24F 8年も続く時間 ②

24F-②


『どうも』と声をかけ、入っていくような空気ではないことを感じ、

芳樹は廊下にある大きな柱の影に身を隠す。


「聞きたいこととはなんだ」

「過去のことです」

「過去……」

「はい。広瀬さん、『KISE』に入る前に何をしていたのか、教えてください」


拓也は、イギリスやフランスなどに旅行したり、

きままにフリーターをしていたとそう答える。


「その前です」

「どうしてそんなことを聞くんだ。俺の過去をお前に話さないとならない理由は……」

「理由はあります。あるから聞いているんです。
何も後ろめたいことがないのなら、語ってくれてもいいのではないですか」


芳樹は、彩希の質問内容を聞き、これは自分も聞いてみたいことだと思い、

気配を消すように立ち続ける。

拓也は、目の前にいる彩希の表情を見た後、小さく頷いた。

願ってみたものの、やはり彩希は『過去』を知ってしまったのだと、

その真剣な表情に、思わなければならなくなる。


「『三成不動産』という会社に、大学を卒業してすぐに就職した」

「何をしていましたか」

「何って……」

「具体的にです」

「開発担当の仕事をしていた」

「どこのですか」

「『キセテツ』の沿線だ」

「どんなお店に関わりましたか……」


彩希は、涙が出そうになる気持ちをなんとか抑えながら、言葉を押し出していく。

それは目の前にいる拓也にも、十分伝わった。

拓也は、いずれ、こういう瞬間が来ることもわかっていたが、

出来たら、こんな形ではないことを望んでいた気持ちが心の奥底にあり、

先に自分からしかけるべきだったと、『後悔』のため息を落とす。


「『福々』という店を……覚えていますか」


江畑家の面々が、小さな幸せを感じながら生きていた時間が、

『福々』そのものだった。


「……あぁ、知っている」

「昨日、私が実家だと話した『福々』です。
あの『グリーンタウン計画』に追われた店ですよ」

「あぁ……」

「私が、『福々』の……」

「それはこの間まで、知らなかった」


ここは譲らないと、拓也は、彩希の言葉を遮り、少し声を大きくし重ねてしまう。


「いつ、知ったと」

「『ひふみや』さんとの話しの中で、知った」


彩希は、拓也が『ひふみや』と交渉をしていた時期が、

1日や2日前ではないことに気付き、やはり、冬馬の言うとおりではないかと、

思い始める。


「それなら、どうして言ってくれなかったのですか」

「今、言う必要はないと思った」

「なぜですか」

「この仕事をスムーズに流す方が……」


彩希は自分のデスクを両手で叩いた。

その音を聞き、廊下にいる芳樹も、思わず中を見る。


「仕事があるから。それは私が今は、利用できるからですか。
今はまだ、利用できるから、黙っておいて。時期が来たらって」

「江畑」

「あの出来事が、うちをどれだけ……」

「わかっている。わかっているからこそ、うかつに言えなかった。
お前が、この地域店舗を取り上げる企画に、前向きで……」

「そんなことは言い訳です。身勝手です!」


彩希はデスクに置いていたファイルを全て抜き出し、

隣のエリカの席へ移動させる。


「何をしているんだ」

「もう、私が関わることは終わりです。
これ以上、ここで仕事が出来るわけがありません。こんな気持ちのままで……」

「何を言っているんだ。今更……」

「今更も何もないです。騙されていたことが……」

「騙してなんていないだろう。俺がいつ、お前を騙した」

「8年前も……そして……今もです」


彩希は、拓也に言葉をぶつけながら、実は自分自身に怒っていた。

知らなかったとはいえ、『福々』を追い込んだ人間を好きになっていたという、

自分の気持ちが許せなかった。


「騙してはいない。どう伝えるべきなのか、迷っていた」

「言い訳です」

「言い訳でもなんでもいい。今、ここでもめる訳にはいかない」

「そんなこと、知らないです」


彩希は、そのまま部屋を出ようとする。

拓也はすぐに立ち上がり、彩希の腕をつかんだ。

彩希は、離してほしいと訴えるが、拓也はダメだと譲らない。


「辛い気持ちはわかる、でも、どうしても仕事は続けてくれ。
お前だって、この企画がどれだけの人間を動かしているのか、わかっているだろう」


拓也は、武やまつばなど、張り切っているメンバーには関係のないことだと、

必死に訴える。


「俺のことなど、軽蔑しようが、無視しようが構わない。
でも、それをここで出すことは辞めてくれ」


拓也のセリフを聞きながら、

彩希自身、そう思うことが出来たらどれほど楽かと考える。

こんな状態になっていても、全てがウソだったと言って欲しくて、

どうしてこんなふうになるのかと、そればかりが頭に浮かぶ。


「そんなに、仕事を動かすことが大事ですか」

「あぁ……イベントを最後まで……」

「だったら……」


彩希は拓也の顔を見る。



「今、この場で、私に土下座をして謝ってください」



勢いで、口から出た言葉だった。

ふざけるなと拓也に言われ、彩希自身が拓也に嫌われたいと、

そう思ったために出た、悪態だった。

拓也はそこで初めて、彩希の腕を離す。

彩希の目も、拓也の目も、互いの哀しい表情だけを映している。


「わかった……」


彩希の目の前で、拓也はその場にひざまずいた。

廊下にいて、その様子を隠れてみていた芳樹も、拓也の行動に驚き、

手を握り締める。

拓也が両手を床についたとき、彩希が動こうとしたが、

その前に、廊下から声が聞こえた。


「何を落としたんですか、広瀬さん」


その場に飛び込んできたのは、芳樹だった。


「何を落としたんですか。全くもう……」


芳樹がわざと明るい声を出し、近付こうとする。


「入ってくるな!」


助け舟を出したつもりの芳樹だったが、拓也の剣幕に足が動かなくなる。

拓也は、あらためてしっかりと彩希を見た後、

両手を床につき、その場で土下座をする。


「黙っていて悪かった。江畑が怒るのも無理はないし、
俺は、過去に、それだけのことをしたと思っている。
でも、今、仕事を放棄するのは辞めてくれ。このイベントには、
君に、最後まで関わって欲しい……」


拓也は、そのまま顔をあげずに座っている。

間違いなく、拓也は彩希に向かって、土下座をした。

彩希は、自分で言ったことの罪深さに、その場にいるのが辛くなり駆け出してしまう。

階段を下りる足音がだんだんと小さくなり、消えていった。



24F-③




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