23F 過去に追われる人 ④

23F-④


まつばあたりからメールかと思い開いてみると、相手は冬馬だった。

彩希は、一瞬開くことをためらったが、見ないのも失礼だと思い、文面を読み始める。



『彩希 大事な話がある。明日かあさって会ってくれ。
『福々』のことだから、どうしても話がしたい』



冬馬も、『福々』を知っているとはいえ、急にその名前が出てくることに、

彩希は驚きを隠せなかった。それと同時に、もしかしたら家を出ている父のことでも、

仕事の中でわかったのだろうかと、思い始める。

どういうことなのか聞いてみようと思い、彩希は受話器を開き、冬馬へ連絡を入れた。

数回の呼び出し音が鳴った後、『はい』と冬馬の声がする。


「もしもし、彩希です」

『あぁ……』


彩希は、今メールをもらったけれど、どういうことなのかと尋ねた。

冬馬は、電話ではなく、会って話したいとそう言い返す。


「会って?」

『うん……。わかったんだ、俺』

「わかった?」

『あの時、『福々』を追い込んだのが、誰だったのか』


彩希は思わず『エッ……』と声を漏らした。

8年前の出来事で、今、わかった事実があると言われ、鼓動が速まりだす。


「冬馬……」

『冗談でも、お前を誘うためのウソでもない。
今、俺が不動産会社にいること、話したよな』

「うん」

『当時、その出来事に関わった人から聞いた情報だから、間違いないんだ』


冬馬の言葉に、彩希はすぐに手帳を開く。

どうしても会って話を聞きたいと、冬馬に返事をする。



2人の再会は、次の日となった。



冬馬との電話を切り、彩希は着替えを持ち1階に降りる。

佐保は、明日の準備をしながら、ニュースを見ていた。

彩希は、毎日頑張っている母の後姿を見る。

父と母の仲は、決して悪いものではなかった。

元々、口数の少ない父だったが、母はそんな性格もしっかりと理解し家庭を支えていた。

だから、『少し時間が欲しい』というメモを残し、突然父が家を出て行ったあとも、

母にだけはきちんと話をしているものだと信じていた。

その『少し』が時間を積み重ね、家族の誰からも父の話題が出なくなる。

彩希は、結局、どういうことなのか、なぜなのかがなかなか受け入れられず、

仕事が終わっても、しばらくは家に帰るのが辛かった。



それもこれも、きっかけは、『福々』という家族の大切な場所がなくなったから。



彩希は、佐保に何かを言うことなく、そのままお風呂場へ向かう。

冬馬は何を知り、何を話してくれるのだろう。

彩希は、鏡の前で自分の顔をじっと見ながら、期待半分、怖さ半分の思いを、

なんとか心に押し込んだ。





次の日の朝は、小雨模様だった。

拓也はいつもの電車に乗り込み、いつもの場所に立った。

彩希の顔を見るたび、過去の申し訳なさが心を覆い、

いつもと同じように語りかけているつもりが、どこかぎこちない気がして、

昨日のような過敏な反応をするのだと、そう考える。

秋のイベントも、軸が決まり、それぞれが自分の力を注ごうと走り出した。

あと少しで、具体的なものも見えてくるはず。

拓也はそれまで語ることを待とうと思い始める。

隣には、途中から乗り込む芳樹が並び、『おはようございます』と声をかけてきたので、

拓也は横を向き存在を確認すると『あぁ』と返事をした。



「『フレンベッド』が」

「はい。新商品をうちに先行で扱わせてくれるようになったそうで」

「ほぉ……」

「昨日電話を入れたら、前任者の広瀬さんにはとてもお世話になりましてと、
言われましたよ」

「お世話……したかな」

「したんですよ、きっと。向こうがそう言うのですから」


2人は駅に到着すると、話ながら下りのエスカレーターに乗る。

芳樹は、小川課長にその話をそのまま脚色なしに告げたと、そう説明した。

改札を通り、定期をしまう。


「小川課長、不満そうだっただろ」

「はい。あいつにはそれ以上の迷惑をかけられたのだからとかなんとか」

「はぁ……全く、いつまでもネチネチ」

「まぁそうですね」


二人は揃って、いつもの『コーヒーショップ』に入っていく。

今日のおすすめは、『モカ』だった。


「ブレンド」


拓也の注文に、店員が『お待ちください』と頭を下げる。

カップを受け取ると、芳樹の注文を待たずに、店の外へ出た。

通り過ぎる人たちを見ながら、口をつける。

遅れて出てきた芳樹のカップは、拓也のものより一回り大きかった。


「なんだ、サイズ変更か」

「モカだったので」


拓也は、味もわからないくせにと、そうポツリとつぶやく。

芳樹は、わかりますよと言いながら、すぐ後ろを追った。





その日の彩希は、冬馬から何を聞けるのかが気になり、あまり仕事に集中できなかった。

売り場に立ち、お客様の声を聞けば、すぐに気持ちが切り替わるものの、

少しでも時間が出来ると、頭の中は、『福々』というキーワードで

いっぱいになってしまう。

壁にかかる大時計に目を向け、何度も終わりの時間を確認した。

そんな様子を、竹下と高橋は、どうしたのだろうかと言いながら、何度も見る。


「今日のバタちゃん、そわそわしているよね」

「デートじゃないの? ほら、あの……」

「あぁ……」


高橋は、自分の旦那様の若い頃に似たと言おうとした口を、強引に閉じる。


「『恋』をしているときは、悩むことさえ、喜びなのよ」

「喜び……」

「そう……あの人は今、どうしているのだろうって……」


竹下は、両手を組み、乙女時代の自分を思い出そうとする。

その二人のそばを通ったチーフが、斜め前で、迷っているお客様を見つけたと、

声をかける。


「はい! いらっしゃいませ」


竹下は、両手を組んだまま振り向いてしまい、慌てて手を後ろに回した。





仕事を終えた彩希は、冬馬に指定された通り、いつもの『コーヒーショップ』に入った。

まだ時間には早いと思ったが、店内にはすでに冬馬がいて、

彩希を見つけると、すぐに手をあげる。


「ごめん、待ってたの」

「いや、俺も仕事の途中だし」

「うん……」


冬馬とこの店で待ち合わせをするのは、4回目になるが、今回が一番緊張していた。

彩希は『カフェオレ』を注文し、カップを持つと、冬馬のいる席に向かう。

リュックを横に置き、とりあえず前に座った。


「電話では、ちょっと脅かすような言い方をして悪かった。
でも、本当に彩希にとっては、知らないとまずい話だと思ったし」

「うん……」


冬馬は、自分のコーヒーに口をつける。


「まどろっこしく伝えるつもりはないんだ。まずは事実から」

「うん……」

「『福々』が追い込まれた、あの開発事業。そこにあいつが関わっていた。
俺は、その事実を知った」

「……あいつ?」

「あぁ……広瀬拓也だ」


冬馬から出た突然の話しに、彩希は声を出すことが出来ないまま、

ただ、呼吸を繰り返した。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【23】愛知   青柳ういろう  (米粉などの穀粉に砂糖と湯水を練り合わせ、蒸籠で蒸す菓子)



24F-①




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