22F 心の中を見つめるとき ④

22F-④


「あのさ、彩希」

「うん」

「この店を選んだのには、理由があるんだ」


彩希は、あのネックレスの日に戻そうとしたのでしょうと、そう返事をする。


「うん、それもあるけれど……」


冬馬は、そういうと、少し姿勢をただし、彩希を見る。


「今まではさ、強気なことを言っていても、俺、正直、自分に自信がなかったんだ。
どこか後ろめたいところがあって、顔は笑っていたけれど、心は結構、
荒れていたというか」

「うん……」

「でも、今は違う。本当に自分に自信を持って、仕事を進めていけると思うんだ」


冬馬の視線が、まっすぐに彩希へ向かう。

彩希は、この後、出てくるかもしれない言葉が、なぜかわかる気がして下を向いた。


「彩希……」


冬馬の声に、彩希の鼓動は速まっていく。

しかし、それは嬉しさというより、困惑の方が強く、

出来たら聞きたくないとさえ思ってしまう。


「もう一度、俺とやり直してくれないか」


冬馬のセリフに、彩希はどうしたらいいのかわからず、目を閉じた。

目を閉じても、何も変わらないのはわかっているけれど、

まっすぐに冬馬を見ることが出来なかった。



今から8年前。彩希はまだ高校生だった。

祖父と父が経営する『福々』は、家の近くにあったため、

学校帰りに立ち寄っては、ケースに並ぶだんごやどら焼きを、

おやつ代わりに食べていた。

お客様の対応をするのは、祖母であるカツノが多く、彩希は学校での話を語り、

手土産を持ち、佐保の待つ家へ戻った。

江畑家にとって不幸だったのは、家と店、どちらの土地も、借り物であったこと。

そこには拡張された道路の利点を生かし、

『開発』という名前に踊らされた大家と不動産業者とのたくらみが存在した。

父が以前より無口になり、祖父母と距離を置くように見えたある日、

一家は引越しを余儀なくされた。

新しい場所でスタートを切った『福々』だったが、リサーチ不足と、

一家の団結力が薄い状態で臨んだ結果、あれほど地域の人たちに愛されていた店は、

たった2年で、消滅してしまう。

それから父、晶は、別の仕事を見つけ働いていたのだが、ある日突然、

『少し時間が欲しい』という置き手紙を残し、家を出て行ってしまった。

自分が新しい店舗へ意欲を見せたために、

結局、店を閉めることになった責任を感じていたのかわからないが、

『少し』の時間は、3年という時間に変わってしまった。

姿を消してからも、母親である佐保のところに、お金が振り込まれてきていたものの、

声を聞いたり、姿を見たりすることは出来ず、結局、それがどこからの収入で、

現在、何をしているのかも全くわからない状態からは、抜け出すヒントも見つからない。

警察に捜索願いを出す相談もしてみたが、

父の行動が、他人に操られているようには見えず、『積極的な失踪』と見なされ、

思うような協力は得られなかった。

そして、父が家を出てからしばらくした頃、

晶が家族のところには、もう戻らないのではと思った祖父母、

新之助とカツノも、この状態では嫁である佐保が暮らしにくいからと、

老人ホーム『あゆみの丘』へ入居を決めてしまう。

お店を中心にし、あれだけ賑やかで笑いの絶えなかった江畑家は、

それぞれの思いが伝わらないまま、バラバラになってしまうという結論を迎えた。



彩希と冬馬は、元々高校の先輩と後輩で、当時から彩希にとってみると、

冬馬は気の許せる仲間のような存在だった。それでも、自分の道を見つけ、

大学進学を選んだ冬馬には、尊敬にも近い思いがあり、

卒業から4年後、久しぶりに再会した二人は、

数年のブランクを感じさせないくらい、心の距離が近付いた。



当時、冬馬は現実と夢との差に自信を無くし、

そして彩希は、大切にしていた家族がバラバラになったというショックから、

立ち直りきれていなかった。

互いに『心の傷』を抱えたことを知り、慰めあっているうちに、

友達や仲間という感覚から、『全てを許せる人』という思いが芽生えた。

冬馬といれば、数年後のことなど見えていなくても、明日はきっと楽しいだろうという、

そんなふわりとした思いが持て、彩希にとってみると、

家族には見せられない顔を見せることが出来た。



彩希にとって冬馬は、光りと影を両方持ち合わせたような、

そんな存在だったのだが……



「わかるよ。彩希が黙る気持ちは」


『告白』に対し、言葉を出さない彩希に対して、冬馬は緊張するなよと笑顔を見せた。

彩希も、目を開け、懸命に口元を動かし、笑みを浮かべようとする。


「そうだよな。俺、お前に対してズルイことばかりしてきた。
それは今、本当にそう思い、反省しているんだ。
だから、自分に自信がつくまで、お前にも会わなかったし、連絡もしなかった。
こうして結果が出せて、やっとやれるという自信も出来たから……」


冬馬は、この日が来ることを願っていたからこそ、頑張れたと、そう彩希に迫る。

彩希は、黙ったまま言葉を出すことが出来ない。

一番苦しい時、そばにいて手を差し伸べてくれたのは冬馬だった。

家族の前では笑っていても、泣きたくて叫びたくてたまらなかった時間を、

冬馬に埋めてもらってきた。

騙されたように電話番号を変えられても、無理なことを言われても、

嫌いになるというより、どうにか役に立てないかと、そう思い続けてきた。

しかし、今、冬馬の思いをあらためて聞いてみても、心は動かない。

それは、彩希自身が一番わかっていた。

自分の心が、どこに向かっているのか、わかっているからこそ言葉が出ない。


「もう誰かいるのか、つきあっているやつ」


冬馬の言葉に、彩希は黙って首を振る。


「だったら、俺の今までが許せないって……そういうこと?」


彩希は一瞬悩んだ後、やはり首を振った。

冬馬の過去を許せないという思いは、何もない。


「だったら……」

「今、本社の仕事を手伝わせてもらっているの。秋に向かってイベントがあって、
そこに出すお菓子の選考とか、今までは売る立場だったけれど、
今は、売る人たちの思いを、代弁する方にも……」


彩希は、売り場で頑張っていた姿を見てもらって、

その味を見る特技を生かした仕事をしているのだと、そう説明する。

冬馬は、彩希の説明を冷静な顔で聞き続け、時折コーヒーに口をつけた。


「お菓子が好きだという思いに、正直になろうと決めて、
数年前に『KISE』の契約社員になったでしょ。
ずっと仕事は楽しいと思っていたけれど、今は、また違った部分も加わって……」

「別に、彩希に仕事を辞めろなんて、俺、言っていないよ」

「……うん」


彩希は、そうだよねと言いながら、『カフェオレ』に口をつける。


「ようするに、その仕事が楽しいから、恋愛はしなくていいってそう言いたいの?」


冬馬の言葉に、彩希はそれでいいのだろうかと、口を結ぶ。

これ以上、語っていると見せたくない心の中までさらけ出しそうな気がしてしまう。


「これさぁ……」


悠馬はポケットから名刺を取り出した。

それは『食料品第3ライン』の所属名がついた、拓也の名刺になる。


「あの広瀬ってやつ、前にこの喫茶店で会ったとき、俺にこの名刺をよこしただろ。
『食料品第3ライン』って何?」


冬馬は、拓也の名刺を彩希の前に出す。


「彩希が今、やる気を出している仕事に、関係あるところ?」


彩希は、冬馬の顔を見た後、速くなる鼓動を抑えようとする。

慌てたり、しどろもどろになるのでは逆におかしいと考え、

拓也が自分の上司になっていると、そう告げる。


「上司……」

「とは言っても、私はあくまでも売り場の所属だから、ラインの仕事が忙しいときに、
色々と手伝わせてもらっているの。それでも……」


彩希は、拓也が日々、いつも『KISE』の売り場がうまく回ることを考え、

努力している姿を見てきたこともあり、冬馬が思っているような、

ただ、冷たいエリートではないのだと、言ってしまう。


「広瀬さんは、お客様のことをちゃんと考えているの。
時には厳しいことも言うけれど、その分、自分にもきちんと厳しく出来ているし……」

「彩希」

「……何?」

「あいつが好きなのか」


冷静に仕事のことを語ろうとした彩希だったが、冬馬にそう言われてしまい、

違うという言葉が出て行かなかった。



【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【22】静岡   うなぎパイ  (ウナギエキスをパイ生地に練り込んで焼き、タレを塗った菓子)



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