22F 心の中を見つめるとき ③

22F-③


『以前会った店で、会いたいんだ』



冬馬のメールには、都合のいい時間と日付を返信して欲しいという、

内容が最後に書かれていた。あれだけ気まずい時間を重ねたのに、

全く気にしていないように見える冬馬の態度に、彩希は呆れながらも、

これだけ前向きな文面なのは、今度こそ、しっかりと歩み始めたのかもしれないと、

そう気持ちを動かし始める。

『city eyes』にまだ勤めていると思い、拓也からチケットをもらったものの、

やはり、商品を売っているところに行くのは、どうも気が乗らなかった。

それでも、このまま無視しておくわけにもいかない気がして、

彩希は売り場に立ち、早く仕事が終わる日を選択する。

彩希の気持ちは、『心配』から『見届け』に変化していて、

どこか冬馬の状態を、冷静に捉えている自分がいた。





そして、冬馬と彩希が、再会を決めた日がやってきた。

その日、朝から売り場に立った彩希は、しっかりと仕事をし、

そして退勤のタイムカードを押す。


「お先に失礼します」


守衛の男性に挨拶し、彩希は外に出た。

5月の爽やかな風が、頬をかすめていく。

同じように退勤時間を迎えたパートたちにも軽く挨拶をして、

彩希は足早に、待ち合わせをした『コーヒーショップ』に向かう。

この場所だと、また拓也に見つかる可能性もあると思い、

彩希は、他の場所でも構わないと提案をしたが、冬馬の希望はどうしてもこの店だった。

理由は、あのネックレスを売りつけてしまった日にさかのぼり、

そこから時間をスタートさせたいというのが理由で、

彩希は、それならと条件を飲んだ。

店内に入り、テーブルを見るが、まだ冬馬の姿はなく、

彩希は『カフェオレ』を購入すると、先に席へついた。

以前座った、外から見える窓際ではなく、店内奥にあるソファー席。

しばらく待っていると、冬馬が現れた。

彩希の姿を見つけると、すぐに手をあげる。

そして、コーヒーを買うと、そのまま笑顔で前に立った。


「ごめんな、待たせて」

「ううん……今日は仕事が早い日だから」

「俺もさ、もう少し早く来られると思っていたけれど、ちょっと契約に長引いてさ」


冬馬は、そういうと、彩希の前に座った。

以前、着てきたスーツとは違い、さらに持っているカバンも違っている。


「まずは、済ませることを済ませるよ」


冬馬はそういうと、ポケットから封筒を取り出した。

借りていたお金を全て返済しますと、両手で前に押し出してくる。

彩希はわかりましたとその封筒を受け取り、中を見た。


「エ……違うよ、冬馬、これ」

「違わないよ。俺が彩希に借りたのは10万円だから」

「だって、前に5万は返してもらったし、その後も3万……」


彩希のコメントを止めるように、冬馬は手を前に出した。

彩希はその仕草に、話すのをやめる。


「わかってる。お前の言いたいことは。でもな、俺がここを選んだ理由。
それがこの金にあるわけだ」


冬馬は、過去2回の再会を、自分勝手だったと同時に謝罪した。


「本来なら、純粋にお金を返すために会うはずだったのに、俺は、正直、
彩希を利用していた。お前がこの『KISE』に縁があることを知っていたから、
だから金を返しながら、利用しようとしたし、この間もそうだ。
ネックレスを結局は、売りつけた」

「冬馬……」

「あいつに言われた時には、腹を立てたけれど、それは図星だから……
だから、何も言い返せなくてさ」


あいつとは、拓也のことだった。

彩希は、この店で、拓也と冬馬がにらみ合ったことを思い出す。


「ネックレスの代金、正々堂々と彩希に返せるようになってから来いって、
あいつに言われて。それから俺、必死に頑張った。
最初は『city eyes』でと思ったけれど、それからまた話が動いて」


冬馬は、『city eyes』のお客様と話すうちに、

偶然、持っている土地を手放すことがわかり、

その情報を扱っていた『SHIMA』の杉山という人に会ったこと、

手伝ってくれたら、報酬を渡すという条件で、話しに加わったことを語った。

彩希は、それが不動産業者なのかと、メールの文面を思い出す。


「ねぇ、報酬って……それ、問題ないの?」

「問題? そんなものないよ。『SHIMA』はきちんとした会社だ。
杉山さんは、元々別の不動産会社にいた人だけれど、
独立して今の会社を先輩とやっているんだ。セールスって、家に入ってするだろ。
お客様と仲良くなっているうちに、家庭の色々な事情がわかったりするから、
そういうことを聞いているうちに、縁が出来て……」


冬馬は、人から話を聞くことがうまいと、杉山に褒められ、

『SHIMA』へ入らないかと誘われたのだと、話し続ける。


「俺、お試しは嫌だって言ったんだ。契約社員とか、臨時だと、
あいつに胸を張れないからね」


冬馬は、そういうとカップに口をつける。


「さっきからあいつって言っているけれど、それって広瀬さんのこと?」

「当たり前だろ、他に誰がいるんだよ。人のこと散々馬鹿にして。
絶対に見返してやるって、そう思って今まで来たんだ」


冬馬はそういうと、1回、地下の食料品売り場で拓也を見て、

向こうが何をしに来たという顔をしたから、彩希に会わずに帰ったと、

そう話を付け足した。彩希は、それがあのチケットにつながったのかと、納得する。


「だから俺、必死に頑張った。杉山さんが言っていた仕事を全てクリアして。
で、先月から正社員になった。給料も、今までとは全然違う。見たらわかるだろ、
俺のスーツ、以前着ていたものの、値段は3倍だ」


冬馬は、そういうと、ブランドのロゴを嬉しそうに彩希に見せる。


「俺の才能は、こういうところだったんだって、杉山さんが気付かせてくれた。
情報を得て、それを会社に組み立ててもらったら、桁の違う金が動く」

「……冬馬」

「だから、これは彩希に返すよ。今までの利子だと思ってもらってくれ」


冬馬はあらためて封筒を前に押し、彩希に受け取るようにと念を押す。


「冬馬の今はわかった。でも、お金はやっぱりあと2万円でいい」

「彩希……」

「余分にはいい」


彩希は封筒から2万円を抜き出すと、ありがとうと頭を下げて、財布に入れた。

冬馬は、長い間迷惑をかけたという意味を込めて、利子をつけたつもりだったが、

彩希は、それを受け取れないという。


「どうしてだよ、彩希。俺、仕事が決まって……」

「わかったよ、それはちゃんと。だからこそもういいよ。
冬馬が自信を持って、仕事を始めてくれたのなら、私、それで十分だし……」


彩希にしてみると、本音でもあった。

今まで、心配ばかりかけさせられた冬馬が、初めてといえるくらい、

しっかりと前を向いている。


「自分に向いていると思える仕事が見つかったのなら、よかったね」


彩希は、ほっとしたよと言いながら、『カフェオレ』に口をつけた。


「うん……」


冬馬もそれには頷き、ありがとうと笑って見せる。

彩希は、交換条件のない話し合いが初めて持てたことで、本当に満足できた。

大学からどこかつまずき続けた冬馬が、こうして堂々と座っている。

その姿を見られたことで、自分自身、幸せになっていた。



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