23F 過去に追われる人 ②

23F-②


「地元に縁のある青果店とか、精肉店とかからの情報で、
ここまで盛り上がるとは思わなかったな」

「はい。大山が毎日、現地に足を運んで、
丁寧に企画の趣旨を説明して歩いたおかげです」

「あぁ……あいつにとっては、初の企画だから、気持ちも前向きだったのだろう」

「だと思います」


益子と拓也は、ひとつの目標に向かって、

力を合わせていけるのはいいことだと話した。

拓也の視線が、何気なく横に向く。


「ほら、飲めるって、バタちゃん」

「……うん」


まつばは、居酒屋で出しているオリジナルのサワーが美味しいと言い、

前に座る彩希にも勧めていた。


「あのね、たくさんは飲めないの。すぐに酔うし。酔うと迷惑かけそうだし……」

「これ、アルコールの割合低いから、大丈夫だって。子供でも飲めるよ。
あ、子供はダメか」


まつばは自分でそういうと、楽しそうに笑い出す。

彩希は、まつばのグラスを見ながら、そうかなと頷いていく。

拓也は、彩希の横顔を見ながら、

また、『ライナス』の時のように酔ってしまうのではないかと、気になり始める。

弱いのだから、最初からアルコールを避ければいいのにと考え、

左手の指が、何度か机を叩き始める。


「どうした、広瀬。何かあるのか。イライラしているように見えるけれど」

「あ。いえ……すみません」


拓也は思わず出ていた態度だったため、すぐに左手でグラスを持った。


「ここに、同じものをください」


まつばが彩希の分だと、同じサワーを注文する。


「大丈夫、バタちゃんが酔ったら、荒木君が送る!」


拓也は、あの日とは違い、彩希の周りにはメンバーがいるのだからと考えるが、

視線はついつい、横を見てしまう。

勧められたものを飲み始めた彩希の表情に、変化はないように見えたが、

会が始まってから1時間後くらいには、すっかり顔が赤くなっていた。

そして、益子が立ち上がる。


「さて、ここでみんなに、一言ずつ話してもらおう」

「一言ですか?」


予想外の展開に、寛太が声をあげた。


「おぉ、そうだ。このイベントをきっかけに、
これからどう食料品売り場を盛り上げていきたいのか。なぁ、こんな席だ、
どんどん意見を言ってくれ」


普段のガッチリとした会議もいいが、こういった席でリラックスしながら話すことも、

時にはいいアイデアが出るものだと、益子は話し出した。

武は隣に座る寛太に、何か言ってみろよと声をかける。


「僕がですか」

「そうそう、荒木君。思うことを言ってみたら?」


エリカにもそう言われ、お酒が入り、少し気が大きくなっている寛太は、

その場に立ち上がる。


「わかりました……えっと、荒木寛太です」

「知ってるぞ!」


武が、横でそう声をかけ、他のメンバーから笑いが漏れる。


「はい、すみません。『木瀬百貨店』に入って2年目を迎えました。
1年目はただオロオロしていましたが、これからは、どんどん……」


寛太は、そこで一度大きく息を吐き、そして夏休みなどには、親子での料理教室とか、

参加型イベントを手がけてみたいと、そう言いだした。

まつばも、もう少しお客様の求めるものを把握する努力をし、

自分で企画を出してみたいと、そう宣言する。

益子はそれぞれの意見を聞き、楽しみだと笑顔を見せる。


「江畑さん……あなたは?」


エリカは、席の一番隅に座っている彩希に、声をかけた。

彩希は、私は話せるような立場ではないのでと、手を振って断るが、

そんなことは関係ないから何か話してごらんと、益子に促される。


「そうだよ、バタちゃん。みんな、バタちゃんが別のところの人だとか、
そんなふうには思っていないから」


まつばはそういうと、彩希に立ち上がるよう、手で合図する。

寛太も、お酒を飲みながら、笑顔で頷いた。

彩希は、何か発言することを期待するメンバーの視線を感じ、

これ以上断るのもと思い、その場で立ち上がる。

少し酔いが回っていたからなのか、サワーが入っているジョッキを持ったまま、

あらためて、食料品売り場から参加していますと、頭を下げる。


「あの……」


彩希は、そこでゆっくり息を吸い込み、そして吐き出した。

拓也は、その様子を見ながら、グラスを持とうと手を動かす。


「私の家は、『福々』という和菓子屋でした」


彩希の発言に、動いていた拓也の手が止まった。

拓也はグラスをつかまないまま、左手はその場で握り締められる。


「私は毎日、祖父と父が、丁寧にお饅頭やどら焼きを作る姿を見てきました。
小さな店でしたので、別に有名でもなかったですし、
売り上げがものすごくあったわけでもありません。
でも、ご近所の方からは、とても愛してもらっていた店でした」


その言葉を聞いた益子が、

だから江畑さんは味の感覚が人より優れているのかなと、そう話す。


「自分では優れているなどと思ったことはありませんが、
もし、何かあるのだとしたら、きっとそうだと思います。
これが美味しいと思うお菓子などは、父がよく買ってきて、
食べる機会も多かったですから。あ……そうです、子供の頃、よく『KISE』へ来て、
ケースに並ぶ綺麗なお菓子を、買ってもらいました」


昔のことを語る彩希の表情は、柔らかく優しいものだった。

しかし、拓也はその顔を見ることなく、下を向く。


「こんなところに、お店が出せたらすごいよねと、父に言った覚えがあります。
それから数年後、実は1度だけ、『KISE』に『福々』の商品を出したことがありました。
階段の端でしたが、地域交流というお話から、1週間だけ……」


彩希は、食料品売り場の中ではなかったが、とても誇らしかったと、

当時の思い出を語った。武も寛太も、彩希の言葉を黙って聞き続ける。


「近いけれど遠い場所だと思っていた『KISE』の売り場に、今回、
こうして地域のお店をメインにしたイベントが出来るなんて、
あの頃には思ってもみませんでしたから、本当に嬉しいです」


まつばは彩希の話に、そういえば昔、食料品売り場ではない場所に、

ちょっとした店があったことなどを思い出す。


「『福々』自体は、大きな力に押しつぶされてしまって、今はもうありません。
でも、もし、今でも祖父と父が店を続けていたなら、
もしかしてこのイベントに参加できただろうかと、つい、そう思ったりもします」

「……もう、ないのですか、お店」


寛太の言葉に、彩希はしっかり頷き返す。


「開発して、大型マンションを建てるというお話の中に、踏み潰されてしまいました」


彩希が淡々と語っているその数分が、

拓也にとってはとてつもなく長いものに感じられた。

そして、まだ彩希の心の中に、あの出来事が暗い影を落としているのだということが、

ハッキリとわかる。


「でも、『ひふみや』が参加してくれることになって、祖父も父も喜ぶと思います。
『夢最中』を作る、大谷喜助さんは、
『福々』のお菓子を本当によく食べてくれていた人なので。
ちょっと、一緒に『福々』が参加している気分にもなれます」


彩希はサワーの残りを、そこで一気に飲んでしまう。


「ふぅ……」

「バタちゃん、一気に飲んで、大丈夫?」


まつばの声に、彩希は大丈夫だと頷く。


「この企画に参加させていただき、ありがとうございました。
地域のお店に目を向けてくださって、本当に、本当にありがとうございました」


彩希は、そういうと、そのまま席に戻る。

益子は、江畑さんの力も大きいぞと、彩希に声をかける。

エリカは、彩希の発言中、ずっと下を向いたままだった拓也が気になりだす。


「広瀬さん……どうしたの?」


エリカの声に、拓也は顔をあげる。


「あなたが江畑さんを企画に導いたのでしょ。それが嬉しいと話しているのだから、
もっと嬉しそうに聞いてあげたらって……もしかしたら具合でも悪い?」

「いや」

「そうなの? それならいいけれど」


エリカは、そばを通った店員に、同じものと言いながらグラスをあげる。

拓也は、あらためてグラスをつかむと口をつける。



『『福々』自体は、大きな力に押しつぶされてしまって、今はもうありません。
でも、もし、今でも祖父と父が店を続けていたなら、
もしかしてこのイベントに参加できただろうかと、つい、そう思ったりもします』



何も知らない彩希の心の言葉が、

またじわりと拓也の心を、暗闇の場所へ押し戻した。



23F-③




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