21F 秘密兵器の大事な日 ③

21F-③


拓也は、喜助と話した『福々』の名前を思い出す。


「家族揃って……ね」

「はい」


彩希も、今は姿の見えない父、晶が笑っている顔を思い浮かべながら、

言葉を送り出していた。

『家族団らん』というフレーズは、もう何年も出来ていない。


「江畑」

「はい」

「君のその味覚の鋭さは……どこから出来たのだと思う?」


拓也の問いかけに、彩希は軽く微笑んだ。


「それは絶対に、祖父と父の影響だと思います。私の実家は、昔、
『福々』という和菓子屋で、祖父も父も職人だったので……」


彩希の言葉に、拓也は『そうなのか』と返事をする。

今日、一番寂しく、一番辛い表情を見せないように、下を向いた。





『ライナス』の、新作発表会を兼ねた食事会。

甘いものには目がない彩希にとっては、最高に近いものだった。

彩希は、出てきたケーキをしっかりと味わい、今までのものとどう違うのか、

『ライナス』を買いに来るお客様の思いを代弁するように、

懸命にメモに書きとめた。拓也はその仕事ぶりを見ながら、

やはり連れて来て正解だったと、そう思う。



そう、会がお開きになる前は、その思いでいっぱいだった。





「ありがとう……ごじゃいます……ふぅ……」


彩希は、閉じそうになる目を必死に開け、瞬きでごまかそうとする。


「江畑……お前、酒、弱かったのか」

「……はい?」


彩希は、目の前に立つ拓也に向かって、小さく『前にならう』のポーズを取る。

拓也は『それはいらない』と小声で言うと、彩希に手を直せと合図する。

彩希は、手を元の位置に戻すと、普段はほとんどお酒を飲みませんと、

赤ら顔のままそう宣言した。


「飲みませんよ……」


彩希は、上機嫌のまま、さらになぜかニコニコ笑いながら、

『こちらが駅ですね』となんとか歩いているものの、

他に招待されていた客たちとは、明らかに雰囲気が違ってしまっている。

彩希は、鼻歌を歌いながら、拓也が褒美に買ってくれたバッグを揺らした。


「江畑……」

「はい?」

「お前、酒に弱いのなら、どうして全て飲んだ」

「どうして? どうしてって、どうして聞きます?」


拓也は、彩希の答え方を聞き、酔いは相当まわっていて、

質問の意味がわかっているだろうかと、ため息をつく。


「あのなぁ……」

「うわぁ……こんな日に、お説教は嫌です」

「説教……って」

「だって、お酒に似合うケーキだって、そう言われたのですよ。
日本酒と味わうと甘みがひきたつとか、そう、ほら、ワインの……」


彩希の言うとおり、確かに、お酒を飲みながら楽しめるケーキという項目が、

いくつか存在した。そこには、ほんの数口で終わるくらいの酒類が、

確かにケーキと一緒に登場した。


「こんな素敵な食事会、次、いつ来るのかわからない……いえ、いいえ、
絶対に来ないですから」


彩希の声が、気持ちと比例しているのか、急に大きくなった。

周りを歩く人たちが、おかしな人がいるという目で見始める。


「……来ないですもん。もう二度とないです。だから、一生懸命やらないとって、私。
向こうが味わって欲しいというそのものの味を、感じたかったので。
だから……お酒」


その時、彩希の足元がふらつき、拓也は慌てて体を支える。

駅は目の前になるが、このまま普通に別れてしまっていいのかと考えた。


「おい、江畑……しっかりしろって。お前、これで帰れるのか」

「はい……江畑です。しっかりします」


彩希は、拓也の腕がすぐそばにあることで、鼓動が速まった。

酔いの中にも、どこかに正気が残っていて、

自分がしっかりしないと拓也に迷惑をかけると思い、

彩希は両手で顔をパンパンと叩く。


「おい……」

「『キセテツ』ですよね。乗れますよ、大丈夫です。広瀬さんも疲れていますから、
どうぞお帰りください。あ……えっと、これ、ありがとうございます」


彩希はバッグを指差し、その場でしっかりと立ち、挨拶をして見せた。

ここから一人で帰れますと、拓也に頭を下げる。


「成功させましょうね、『KISE』の売り場改革。大山さんが考えたイベント。
広瀬さんならきっと、出来ますから」

「……江畑」

「出来ますから」


彩希はそういうと拓也に頭を下げ、改札口に向かった。

しかし、彩希が自信満々にかざしたのは、通れるはずのないクレジットカードで、

無理に入ろうとしてしまい、ブザーが鳴る。


「あ……」

「……ったく」


拓也は彩希の手をつかむと、そのまま駅の改札を出た。

そして、乗り場に止まっていたタクシーに手をあげ、扉を開けてもらう。


「すみません、この人を乗せます」


拓也に押され、彩希は後部座席に乗り込んだ。


「押された……」

「いいから、江畑。お前の住所」

「住所……家ですか」

「そうだ。届けてもらうから」

「えっと……」


彩希は両手でこめかみを押さえながら、自分の住所を運転手に告げた。

運転手はナビに入力し、わかりましたと返事をする。


「どれくらいで着きますか」

「そうですね……」


ナビのシュミレーションでおおよその時間を計算してもらい、

拓也は財布から釣りが出るくらいの金額を先に渡す。


「これで、お願いします」

「はい」

「おい……」


運転手とのやり取りを終えて、拓也が彩希を見ると、

彩希は、こめかみを押さえた状態のまま、すでに目を閉じていて、

体は運転席の後ろに張り付くようになっていた。

運転手は相当飲みましたねと、少し呆れ顔で笑う。

運転手は50過ぎくらいの、少し髪の薄くなった男性だったが、

もしよかったら、横にさせておきましょうかと、そう言い始める。


「あ……えっと……」


拓也は、運転手の見た目と、薄っすらと浮かべた笑みに、

『行ってください』の声が、出せなくなった。

無防備な彩希を乗せたこのタクシーが、どこか暗闇に入っていくのではないかと、

余計な想像をしてしまう。


「あの……いいです。俺も乗ります」

「は?」

「お願いします。今の行き先に、出発してください」


拓也はそういうと、彩希の隣に腰かけた。

運転手は、方向は一緒なのですかと、問いかける。


「いいです。出発してください」


あれこれ聞かれるのが嫌で、拓也は少しきつめの口調でそう言った。

運転手は、すぐに帽子を被り、わかりましたと返事をする。

拓也は、彩希の体を後部座席の方へずらし、

手に持ったままのバッグが邪魔に見えたので、取ろうとする。


「うーん……」


彩希は、その手でさらに強くバッグをつかんだため、

拓也はそのまま手を引っ込めた。



21F-④




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