23F 過去に追われる人 ①

23 過去に追われる人

23F-①


こんなとき、恋愛に慣れていれば、どうにでも誤魔化すことが出来るのだろうが、

彩希はいい意味にも、悪い意味にも、正直に出てしまう。

数秒間、彩希が黙ったことで、冬馬は自分の指摘が間違いないと確信した。


「なんだ……そうなんだ」

「冬馬」

「そうか、だからあいつもわざわざ俺に対して文句を言いに、
あの時、ここへ入ってきたわけだ」


冬馬は、『ネックレス』を見せた日のことをそう振り返った。


「違う……」


彩希は、首を横に振りながら、それは違うと訴える。


「違う? 違わないだろうが。関係ない人間が誰と話していようが、何をしていようが、
どうだっていいだろう。あいつ、わざわざ説教したんだぞ。人前で」


冬馬は、言葉を押し出した後、悔しそうに唇をかみ締める。

自分自身、していることに自信がなかったため、

拓也に対して、一言も言い返せなかった。


「冬馬、広瀬さんにはそんな気持ちはない」

「あいつにはないけれど、お前にはあるんだろ、彩希」


彩希は、仕事に前向きな人だから尊敬していると、必死に言い返した。


「尊敬ねぇ……便利な言葉だ」


冬馬はそういうと、彩希が受け取らない封筒を自分のポケットに戻す。


「あいつの何がいい。エリートだからか、それとも顔か、声か」

「冬馬……」

「俺のこと、最初からどうしようもないヤツのように言っていた、あいつねぇ……」


冬馬は、拓也からもらった名刺を両手で持ち、彩希の目の前で半分に切る。


「彩希……」

「何?」

「俺、あいつに負けないから。大学は中退したし、エリートにはなれないだろうけれど、
でも、あいつよりいい金を受け取って、上に立ってやる」


冬馬はそう言いながら、残ったコーヒーを飲み干していく。


「冬馬、ねぇ……」


彩希の言葉を止めるように、冬馬はカップをわざと音を立ててテーブルに置いた。


「いいか、ひとつだけ言っておく」


彩希は、何もいえないまま、冬馬の顔を見る。


「お前、昔から人がいいんだ。今まで散々迷惑をかけた俺が言うのもおかしいけれど、
でも、お前のことはずっと昔から知っているから、だから言える。
あいつは、お前のことなんて相手にしないよ。女としてなんて、見ることもない。
そう思わないのか」


彩希は『わかっている』と言いながら、小さく頷いた。

冬馬は、『わかっているのなら』と、悔しそうな顔をする。


「でも……今は仕事がしたいの。同じ目標を持って、仕事がしたい。
何かを作り上げたいの。それが本音……ごめん、冬馬。
バカみたいに見えるだろうけれど、それ以上は、何を言ってもウソになるし」


彩希は、あらためて冬馬に頭を下げる。

冬馬は、しばらく黙ったまま横を向いていたが、頭を下げ続ける彩希に対して、

何も言い返すことなく、カップを置いたまま店を出て行ってしまう。

彩希の目の前に、冬馬が残したカップと半分に切られた拓也の名刺が残された。

冬馬の言うとおり、この名刺を持つ拓也と、

ただ、その日の仕事に動く彩希と、立場は同じではない。

店や企業に対し、名刺を出して交渉するまつばやエリカとも、違っている。

彩希は、半分になった拓也の名刺をつかむと、しわのよった部分を丁寧に伸ばす。

自分の財布を取り出し、中へ入れた。





冬馬と彩希が、コーヒーショップで思いをぶつけあっている頃、

拓也はまだ企画部の中にいた。

秋のイベントに向かい、全てが順調に動き、参加する店舗数も確実に増えている。

『キセテツ』の本社も、企画に乗り気で、

イベントと同時に、各駅に『マップ』を置くという約束をしてくれた。

新年早々『リリアーナ』に呼び出され、色々と障害が起こる気配があったのに、

『チルル』の実力を認めたのか、大きなトラブルもなく動いているし、

あれだけ幻に思えた『ひふみや』との約束も、しっかり取ることが出来た。

寝具担当にいた頃のように、上司に意味なく企画を握りつぶされるようなことはなく、

益子は拓也の思い通りに実行させてくれている。

それでも、心が晴れず、毎日こうして気持ちが押しつぶされそうになるのは、

『知ってしまった事実』をどう処理すべきなのか、ただその1点だった。



『三成不動産』にいた自分が、『福々』に関わっていた事実を知ったら、

『江畑彩希』の表情はどう変わるのか。



拓也は、それを考えると気持ちが落ち着かなくなるため、

まだ、火のついていないタバコをくわえたまま、一人喫煙所へ向かった。





『キセテツ 味の旅』



武が発案し、拓也が広げたこの企画は、

正式に『KISE』の秋イベントとして承認された。

4店舗ある『KISE』からも担当者が集まり、食料品売り場をどのように見せ、

イベントを展開するかという、具体的な打ち合わせも始まりだした。

拓也が『寝具担当』から『第3ライン』に異動して半年以上が経過し、

これが初めての仕切りイベントととも言えるものだったが、

今まで、上司に逆らってばかりの面倒なヤツというイメージはどこかに吹っ飛び、

各担当者からも、その手腕が話題に上がることが多くなる。



「僕は、鼻が高いです」

「なんだ、その中学生の英文法のような文章は」

「いやいや、あの小川課長でさえですね、
やはり広瀬を異動させたのは間違っていなかったななんて、
他の課長と話していますからね。俺が育てたなんて雰囲気で」


芳樹は、厄介払いをしたくせにと、笑い出す。

拓也は、芳樹が食べようとしたから揚げを、先に口へ入れる。


「あ……それ」

「厄介払いとはなんだ」

「……すみません」


芳樹は、でも、あのときには嵌められた感が強かったですよねと、言い返す。


「確かに、まぁ、そうだな」

「ですよね」

「でも、お前に言われると、ものすごく腹が立つ」

「……は?」


拓也は自分のおかずに残っていたかまぼこをひとつ、芳樹の皿に置く。


「トレードだ」


芳樹は、言い返そうとしたが、無駄な気がしてそのままかまぼこを口にした。





「それでは、第3ラインの新スタッフが、全員で立ち上げた『味の旅』。
これから益々、忙しくなりますが、力を合わせて頑張るための……」


乾杯の挨拶に立った武の長いタイトルに、部長の益子が長すぎるぞと、茶々を入れる。


「あ……はい。えっと」

「とにかく乾杯!」

「あ……横山さん」


隣に座ったエリカが立ち上がり、『乾杯』の声をあげた。

まつばや寛太も、嬉しそうにグラスを上に向ける。

少し遅れた彩希も、まつばとグラスを軽く当て、ビールに口をつけた。



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