22F 心の中を見つめるとき ②

22F-②


「あら……」


彩希は職場に着くと、昨日の食事会で渡された資料を前に置き、

それぞれのケーキについて、特徴をメモに書き、それを貼り付けた。

チケットを譲ったエリカは、隣に座り、興味深そうに作業をのぞく。


「ピスタチオ」

「はい。ずいぶん細かくされていましたけれど、間違いないと思います。
少しグリーンがかったスポンジからも、そうなのだと」

「へぇ……」


まつばや寛太もまわりにあつまり、その感想を聞き続ける。


「今、うちが取り入れているのはどれだっけ」

「うちはオーソドックスなチョコと……」


拓也が入ってくるのを見た寛太が、『おはようございます』と挨拶をした。

他のメンバーも拓也に気付き、それぞれが挨拶をする。


「おはよう」


拓也は、芳樹におごってもらったコーヒーの紙コップを持ち、自分の席に向かう。


「広瀬さん」

「ん?」

「昨日はありがとうございました。それから……すみませんでした」


彩希は、自分が酔っ払ってしまい、迷惑をかけたともう一度謝罪した。

エリカは何があったのよと、二人に尋ねる。


「お酒に合ったケーキが出てきて、それを味わうために頑張って飲んだら、
帰り道フラフラしてしまって……結局、タクシーに」

「あら」


エリカは申し訳なさそうな彩希を見た後、隣に座る拓也を見る。


「よかったわね、江畑さん。広瀬さんが送り狼にならなくて」

「は?」

「上司だからといって、男に隙を見せちゃダメよ」


エリカはそういうと笑い出す。

『第3ライン』は、それぞれが『秋』のイベントに向かって、進みだした。





季節は5月。

異動が嫌と、ブツブツ文句を言っていた芳樹も、寝具売り場にしっかり慣れ、

小川に対しても、色々と意見をぶつけられるくらいに成長していた。

小川自身も、『生意気だ』と文句を言いながら、

どこか向かってくる芳樹がかわいいようで、近頃は、あえて難しいことを振ってくる。


「小川からか」

「はい。また無理なことをと思いますよ。
これでまた『新原店』に掛け合わないとならないし」


芳樹は、路線が違うと、混み具合も違って朝から憂鬱になると言いながら、

箸を割っていく。


「大林、それだけ小川課長がお前に期待しているんだよ。応えてやれって」

「はい、期待は感じます。前任者に変な快感を与えられたからですよ。
うるさいなと思っていたのに、いざいなくなったらとても寂しかったのでしょう。
自分の考えに、『ちょっと待って下さい』って僕が手を上げると、
『あぁ、これだ』ってくらい嬉しそうで」


芳樹は『たぬきうどん』をすすりながら、ため息をつく。


「人はな……失ってみないとわからないことがあるんだよ、大林君」


拓也も、売り場を動いてみて、小川の言い分もどこか理解できる気がしていた。

今までは意見を押す側だったが、『第3ライン』に入ってからはチーフのため、

若手から出てくる意見をまとめ、さばかなければならないことも多い。


「何にしようか」

「お腹空いたね」


拓也と芳樹の目の前を、彩希と恵那、そしてまつばが通り過ぎた。

拓也は、芳樹から少しだけ彩希に視線を向ける。


「どうしよう、迷うよ……」


彩希は2つのメニューを交互に指さし、笑顔を見せていた。



『福々』



武が企画を書いた秋のイベント、『キセテツ味の旅』は、正式に上層部のOKが出て、

『KISE』での統一イベントと決定した。

目玉の一つはもちろん、今まで幻と思われていた『ひふみや』の『夢最中』で、

その他の出店も、武やまつばの努力で、ほぼ埋まってきている。

特別な力があるからと、『第3ライン』の仕事を手伝わせているものの、

どこまでいっても、彩希は正式な社員ではなかった。

拓也と武が揃って『ひふみや』の喜助に挨拶をし、イベントの決定を報告したが、

喜助が彩希に話をしたようには見えず、『過去』を知らされた雰囲気は感じられなかった。



『昔、君の実家を追い込んだのは……』



喜助もわざわざ話すつもりはないのかもしれないし、それならば、

このまま知らないふりをしているべきなのか、

それともどこかで事実を告げるべきなのかと、拓也なりに悩みの時間が続く。

楽しそうに仕事に参加している彩希を見れば見るほど、

拓也の気持ちは、表と裏で揺れ続けた。


「どうしました、広瀬さん」

「ん?」

「何か心配事ですか?」


それまで明るく話していた拓也が、黙ってしまったことで、

芳樹は何かあったのかと、心配し始める。


「色々と悩むわけだよ、この俺も」

「仕事……ですか」


芳樹は、何か力になれればという顔を、拓也に見せる。


「お姉ちゃんから、誘いがたくさんかかってさ。どっちから会ってやるべきかと、色々な」


拓也はそうごまかすと、残りのランチを食べ進めた。



「そう……」

「うん。意外にいいのかも」


食べるものを決めて席に着き、食事を始めた3人は、

食べ物、ファッションなど、あれこれ話題を変え、話を続けた。

特にまつばの趣味が百貨店巡りのため、恵那と彩希にとっては、情報源になる。

彩希は携帯が揺れたので、何げなく誰からなのかと確認した。



『とうま』



河西冬馬の名前に、彩希は驚きよりも困惑が勝る。

ネックレスの一件以来、あえて連絡を取らずにいた。

それはその方がいいと周りから言われたこともあったが、

近頃は、意識の中から消えていたと言った方があっているかもしれない。

全く気にしていないわけではなかったが、

あえてどうしているのか知らなくてもいいような、存在に代わりつつあったのに、

なぜ急にここでと、また不安の種が芽生えだす。


「どうしたの、彩希」

「ん? うん……」


彩希は、今まで連絡がなかった友達が急に連絡を寄こしたから気になったと言い、

すぐにメールを開く。そこにはいかにも冬馬らしい口調で、文章が打たれてあった。



『彩希、久しぶり、元気か』



自分から気まずくなる原因を作っていても、冬馬はいつもこうだった。

高いはずの壁も、勝手に乗り越えてしまう。

そこには、『city eyes』をすでに辞めたこと、そして別の会社に勤めたことなどが、

手短に書いてあった。そして、最後に借金の残りを返済したいと、そう書いてある。

彩希はメールを読みながら、冬馬との再会を思い出してみた。

突然消えてしまったとき、貸していた金額は『10万円』。

そして、久しぶりに会い、5万円を返金された。

しかし、その時は『KISE』の中で、実演販売をさせてくれないかという交換条件がつき、

その後、3万円を返金されたが、

それは同時に勧められたネックレスの購入代金になってしまった。

残りの2万円を返してくれるために、何かまた交換条件がつくのではないかと考え出す。



『俺、『SHIMA』という不動産関係の会社に、就職したんだ。
今度はきちんと正社員だから……』



冬馬からの文面を読み進めると、今度の就職先は、不動産関係だとわかる。

彩希の気持ちを察しているのか、冬馬の文章には、最後、『何も頼みごとはないから』と、

そう記してあった。彩希は全てを読み終え、携帯を閉じる。


「どうしたの、バタちゃん。なんだか深刻な顔をしているけれど」

「深刻……になってる?」


彩希は、両隣に座る恵那とまつばを交互に見る。


「うん。妙に真剣に読んでいたし……ねぇ」

「そうそう」


恵那は、彩希の表情を見ていたまつばに賛同する。


「別に深刻じゃないよ。平気、平気」


彩希は携帯をポケットにしまうと、恵那とまつばの話題に参加した。



22F-③




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