20F 素敵な明日が来るように ③

20F-③


彩希も、横にいるエリカから渡される。

確かに、名前が出てきている店は、華やかなものではなく、

地元で長く愛されている店が多く、中には、跡取りがいないため、

もうたたむことが決まっている店もあった。

しかし、『チルル』のように、新しいブランドを立ち上げ、

地域では評判を呼んでいる店もある。


「『木瀬電鉄』が走っている範囲だから、その気になれば2日もあれば制覇できるだろう。
でも、自分が生活している範囲以外の場所を、
それほど知って訪れる人間がいるとは思えない。
だから、『KISE』の久山坂店を拠点として、電車に乗ったら、いつでも買いにいける店を、
あえてこの場所に集合させる。その頂点と思い今回交渉させてもらったのが、
この『ひふみや』さんだ。この店に関しては、以前、江畑から情報をもらった。
というか、みんなにも頼んだことがあるだろう。写真を見せて……」


拓也の言葉に、武は『そういえば……』と声をあげる。


「あれ『ひふみや』なのですか」


寛太の声に拓也は頷き、今朝出来上がったと渡された『夢最中』を、

メンバー全員に配った。

『夢最中』を持ったまつばは、目の前に座る彩希に、普通の包み紙ねと言い、

彩希も、そうなのだと笑顔で頷く。


「とにかく食べてみて欲しい。元々、和菓子職人ではないご主人が、
自分の『和菓子』好きを突き詰めていった結果、この最中が生まれた。
全て3日前の注文でないと、買うことが出来ない」

「3日ですか」

「あぁ……店を構えているわけではないし、通販をしているわけでもない。
注文された分を、その分だけ作る。だから買うまでに3日かかる。
それを知っていたので、先週末、お願いしておいた」


彩希は『夢最中』の包み紙を開け、あらためてそのグローブの形を確認する。


「これ……ネコの手?」


まつばは、彩希に最中を見せて、そう聞いてきた。


「ううん、これはグローブなの。喜助さんの幼い頃の憧れだって」

「へぇ……」


まつばは最中を半分にすると、口に入れた。

つぶあんの香りと甘さが、口に広がっていく。

パリッとした最中の皮と一緒に食べてみると、後味がしつこくなく、

またすぐに口に出来た。


「うわぁ……美味しいね、これ」

「うん……美味しいでしょ」


彩希も嬉しそうに『夢最中』を口にする。


「でも、『ひふみや』って5月で終わるのでしょう」

「……あぁ」


エリカの発言を聞いた拓也は、その通りだと頷いた。

武もそうなのかと拓也を見る。

彩希も喜助がそう言っていたことを思い出しながら、残りを口に入れていく。


「それも承知で、『秋』イベントへの参加をお願いした」


拓也は、企画案が通り、きちんと前向きに動き出したら、

自分たちの力になってほしいと、頭を下げてきた話をし続ける。

彩希は、自分の知らないところで、拓也が動いていたことを知り、

それで今朝からいなかったのかと納得する。


「……で、参加を認めてくれたの?」


純から、『ひふみや』の情報が入っていたエリカは、

そう簡単に決まらないだろうと思いつつも、拓也に聞き返す。


「企画が通ればOKだと、そう言われてきた」

「通れば?」

「あぁ」


武は、それではダメなこともあるのかと拓也に迫る。


「まぁ、ないとは言えないな」


拓也は企画書の写しを、ファイルに挟む。


「大山から出された企画案自体、まだみんなからの納得をもらったわけではないし、
もちろん、上からの許可をもらったわけでもない。
だからこそ、正式な契約はできないけれど、もし、この企画案の通り、
『木瀬電鉄』を全面に押し出したイベントが出来るのなら……」



『あなたと彩希ちゃん、それぞれの再出発……』



「そうなったら、明日に向かって協力してくれると、約束をしてくれた」


拓也はそういうと、武に対して、もう一度正式な企画案を出してくれと、

指示を出す。


「お前の出してくれた店たち、そして、『チルル』。さらに『ひふみや』。
このラインナップがあれば、『yuno』でなくても、そして……『和茶美』でなくても、
十分勝負が出来るはずだ」


拓也は、寛太やエリカ、そしてまつばに対して、どうだろうかと意見を求めていく。


「僕はいいと思います。すごくわかりやすいですし、みなさん近所だと思えば、
電車に乗って、買ってみようと思う気がします」

「私も思います……これ、美味しいですし」


まつばも、『夢最中』の包み紙を持ったまま、拓也に賛同する。


「横山は……」


拓也は、最初からあまり表情を変えないエリカの顔を見る。

エリカは、企画書の一部を元の位置に戻す。


「これが本当に形になるのなら、私が一番見てみたいと思う」


エリカはそこで初めて、微笑んでみせる。


「うん……」


拓也はそれならばと武を見る。


「わかりました。すぐに作り直します」

「頼んだぞ」


武も嬉しそうに『はい』と返事をすると、途中になっていた仕事を寛太に渡し、

すぐにPC前に座り込んだ。





『第3ライン』の盛り上がりの中から、拓也は抜け出すと喫煙所に向かった。

タバコを取り出し、そこで火をつける。

『ひふみや』を口説きたいと思ったときから、自分の過去を全てさらけ出し、

そこから這い出たい思いを口にする覚悟は出来ていた。

今まで、あえて触れずに来た過去だったが、

その出来事が自分を変えたことも間違いないため、

この『秋』のイベントを成功させようと、気合が入った。

しかし、あの『福々』と彩希につながりがあったとは、全く思っていなかった。

食べたものの味を忘れず、材料まで見抜くような舌の感覚は、

あのどら焼きを作っていた祖父や父親から、流れてきた才能なのだろうかと考える。

しばらく目を閉じ、気持ちを落ち着かせていたが、

拓也はタバコを灰皿で消すと、喫煙所をあとにした。





そして、彩希の待っていた『ライナス』試食会の日がやってきた。

彩希は、スーツに身を包み、持っているパンプスの中から無難なものを選び足を入れる。


「あら、どうしたの彩希。今日はスーツで行かないといけないの?」

「うん……今日は……」


今日はと言ったとき、なぜか言葉が続かなくなった。

拓也にも仕事だと念を押されたし、自分でもそれはよくわかっているつもりだったが、

やはりどうしても『二人で出かけられる』という思いが強く出てしまい、

まるでデートに向かう気分で、声を出しそうになる。


「『ライナス』のね、新作発表会に連れて行ってもらえるの」

「あら、ケーキ?」

「そう。それにあわせたお料理も、食べられるって。仕事だけどね」

「あらまぁ……」

「うん」


彩希は、『ライナス』が入っている『ホテルシャンタン』の会場で

食事が出来ることを話しながら、身支度を進める。


「彩希……」

「何?」

「それだったら、スーツも新しいものを買えば良かったわね」


佐保は、色も形も無難なスーツだけれど、せっかくの食事会ならと、

まだ何か付け足したいような口調になる。


「お母さん、仕事だって言ったでしょう。そんな全身買いましたって出かけたら、
浮かれているみたいでおかしいよ。私は、本来行くべき人から譲ってもらったの。
味の確認をしっかりやらないと、申し訳ないし……」


彩希は、これは『仕事』だという部分を、わざと強調する。


「でも……だったら……バッグくらい……」


佐保は、そういった場所に行くのに、バッグも素っ気ないものだと言い始める。

彩希は、いつものリュックから中身を取り出し、詰め変える。


「彩希……ねぇ、お休みの時間に少しお店に行かせてもらって、
今日でもいいから買いなさい。お金ならお母さん……」

「いいってば、本当に。私のことなんて誰も見ていないの。洗濯機買ったでしょう。
今月はこれ以上、余計なものは無理、無理」


彩希は、本当は買うつもりになっていたとは言えず、考えていなかったとごまかした。

佐保は、自分の部屋に戻ると、それらしきものはないかと探し始める。


「お母さん、いいってば。ほら、時間ないし」


彩希は自分自身にも言い聞かせるように、そう言葉を押し出していく。


「あぁ、もう、彩希に洗濯機の代金、払ってもらうことにしなければよかった。
今日までフルコースだなんて、何も言わないから……」


彩希は、母が探していることはわかっていたが、もう行くからと声をかけ、

家を出ると駅に向かった。



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