベントにぶつけてくるはずだった。

それは逆に『夢最中』は無理だと、諦めたことになる。

拓也は、『和茶美』と肩を並べるためにも、

また、地元への貢献を意識した企画を出した武のためにも、

そして、悔やみきれない過去を抱えた自分のためにも、

どうしても勝たなければならない賭けだと思いながら、外の景色を見続けた。





『ひふみや』に、頷いてもらうためには、どうしたいいのか。

それからの拓也は、仕事の間、常にこのことを頭に入れていた。

現場アンケートの回答も、最後の数件となり、拓也は販売員たちの様子を聞くために、

チーフのところに向かう。


「みなさん、自分の疑問にしっかり答えてもらえたことが、励みになっているようです」

「そうですか……」


チーフは、売り場の様子が春から変わったことも、お客様からはとても評判がいいと言い、

特に反響が多いところを、拓也に話し続ける。

拓也は、その話を聞きながら、売り場の中に立ち、箱詰め作業をしている彩希を見た。

ショーケースの向こう側で自分を見ている子供に気づき、彩希が手を振ると、

その女の子は、嬉しそうに笑い出す。


「広瀬さん……」

「はい」

「秋のメインイベントが、どうなるのかも期待していますので」

「はい」


拓也はチーフに頭を下げると、食料品売り場を出た。

そのまま地下通路を通り、本部に戻ろうかと思ったが、足はエスカレーターに向かう。

華やかな女性向けの売り場の中に、バッグ売り場があった。





『ライナス』の試食会前日。

彩希はカレンダーの数字を確認すると、

武に頼まれていた書類を、会議用に整える仕事に取り組んだ。

明日になればという思いが、表情に出ないようにと思い仕事をするが、

少し時間があると、明日の試食会にどんなものが出てくるのかと、

気持ちが飛んでいってしまう。


「バタちゃん、出来たらこっちもね」

「うん……」


まつばの声に、浮ついた気持ちを戻し、彩希は出来上がったものを手渡していく。

視線だけ拓也の席に向けたが、まだ来ている気配は感じられなかった。



『鹿野川西』



その頃、拓也は『ひふみや』への道を歩いていた。

秋イベントへの参加を訴え、それは無理だと断られたものの、

週が変わったこともあり、再び頭を下げようと前に進む。

自分の過去を語り、どうしても企画を実現したいとアピールしたが、

それ以上のポイントが見つかったわけではないため、

喜助の決断は簡単に揺るがないような気がして、正直、足取りが重くなる。

それでも、武の企画を実現するために、他に変わるものがないことは確かなため、

諦めることなくしつこく頭を下げるしかないと、そう考え出す。

『ひふみや』前に小さな自転車を止め、丁寧に拭いている喜助が見えた。

拓也は、ネクタイに軽く触れ、曲がっていないかどうかを確かめる。


「大谷さん、おはようございます」

「あぁ……おはようございます」


喜助は、穏やかな表情で出迎えてくれた。

手に持っていた雑巾を絞り、自転車のカゴにかける。

先週、注文してくれた分は出来ましたと笑顔で話してくれた。


「ありがとうございます」

「さぁ、中に」

「はい」


拓也は中に入り、棚の上に置かれた『夢最中』の袋を見た。

この和菓子が、『KISE』の食料品売り場に並べられたらと、そう考える。


「広瀬さん」

「はい」

「今日もまた、この間と同じことを言いに来たのでしょう」


喜助は、拓也の気持ちを先にくみとり、そう切り出した。

拓也は『はい』と返事をしながら、頭を下げる。


「それでは今日は、私の方からいくつか質問をさせてください」


喜助はそういうと、拓也に椅子に座って欲しいと、そう言った。

喜助からの質問という状況の変化に、拓也は驚きながらも、

小さな丸い椅子がそこにあったためとにかく腰をおろす。


「以前もお話しましたが、この店は5月で終わります」

「はい」

「年を取りまして、なかなか思うように体も動きません。
納得のいかないものを作るくらいなら、いっそと……」

「はい」

「でも……あなたの話を聞いて、少しだけ、気持ちを変えました」


喜助の言葉に、拓也は受けてもらえるのですかと、前に出る。


「まぁまぁ、腹を割って話しましょう」

「あ……はい」


拓也は、焦ってしまったことを謝り、姿勢を正す。


「この間、広瀬さんが話してくれたことです。あなたの過去。
地元に愛されていた店を、潰してしまったという……」

「はい……」


拓也は、喜助が何を言いだすのか気になりながらも、

ここは従うしかないと、覚悟を決める。


「その店は、『福々』のことですか」


拓也は、喜助がすぐに言い当てたことに驚きながらも、

腹を割って欲しいと言われた以上、隠すことではないと思い、『はい』と返事をした。

喜助は、やはりそうでしたかと、納得するように頷いていく。


「どうして、そう思われたのですか」


拓也は、今まで一度も店の名前を出したことはないはずだと思い尋ね返す。

喜助は、並べていた『夢最中』の箱を、片付け始めた。


「いやねぇ、あなたが最初に店へ来た時に、確か、私が和菓子が好きで、
趣味の延長で作り始めたと、話したことを思い出しました。
その時、私が影響を受けた店の話をした気がするんですよ。そうでしたよね」

「はい、うかがいました」


喜助は、拓也の過去など何も知らず、大好きな店だと『福々』の名前を出した。

拓也の脳裏には、思い出したくない昔の記憶が蘇り、

店から帰る駅までの道を下向きに歩き、ためいきばかりが出た。


「あの日、『福々』の名前に、広瀬さん、あなたが表情を変えたと、
私にはそう見えたものですから……。覚えていたんですよ。
もしかしたら、『福々』かなと」


喜助は、どうして拓也がつぶしてしまったと思っているのか、それを聞き始める。

拓也は、自分が不動産会社に勤めている新人だったこと、

仕事などまだ理解し切れていないのに、先輩の言うままに動き、

一度店を取り壊して、新しいマンションが出来上がった後、

その下に今までの店を入れる店舗スペースが出来ることなど、

商店街の店たちに対して、いい話ばかりをしてしまったと昔を語る。


「実際には、建設会社と新しいスーパーの契約がすでに行われていて、
10店舗あったのに、新築のマンションの1階に、場所は2つしかありませんでした。
しかも、賃料も、以前に比べたら1.5倍になる」

「ほぉ……」


喜助は、お茶を入れ拓也の前に置く。

拓也は、ありがとうございますと、頭を下げた。



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