24F 8年も続く時間 ①

24 8年も続く時間

24F-①


8年前の『福々』が巻き込まれた開発事業。

そこに、拓也が関わっていたと冬馬に言われたものの、

彩希の中には受け入れ体勢が整っていないため、言葉が奥まで届かない。

それでも、冬馬は、杉山から聞き出した『事実』を、彩希の驚きに構わず、

どんどん進めていく。


「あの広瀬ってやつは、大学を卒業してから『三成不動産』に入社した。
まぁ、業界の中でもなかなか名前の知れた会社だし、給料もそれなりにいいから、
入社希望の学生は、結構多いところらしいんだけど……」


冬馬は、今、『SHIMA』で自分を鍛えてくれている杉山が、

かつて拓也の先輩だったと、話を続ける。


「杉山さんの話しだと、まず新人は足を使って、現場を見るところから始まるんだ。
だから、1年目は具体的な仕事にはつかず、ほぼ終わってしまう。で、
あいつが2年目を迎えたとき、『福々』が巻き込まれた開発事業がスタートした」


冬馬の話しを聞きながら、彩希は拓也の色々な姿を頭に浮かべた。

強い口調で『結論』を迫るときもあれば、そっと隣に座り、指導してくれるときもあった。

ラインに入ったばかりの頃、パソコンの扱いがわからない彩希を座らせ、

操作の仕方を丁寧に説明してくれたこと、また、『試食会』の後、

すっかり酔ってしまった自分をタクシーで送り届けてもらったこと。

母に挨拶をしてくれた拓也を、彩希自身が嬉しい気持ちを抑えながら、

見送ったときのこと。浮かんでくる姿は、どれも鮮明で、確かなものだった。


「あいつは、各店舗に事情を説明し、理解してもらうという役割だった。
もちろん先輩たちから具体的な指示は入ったけれど、それを伝えたのは、あいつだ。
でも、その疎通がうまくいかなかったために、いざとなったとき、
あちこちから不満の声が上がって、計画はギクシャクし始めた。
不満があがるのは、どんな仕事だってある。
それを自分が力不足で伝え切れていなかったのに、周りから声が上がりだしたら、
あいつはそのまま放り出して、会社を辞めてしまった」


冬馬は、自分にとって成績が上がる部分だけは張り切って、

いざ揉め事が起きたとわかると、急に手のひらを返して退社したと、

先輩である杉山は、怒っていたという。


「その後、何をしていたのかなんて知らない。
でも、あいつは、過去の失敗をすっかりなかったことにして、
『木瀬百貨店』でまた、お前を利用している」


冬馬は、『福々』も利用されたし、彩希もまた利用されると言い始める。


「利用?」

「そうだろ。今の企画が流れていけば、それであいつは評価される。
で、用がなくなったり、面倒なことが起きそうになったら、
結局、下の力がないやつに押し付けるんだ」


冬馬は1枚の写真を、テーブルに置いた。

そして、どこに先輩の杉山がいて、拓也がいるのかを、指で指し示す。


「ウソなんかついていない。本当にあいつと一緒に仕事をしていた人から聞いた。
だから、お前が深みに嵌る前に、こうして話しに来たんだ」


今と、雰囲気は同じではないけれど、確かに写真に写るのは、拓也だった。

彩希は容赦なく押し寄せてくる『事実』に、何を言えば言いのかさえわからず、

黙るだけになってしまう。


「人のことなどお構いなしに、自分さえ得をすればいいと思っている男なんだよ。
だから、お前を仕事に利用して、何か問題が起きたら、昔のように、
『放り投げてくる』かもしれない」


冬馬は、彩希の表情を見る。


「彩希が『福々』に関わる人間だって、あいつ、知っているのか」


冬馬の台詞に、彩希は一度首を振ったが、顔をあげてまた首を振る。


「昨日の飲み会で話した。そう……私の実家が『福々』だって……私」

「それを聞いてあいつ、お前に何か言ってきたか」


彩希は、口を結び悔しそうな顔をする。

冬馬は、何も言われていないのだろうと思い、そうだろうなと頷いていく。


「お前が……江畑家のみんながあれほど傷ついた出来事だったのに、
あいつにしてみたら、きっと、そんなこともうどうでもいいことなんだ。
これからもきっと、あいつはしらばっくれて、知らない振りをするはず。
お前をまだまだ利用しないとならないからさ」


冬馬の言葉に、彩希は小さくうなずいた。

彩希は、確かに、もし自分が最初から拓也の過去を知っていたら、

一緒に仕事をしようと思わなかったのではないかと、考え始める。


「お前が、あいつの上っ面に騙されているから……」



『上っ面』



彩希はすっかり冷めてしまったカフェオレに、そこで初めて口をつけた。

冬馬の言うとおり、本当に『福々』が苦しんでいた出来事に、

拓也が関わっていたのなら、この先、どう接すればいいのか、

顔を見ればいいのかがわからなくなりそうだった。


「競争社会で生きていくのは、厳しいことだ。俺、今はそう思う。
すぐに逃げたり、人のせいにしたり、今までの俺は本当にズルイ人間だった。
でも……これからはしっかりとやれる」


冬馬の誓いに、彩希は顔をあげる。


「あいつが逃げた仕事に、俺は向かい合ってみせるから」


冬馬はそういうと、自分のコーヒーに口をつける。

彩希は家のテーブルで肩を落としていた祖父の姿や、

難しい契約書を必死に読みながら、ため息をついていた父親のことを思い出す。

母がベランダに干していた、白い作業服。

祖母が店でよく履いていたお気に入りのサンダル。

彩希の中で押し込まれていた記憶が、またじわりと蘇ってくる。

最後に浮かんだのは、いつも自分の前に立ち、颯爽と歩く拓也の背中だったが、

彩希はその姿をかき消すように、頭の中で大きな筆を動かした。





秋のイベントに対する準備は、順調に進んでいた。

武とまつばは、契約を交わす店へそれぞれが向かい、

少し前にそのまま直帰しますと、連絡があった。

寛太は今日、元々有給の申請を出していたので、社内にはいない。

エリカは効率よく仕事を終わらせると、華やかな街へと繰り出した。

益子は、『KISE』4店舗の担当者会議があり、1時間以上前に、帰っていった。

拓也は誰もいない部屋でパソコンを開き、パチパチという音をさせながら、

各店舗への挨拶文を入力する。

視線の左斜め前に人影が見えたので、ふと顔をあげると、

入ってきたのは彩希だった。

思いつめたような表情を見ながら、拓也は、もしかしたらという思いのまま、

あえて冷静な顔をする。


「どうした……」

「広瀬さん、話があります」


彩希はそういうと、まっすぐに拓也を見た。

拓也は、とにかく座って話そうかと提案したが、彩希は首を振る。


「聞きたいことがあります」

「うん」


拓也はPCに置いた手を戻すと、立っている彩希を見た。

彩希が何を聞きたいのか、まだ聞いていない以上、ハッキリはしない。

それでも、拓也の頭の中は、すぐに『8年前の出来事』に埋め尽くされる。

拓也は、彩希の顔を見ながら、どうか別のことであってくれと、

願うことしか出来なかった。





「広瀬に、サインをもらって来いだって……。なんだよな、自分で行けばいいのに」


その頃、芳樹は小川から書類を受け取り、階段を下りるところだった。

『フレンベッド』との交渉に臨んだ小川は、取引先の部長が、

前任者として拓也の仕事振りを褒めたため、文句を言っていた口の方向を180度変え、

『自分が上司である』と、上機嫌に電話で語った。



『広瀬のサインが欲しいそうだ』

『サインですか』



最初の企画には、拓也自身も関わっていたことがあり、『フランベッド』側が、

前任者のサインも残して欲しいとそう言いだした。

小川は、あいつなら自分が声をかけたらすぐにでも書きますよと、

また都合のいい返事を戻してしまう。



『すぐにもらってこい』



それでも、元上司としてのプライドがあるのか、2階へ出向くということが出来ず、

小川は芳樹を動かした。芳樹は、階段を下りると、

拓也のいる『食料品第3ライン』へ向かおうとする。

すると、椅子に座ったままの拓也と、

その前で真剣な顔をして立っているいる彩希の姿が、目に飛び込んできた。



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