23F 過去に追われる人 ③

23F-③


「河西、今度はこれだ」

「はい」


その頃、冬馬は新しい仕事の話を、杉山から受けていた。

今度の土地は、兄弟で相続を揉めている場所で、長男は売ろうとしているが、

次男は気持ちが揺れているという。


「そこで……って、あれ?」

「はい」

「お前、ここに貼ってあった『KISE』の写真はどうした」


杉山は、写真がいつの間にかなくなったなと、そう言い始める。


「見てると、ただ腹が立つので、とりあえずしまいました」

「腹が立つ? どうした」


杉山の問いかけに、冬馬は黙ったままになる。


「杉山さん」

「ん?」

「俺、仕事はどんどんやります。実戦力をつけて、杉山さんのように、
自信を持ちたいです。大学を出ていなくても、実力で金を稼ぎたいです。
あのエリートにバカにされるのは、もうごめんですから」


冬馬はそういうと、杉山のよこした資料を読み始める。


「あの……っていうのは、前に話した広瀬のことか」


杉山の問いに、冬馬が顔をあげる。


「杉山さん……」


冬馬には、杉山の言い方が、単純に何かを知っているというように思えた。


「広瀬拓也がエリート? それは違うな」

「杉山さん、広瀬って知っているんですか」

「あぁ……知ってるよ。お前が本気になったというのなら、教えてやろうと思ってさ」

「教える?」

「お前の言っている広瀬拓也が、エリートでもなんでもなくて、
本当は、弱い男だってこと」


杉山はそういうと、冬馬の前で腕を組む。


「どういうことですか……」

「俺は昔、あいつの先輩だったからね」

「先輩?」

「あぁ……『三成不動産』というところで、一緒に仕事をしていた。
まぁ、俺の基礎を作ってくれた会社がそこだ。どうやってターゲットを見つけるのか、
どうやって口説くのか、どうしたらその仕事が完成するのか……
俺は今の仕事に役立つ全てを、そこで学んだ」


冬馬は、杉山に話しの続きを教えてくれと迫った。

杉山は、『広瀬拓也』が会社にいたのは、たった2年のことだと教えてくれる。


「2年」

「そう……あいつにとって、初めてとも言える大きな仕事で、何を考えたのか、
急に方向転換して、会社を飛び出した。まぁ……逃げたわけだ」


杉山は、だから広瀬はたいしたことがないと、冬馬に声をかける。


「逃げたっていうのは、どういうことですか」

「仕事というのは、10人いたら、みんな笑っておしまいなんてことはありえない。
中には参ったと手をあげるものもいる、それが資本主義、競争社会だろ。
それなのに、あの男は自分のやったことに背を向けただけで、何も出来なかった」


杉山の言葉に、冬馬は、黙って頷いた。





「お疲れ様でした」


彩希は頭を下げると、上機嫌のままホームに向かった。

同じ方向の寛太が、その浮かれぶりに、大丈夫ですかと声をかける。


「大丈夫です……はい」


彩希は寛太に敬礼をすると、また歩き出し、ホームにあるベンチに座った。

拓也はこの間よりはしっかりしているだろうと思い、一度は背を向けたが、

寛太の『うわぁ……』という声に、すぐ振り返る。


「どうした」

「いえ……いきなり大きな蛾が頭の上を飛んで」

「蛾? 何よ、荒木君、男でしょ」


まつばは、しっかりしなさいよと寛太に声をかけ、

武は、寛太の背中をポンと叩く。

寛太が声を出したのは、彩希が倒れたわけではなかったことがわかり、

拓也はとりあえず前を向く。


「あ……来た」


拓也やまつばが乗る側の電車が、ホームに入ってくる。

まつばや武は乗り込んだが、拓也はホームに残った。


「広瀬さん……」

「寄るところがあるから、次の各停で行く」


ホームに残った拓也の前で、扉が閉まっていく。

それとほぼ同時くらいに、彩希と寛太側の電車がホームに近付いてきた。

武とまつばの乗った電車が先に走り出していき、

寛太と彩希は立ち上がり、降りる人の後で乗ろうとする。

拓也は、二人から少し離れ、別車両に入った。

寛太は空いている席を見つけたので、彩希を座らせようとする。

彩希は両隣の人に、『すみません』と挨拶をし、そこに座った。

拓也は隣の車両から、二人の様子を見る。

『キセテツ』は時刻通り走り出し、しばらくすると、寛太が降りる駅になった。

拓也が、吊り輪につかまっている人の隙間から見ると、

寛太は、座っている彩希の肩を叩き、挨拶をしているように見える。

彩希は顔を上げ、寛太に手を振ると笑っていた。

外はすっかり夜の景色で、乗り込んでくるサラリーマンたちは、

座ることが出来ると、スマホを見ながら静かな揺れに身を任せる。

座れなかった人たちは、吊り輪よりも扉近くを好み、少しでも寄りかかれる場所を探した。

『キセテツ』はまた、次の駅を目指す。

乗客数は、拓也たちが乗り込んだ駅からすると、3分の2くらいになっていた。

前を向いていた彩希の顔がだんだんと下に向かい、膝に乗せたリュックに、

自然と頭が乗った。眠くなっているのか、そこからあまり動きがない。

拓也は路線図を確かめ、彩希が降りなければならない駅が、あと3つだとわかる。

いい具合に、ブレーキでもかかれば、うたたね状態から目覚めるだろうが、

隣の車両からでは、本当に寝ているのか起きているのかわからない。

それでも、目の前に立つわけには行かず、つり革を握る手に少し力が入った。

そんな時間を過ごしていると、『駅』が目の前に近付いてきた。

降りるつもりの乗客たちが、立ち上がったり、扉付近に集まりだす。

彩希はまだ、座った状態から動かない。

そして、電車はゆっくりになり、ブレーキでストップする。

扉が開き、降りる客たちが動き出す。

結局また寝てしまったのかと、拓也がため息をついたとき、彩希が顔を上げ、

慌てて立ち上がると、そのまま『すみません』と謝りホームに下りた。

ギリギリの動きではあったが、とりあえず乗り過ごすことはなく扉は閉まりだす。

拓也は、吊り輪をつかんだ手で、顔を少し隠せる角度に立ち、

ホームを歩く彩希を見た。

電車が駅を離れると、初めて空席に座る。

自分の周りに、人が少なくなっている現状を見て、

初めて、どうしてこんなことをしたのだろうかと考えた。

見守ってくれと言われたわけではないし、たとえ乗り過ごしたとしても、

彩希なりに考え、今のように行動できたはずで、

声もかけられない状態で乗り込んだことに、

果たして意味があったのだろうかと思い始める。

何をどう動かしても、今を懸命に繕っても、過去の出来事を無くすわけにはいかない。

拓也は窓に映る夜の景色を見ながら、ただそう考えた。





「ただいま」

「お帰り。お風呂に入りなさい」

「うん」


今日は、夕食を『第3ライン』の人たちと食べてくると話してあったため、

佐保はすでにリラックスした状態で、彩希を出迎えた。

彩希もそのまま部屋に向かい、リュックを下ろす。

すぐに風呂場へ行こうとしたが、つい、ベッドに飛び込んだ。

スプリングが彩希の体を軽く上下させる。



『尊敬している』



拓也への思いを冬馬に語ったからなのか、彩希は自分自身の気持ちを、

しっかりと見つめられるようになっていた。

以前は、拓也に向かう視線を、あえて自分で断ち切ることもあったが、

今は、それもまた自分の気持ちを前向きにさせるひとつだと思い、受け入れている。

彩希自身を食料品売り場で見つけ、

こうして活躍の場所を与えてくれた人に対しての思いを、

誰に遠慮もなく全て吐き出すのなら、

『尊敬』というだけのものではないことも気づいていた。

しかし、相手である拓也は自分よりも6つ年上で、さらに本部勤務のエリート。

彩希は、自分とは釣りあわないこともわかっていた。

叶わない思いだとわかっていても、どこかで小さな期待も持ってしまうのは、

女性として生まれたら、誰でも持つ感情で、

鏡台の前に置いた拓也からのプレゼントは、疲れた彩希の体を満足感に変える。


「いけない、お風呂に入らないと……」


彩希が立ち上がり、部屋から着替えを持ち出そうとしたとき携帯が揺れ始めた。



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