21F 秘密兵器の大事な日 ④

21F-④


『福々』



拓也は、今日の食事会で、あえて彩希に尋ねた。

味覚の鋭さがどこから来るのか、

それは拓也自身が、最初から不思議に思っていたことだったからだ。

『ひふみや』の大谷喜助から聞いたとおり、彩希は祖父と父のことを口にした。

そして、忘れてしまいたくても忘れられない『福々』の名を出した。

『江畑』とい名字を頭に残していなかったからなのか、

この彩希が、あの店とつながりがある人だとは、

知り合ってから一度も考えたことがなかった。

しかし、こうして真実を知ってしまい、拓也はあらためて、

これから彩希とどう関わっていけばいいのかと悩みだす。


「美味しいですよ……これ」


何も知らない彩希は、夢の中でも拓也と食事をしているようで、時々口が動く。

拓也は、彩希から視線を外し、それからは外の景色だけを見続けた。





「ここだと思いますが」

「ありがとうございます」


拓也は、隣で気持ちよさそうに寝ている彩希の肩を何度か叩く。


「おい、江畑。ここで合っているのか」


拓也の問いかけに、彩希は少しだけ体を動かしたが、返事はしない。

拓也はさらに強めに肩を叩く。


「おい、江畑!」


その声に、彩希も重たかった目を開けた。

1、2秒の沈黙の後、突然姿勢を正そうとする。


「すみません、あれ? どういうことでしょうか」

「どういうことも何もない。運転手さんが困るから、ここで合っているのかだけ、
それだけ答えろ」

「……はい。ここでいいです」

「わかった」


拓也は運転手に大丈夫ですと言い、料金の支払い精算をお願いした。

彩希は、自分が酔ってしまい、どういういきさつだかわからないが、

拓也に送り届けさせたのだとわかる。


「あの……」

「ありがとうございました」


拓也はお釣りを受け取る。


「降りるぞ」

「はい」


拓也と彩希は揃ってタクシーを降りると、

すぐにタクシーは次の客を掴まえるため、走り出した。

数秒間、夜風に吹かれ、彩希はさらに正気を取り戻す。


「私、酔ってましたよね」

「あぁ、そんな量を飲んでもいないのに。酔いっぷりは、一升瓶を飲んだ人と、
変わらないくらいだった」

「あの……タクシーに乗って、住所を言った記憶はあります。
でも、どうして、広瀬さんが」

「俺もそのまま別れようと思ったよ。でも、お前がすぐに寝てしまって。
あまりにも……」


あまりにも無防備に見えたこと、運転手の目つきが、どこかいやらしく感じたことなど、

拓也は、想像の域を超えていないため、口に出せなくなる。


「まぁ、いい。とにかく家だ」

「ここです」

「ん?」


彩希が指差したのは、タクシーを降りた場所の斜め前にある家だった。

玄関に車庫があるのだろうか、大きくシャッターが閉まっている。


「ここ……昔はお店でした。今は物置ですが」


彩希はそういうと、

タクシーに乗り込む前よりも、しっかりとした足取りで玄関に向かう。

拓也は、ここにあの場所を追われた『福々』があったのかと、シャッターを見た。

『福々』が移転したという話しは、後から聞いたが、

申し訳ないこともあり、拓也はその場所を知ろうとはしなかった。

先輩や上司たちのたくらみに気付き、平謝りした拓也に、新之助が出してくれたどら焼き。

味わえなかった味は、どういうものだったのかと、あらためて思い始める。


「広瀬さん」


彩希の声に気付き、拓也が顔をあげると、玄関から出てきたのは、

彩希と母の佐保だった。

佐保はエプロンを外しながら、『お世話になっています』と頭を下げる。


「あ……いえ、すみません。少し酔ってしまったようで」

「お母さん、私が飲めないのに、ケーキのために無理して飲んだから、
だからおかしくなったの」

「はいはい」


佐保は、拓也は悪くないと言う彩希に、とにかくお茶でも飲んでいただきなさいと、

そう言い始める。


「いえ、もう帰ります。まだ、電車も動いていますし、明日も仕事がありますから」

「いえ、でも……」


佐保は、そのとき初めてしっかりと拓也を見た。

その目は、一瞬、過去の時間を取り戻す。


「広瀬さん。すみませんでした、私、タクシー代金払います」

「いいよ、そんなことは」

「でも、ご迷惑をかけっぱなしでしたから」

「だと思うのなら、明日からもしっかり仕事をしてくれ。益子部長を始め、
江畑の報告を楽しみにしているのだから」

「……はい」


佐保は、彩希と話す拓也の横顔をじっと見た。

そして、拓也に対して、優しい目を向ける娘の彩希を見る。


「今日は、これで失礼します」

「あ……はい。何もおかまいもしませんで」

「いえ」


拓也はそういうと、彩希に最寄り駅はどっちだと尋ねた。

彩希は送りましょうかと提案する。


「いいよ、酔っ払いに送ってもらうほど、不安なものはない。
お前はしっかり寝ろ」

「言われなくても寝ます。もう、すっきりしましたから」

「あぁ、そうですか。それならそのまま帰れ」


彩希はわかりましたと言うと、『お疲れ様でした』と頭を下げる。

拓也が歩き出したので、家に戻ろうとして、また慌てて駆け出した。

佐保は、その様子を見続ける。

彩希は、拓也を捕まえて、何やら手を動かし、最後に頭を下げた。

そしてあらためて戻ってくる。


「ごめんね、お母さん」

「うん……」


佐保を見た拓也の表情には、何も変化がなかったが、

佐保は数年前に気持ちが遡っていた。

新之助と晶を中心とした『福々』では、姑のカツノが店に出て、

嫁の佐保は、家を守ることが多かった。

しかし、開発問題が出た後、さすがの佐保も、何度か店を訪ね、

業者と会話をする晶を見たことがある。


「彩希……」

「何?」

「あの人が、言っていた人?」

「言っていたって?」

「ほら……すごく自信家でって」


佐保は、消えていこうとする拓也の背中を見たまま、彩希に尋ねる。


「うん……広瀬さん。でもね、あの人はただの自信家じゃないよ。
本当に仕事が出来るし、それに……」


彩希は『お客様の気持ちを、きちんと理解している』と、そう褒め始める。


「あの人と仕事をしていると、お客様の喜ぶ顔が浮かんでくるの。
だから、もっともっと、役に立ってあげたいって……そう思える」


佐保は、彩希の表情を見ながら、

セリフ以上の感情を、拓也に持っているのだと、そう考えた。


「ほら、中に入ろう。明日も仕事なのでしょう」

「うん」


佐保はお茶が飲みたいという彩希の後姿を見ながら、わかったわよと笑顔で答えた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【21】岐阜   栗きんとん  (栗をつぶし、そのものを茶巾でしぼった素朴な菓子)



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