22F 心の中を見つめるとき ①

22 心の中を見つめるとき

22F-①


二日酔いするほどの量ではなかったからなのか、

次の日、彩希の目覚めは思っていたよりもよかった。

身支度を整えて、ふと鏡台の前を見る。

そこには、昨日、拓也が買ってくれたバッグが置いてあった。

売り場でこれを気に入り、見ていたことを知られ、

『ほうび』の一言から、プレゼントしてもらった。

昨日持っていったバッグは、第3ラインに残しているので、

いつものリュックごと中に入れて持って帰ろうと考える。

彩希は、バッグについている、リボンの飾りに触れた。

美味しい食事を前にして、仕事のこと、そして自分のことを語っていた時間は、

とても有意義なものだった。今思えば拓也はほとんど口を開かず、

彩希の話を聞き続けていた。

彩希は、自分が楽しんでしまったことを反省しつつも、

夢のような時間は、あっという間に過ぎてしまうと、そう思う。


「今日も頑張ろう」


彩希は夢の時間を感じるバッグを家に残し、身支度を整えると部屋を出た。





「おはようございます」

「おぉ……」


拓也がいつもの時間に電車に乗ると、今日は、いつもの場所から芳樹が乗り込んだ。

互いに、だいたい同じ場所に立つため、すぐに隣同士になる。


「お前、昨日はいなかったな。また歯の検診か」

「昨日? あぁ、いえ、違いますよ。
昨日は『新原店』に先に行かなければならない用事がありまして」


芳樹は、『新原店』の担当者と、

春から加わった企業の話をしてきたのだと、拓也に話し出した。

拓也は、自分がいた頃も、そんな打ち合わせがあったなと思い出す。


「あれ?」


芳樹は話の途中にもかかわらず、拓也の顔をのぞき込むようにする。


「あれ、あれ、あれ?」


芳樹は嬉しそうに笑顔を見せる。


「もしかして、さみしかった……とかですか?」

「は?」

「こうして隣に昨日はいなかったので、大林はどうした、何かあったのかと、
心配してくれたということですよね」

「まぁな……」


自分を心配していたのかという問いに、戻ってきた拓也の返事が普通ではあるが、

芳樹にとっては予想外となる。

芳樹は『エッ……』と声をあげたまま止まってしまう。

『そんなことがあるわけないだろう』とか、『お前のことなど興味が無い』と、

言い返されると思っていただけに、次の言葉が浮かばなくなった。


「広瀬さん」

「ん?」

「降りたらコーヒー、買いますよね」

「あぁ……そのつもりだけれど」

「僕がおごります」


芳樹は、今日はとってもいい気分なので、おごりますと笑顔になる。

拓也は『そうか』と軽く言うと、首を少し動かした。


「ところで、どうでしたか、『ライナス』

「さすがにすごかったな。演出も凝っていたし、
ケーキが引き立つような料理というだけあって、工夫もされていた」

「そうでしたか」


朝から気分上々の芳樹は、それはよかったですねと言いながら、小さく頷いた。


「『ライナス』は、あの試食会にどれだけの予算を費やしたのか。
それでも黒字に持っていけるのだから、ブランド力って言うものはさすがに強い」

「それはそうですよ。なんだかんだ言っても、
いまだに包装紙にこだわる人が多いですからね」

「まぁ、そうだな」


芳樹は、話しの流れに乗って、どのケーキが一番美味しかったですかとそう尋ねた。

そこまで会話のキャッチボールがうまく続いていたが、その質問が出た途端、

拓也からは何も言葉が戻らないまま、駅が2つ過ぎていく。


「広瀬さん……」

「何だよ」

「僕の話し聞いてます?」

「聞いているけれど」

「だから……」

「一番なんてわかるわけがないだろう。7種類くらいあったけれど、
自分に合うか、合わないかくらいしか、俺には判断基準がない」

「でも、『KISE』に置くものを選ぶわけでしょう」

「それはしっかりと考えた。江畑が食べながら感想を言っていたので、
それを書きとめつつ、うちの戦略にあわせるものを選んだつもりだ」

「江畑さんの感想……ですか」

「そう……あのケーキは、今出ている何に似ているとか、
今年の流行がどういうものかとか、あいつは甘いものに関してのデータだけは、
しっかり頭の中に整理されているみたいで」

「ほぉ……」

「他のことは、抜け落ちていることがあるけれど……」

「ん?」


『キセテツ』は大きなカーブに差しかかり、拓也と芳樹の体も、強めに揺れる。


「江畑さんのそういった感覚は、どこから来たんですかね。
ただ、甘いものが好きっていうだけでは、身につかない気がするし」


芳樹にとってみれは、ごく普通の疑問と質問だった。

しかし、拓也にとっては、

また思い出したくない現実が前に飛び出てくるきっかけとなる。

『福々』と自分との過去。

自分が何も言わないにしても、いつか彩希が知ることになるはずで、

それなら自分から言うべきかと思うのだが、どう切り出したらいいのか、

何も考えつかなかった。それと同時に、今の仕事から彩希が抜けてしまうことは、

どうしても考えられないという強い気持ちも、浮き出てくる。

その後は、芳樹の仕事話を聞くことになり、二人を乗せた電車は順調に進み、

『久山坂店』のある駅につく。

エスカレーターを降り、改札を抜けた二人は、

いつもと同じようにコーヒーショップへ入った。


「ブレンドでいいですよね……広瀬さん」

「すみません、ブレンドのとにかく一番大きいサイズと、あと……あ、これ、
これもつけてください」


拓也はブレンドの『Lサイズ』を注文し、

そのまま横に並んでいる『ミニクッキー』の袋を2つレジ前に置いた。

芳樹は、いつもと違うのではと言おうとしたが、拓也は『よろしく』と肩をたたき、

先に店を出て行ってしまう。

店員は『注文は以上ですか?』と芳樹に尋ねる。


「あ……すみません、それとブレンド……小さいのを1つ」


結局、いつもよりオーバーした金額を支払った芳樹は、小さな袋を持つと、

拓也を追った。


「おぉ……サンキュー」

「サンキューじゃないですよ。全くもう……どうしてクッキーまで……」


拓也は、もらったカップにすぐ口をつける。


「うん……味が違うな。うまいぞ、Lサイズは」

「違いませんよ、普通」


芳樹の声に少し笑って見せると、

拓也は、イライラは肌によくないぞと芳樹にアドバイスをする。


「ご心配いただかなくても大丈夫です、僕は定期的にパックしてますし」

「……は?」

「は? ってなんですか」

「パック?」

「はい。今は男性でも肌に気を遣うのは常識ですよ」


芳樹は自分は間違っていませんと、しっかり意見を言い切ってくる。


「大林……お前、歯だけじゃなくて、肌も弱いのか……」

「そういうことではありません。あのですね……」


拓也は『かわいそうに』と言いながら、またカップに口をつけた。



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