20F 素敵な明日が来るように ②

20F-②


「そういう展開になることも、最初から決まっていました。
とにかく壊してしまえば、それでどうにかなる。
いや、全ての意見を聞いていては、時間だけがかかり、どうにもならないからこそ、
壊してしまいたかった」


いざ、話が動き始めると、先輩たちは新人を奥に引っ込め、

自分たちが専門用語で突き進み、どんどん話を進めていった。

聞いていたことと違うと言い返す店主たちも、形が崩れてしまった店を、

元に戻せとは言えないまま、無常にも時は過ぎていき、

結局、大きな力にねじ伏せられてしまう。


「給料の良さにただ惹かれて、仕事の内容など就職の前に確認もしなかった。
先輩が言っていることが本当なのか、それを確かめて報告することもしなかった。
私が、もっと、仕事に対して責任を持ち、行動できていたら、
あれだけのことにはならなかったと……」


拓也は、法律や建築のノウハウを知り尽くしている不動産業者の先輩に、

何をどう言おうとも、太刀打ちが出来なかったと、過去を語り続けた。

今でも目を閉じると、肩を落とした人たちの嘆きが蘇ると、そう説明する。


「『福々』は、本当に被害者でした。ご主人はとてもいい方で、
自分たちにも非があるとそう言って、謝罪に向かった私を責めることがなかった。
それが逆に辛くて……」

「新之助さんなら、そうするでしょうね。人を恨むとか、妬むとか、
そういうことからは縁遠い人でしたから。美味しいねって言うと、
包み隠さず、作り方まで教えてしまうようなそんな人でね」


喜助は、素人の自分がこんなふうに出来たのも、新之助の教えがあったからだと、

そう語り続ける。


「『福々』は新しい場所で、頑張るからと、
手作りのどら焼きをすすめてもらいましたが、私はとても食べられませんでした」


拓也は、頭を下げ続けた自分の前に、新之助はどら焼きを出してくれたが、

最後まで掴むことが出来なかったと、唇をかみ締める。

語り終えた拓也と、全てを聞いた喜助の間に、静かな時間が流れ始める。


「そうでしたか」

「はい」


喜助は『夢最中』のひとつを手に取ると、拓也の前に座った。


「これは私の『夢』でしてね。幼い頃、野球をしたくてもグローブが買えなくて。
そんな思い出を、大好きな『和菓子』にさせてくれたのが、『福々』さんでした。
ファンとして店に通い、新之助さんの和菓子を食べ、晶と笑い……」


喜助は、晶とは新之助さんの息子さんだと、そう説明する。



「そうそう、彩希ちゃんのお父さんです」



喜助が何気なく言った言葉が、拓也の耳に届いた。

感嘆符が言葉にならず、ただ、喜助を見てしまう。


「彩希ちゃん……」

「はい、彩希ちゃんです」


拓也は、『彩希ちゃん』という響きから、一人の姿を思い浮かべたが、

心の奥にいる別の自分が、打ち消そうとする。


「あなたに、この『夢最中』を教えた彩希ちゃんです」


拓也は、思ってもみない話の展開に、どうしたらいいのかがわからなくなった。

あくまでも、自分の過去を語り、『ひふみや』に納得してもらおうと思っていたが、

そこに彩希が登場してしまう。


「あの……」

「はい」

「すみません、『福々』が、江畑の実家だったと、知りませんでした」


拓也の言葉に、喜助は驚いた顔をする。


「そうですか」

「はい。あれは彼女の実家……」

「はい、そうですよ」


喜助は、実は彩希もこのことを知り、

一緒に『ひふみや』の登場を願っていると思っていたのだと、話し続ける。


「すみません、彼女はまだ、この企画を知りません」

「そうでしたか」


拓也は、彩希が今、自分が話した事実を知ったらどうするだろうと、

気持ちがそちらに向き始める。

仕事に対して、前向きになっている彩希の態度が、変わってしまうのではないかと、

不安な思いがどんどん膨らんでいく。

喜助は、いつも持っている『ノート』を前に出した。

拓也は開かれたページを見る。そこには彩希の字があった。



『喜助さんにも、素敵な明日が来ますように』



「彩希ちゃんは、いつも注文するとき、この言葉を書いていきます。
なぜなのかと聞いたら、笑ってごまかしていましたけれど……」


拓也は、喜助の示した彩希の字を見る。


「明日が来れば、何かが変わる、変えられる……」


喜助は、過去は過去で、越えなければならないものですよと、拓也に1枚の名刺を渡す。

拓也の受け取った名刺は、色あせたような古い物だったが、

喜助の名前と『ひふみや』の名前が書いてあった。


「裏を見てください」


拓也は受け取った名刺を裏返す。

裏には、『あなたにも素敵な明日が来るように』と書いてあった。


「彩希ちゃんと、広瀬さん、それぞれの新しい明日が、来るように願って」


喜助は、この『キセテツ味の旅』が正式に企画として採用されるのなら、

なんとかお手伝いしましょうと、そう返事を出す。


「私の最後の『夢』ですね」


喜助の言葉に、拓也はその場で立ち上がり、深々と頭を下げた。





『彩希ちゃんのお父さんです』



企画への協力を『ひふみや』から約束してもらったものの、

『福々』と彩希のつながりを知り、拓也の足取りは朝よりももっと重かった。

拓也があの時の出来事に絡んでいることを、今の彩希は知らないとしても、

『ひふみや』の喜助に全てを話した以上、過去が明らかになるまで、

それほどの時間はかからない気がしてしまう。

あの出来事で、江畑家は大切にしていた店を無くし、

団結していたはずの家族はバラバラになってしまった。



『彩希が全てを知ったとき』



拓也は自分から名乗るべきなのか、それとも他に方法はあるのかと思いながら、

近づく『キセテツ』を見ながら、ホームに立っていた。





『夢最中』を持ち帰った拓也の発言に、『第3ライン』は全員が驚きの声を上げた。

『ひふみや』という店の存在を、知らなかった武や寛太はどこなのかと地図を出し、

純にも情報を流していたエリカは、拓也がどういう交渉をしたのかと尋ねる。

拓也は黙ったまま、ポケットから1枚の名刺を出した。

メンバーの真ん中に置いた、少し色あせた名刺の裏には、

さきほど拓也が店で見た、『あなたにも……』の文字が書いてある。


「ラインのみんなには、しっかりとした相談もなく、進めてしまったことを、
まず謝らないとならない。でも、このタイミングで交渉に行かないと、
チャンスがないと思ったので、事後報告だけれど、行かせてもらった」


拓也は、先日、武から、

『KISE』で、秋に行うイベントについての提案があったことを話す。


「この春、『伊丹屋』が『和』をテーマにし、『yuno』のパティシエに、
限定の和菓子を作らせた。それにあわせるように、全国的な規模で店を探し、
色々と新しい手を打っている。他の百貨店も、どちらかというと、
日本全国を広く見ようという企画ばかりだ」


拓也は、話を聞いているメンバーの顔を一人ずつ確認し、

そして最後に、彩希の顔を見る。


「大山の企画は、その逆を行く」

「逆?」


エリカはどういう意味と、武の顔を見る。


「うちの親会社は『木瀬電鉄』だろ。今年、創立60周年を迎える。
もちろん、60周年に向かってのイベントは、それなりに組まれているけれど、
このラインはあくまでも地下の食料品売り場担当だ。
だから、その『木瀬電鉄沿線』の中にある、まだ、大きく出ていない店を発掘し、
あえて渡り歩ける範囲に絞ってみるという企画を出してくれた。
それが『キセテツ味の旅』だ」


武が出した企画書を、拓也が人数分のコピーをし、それを配った。



20F-③




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