24F 8年も続く時間 ③

24F-③


音が聞こえなくなってから、拓也はゆっくり立ち上がると、軽く膝をはらう。

視線は、飛び込んできた芳樹に向かった。

拓也の視線に、芳樹は下を向く。


「わざとらしいんだよ、お前は」

「広瀬さん……」

「みっともないところ、見に来るなよ」


拓也はそう言って苦笑すると、自分の椅子に座る。


「すみません……僕……」

「謝るな、俺が惨めだろう」

「そんな……」


そんなことはありませんという言葉は、芳樹の口から出ようとした瞬間、

ため息に消されてしまった。数秒間、黙ったままの時間が流れていく。


「大林」

「はい」

「お前にも言われたことがあったな。広瀬さん、昔は何をしていたんですかって」


拓也は、彩希に話をしたように、芳樹に対しても、

大学を卒業した後、『三成不動産』にいたのだと話した。


「別に業界に興味があったわけじゃないんだ。給料がよかった、それだけだ。
一生、同じ会社に勤めようとか、出世しようとか、具体的な目標などなくて、
ただ、同じように会社へ出るのなら、金をもらえたほうがいいだろうという、
あまりにも幼稚な考えだった」


芳樹は、少し前まで、彩希が立っていた場所を見る。


「仕事を覚える気持ちもあまりなかったから、先輩に言われた通り動いていた。
これを伝えて来いと言われたらそうしたし、
どういうことなのか、それからどうなるのかも何も考えなかった」


拓也は立ち上がると、彩希がエリカの机に置いて行ったファイルを、

また彩希の場所に戻していく。


「今の家や店を壊しても、また新しいものが建ったときには、入れますから。
だから、従ってくださいなんて……調べもしないで、言いきれていた。
それがさ、10店舗あったのに、入れるのは2店舗で、
賃料はものすごく跳ね上がるなんて、何も聞いていなかったから、
実際にそうなったとき、俺はウソをついたんだって急に怖くなった」


拓也は、先輩にウソを言わせたのかと詰め寄ったが、

『全部が入れます』とお前に話しはしていないと言われて、勝手な解釈をしたのは、

お前だろうと、逆に責められたと語り続ける。


「俺が甘かった。業界の勉強もせずに、気合もなく入ったから、
その無防備な部分を、利用されたんだ。気付いたときには、愛されていた店は、
ショベルカーに壊されて。元に戻すことなど出来なくて」


拓也は、雨の中、全ての店の店主たちに謝りつづけたことを思い出す。


「自分がわかりもしないことで違うと思っても、引き戻れないところで、
頭を下げるのは、本当に空しくて悲しいことだ。
だから俺は、それから自分を押し殺すのは一切、辞めた。
いや、仕事をするのなら、自分で意見をし、責任を取れるようにしたかった。
だからこそ、上司とはいえ、間違っていると思えば指摘したし、
まぁ、いいやでは済まさないように、ずっと戦ってきたつもりだ……」


拓也の目が、彩希のデスクに向かう。


「あいつが『福々』に関係しているとは、本当に知らなかったからな……」


拓也の脳裏に、半分泣き顔の彩希が浮かぶ。

信じたくないけれど、認めなければならないという悲しさが、

彩希自身の表情から、にじみ出ていた。


「また泣かせたってことか……昔もたくさん泣いただろうに……」

「広瀬さん」

「あいつの言うとおりだな。それでもここで仕事を続けろって言う俺は、身勝手だ」

「違います!」


芳樹は、下を向く拓也のそばに寄る。


「広瀬さんは身勝手ではありません。あなたはそんな人ではないです。
口調はきついし、ガンガン怒るけれど、でも、相手のことをきちんと考えています。
だからこそ、僕はあなたの企画に惚れたし、あなたのその……
生き方に惚れてます」


芳樹はそういうと、口を結ぶ。


「僕は、あなたに少しでも近付きたくて……こうして、毎日……」


芳樹は、拓也の辛さを思い、言葉が出なくなる。

『こうして毎日頑張っている』という言葉も、また、ため息に散らばってしまう。


「なぁ、大林」

「はい……」

「熱の入った言葉をかけてくるのはいいけれど、お前、そもそも何しに来た」

「……ん?」

「それ……手に持っているの、なんだ」


芳樹はそう言われ、右手を見る。


「あ……」


芳樹が右手を離して見ると、小川に頼まれた書類が、グシャグシャになっていた。




「大林は、全く、いつ戻ってくるんだ……
くそぉ、広瀬は南極にでも行っていないのか?」


その頃、小川は、戻ってこない芳樹を待ち続け、

そばにあったファイルを思い切りデスクにたたきつける。


「あ……」


例によって、ファイルには空いた場所があったため、中に入っていた紙たちは、

外に飛び出した。





その頃、彩希は絶望の思いを抱えたまま、『キセテツ』の中にいた。

土下座をしてくれと言ったのは、本当にその場の勢いであり、

拓也には今までのように、強い態度で否定して欲しかった。

お前ごときに、どうして自分が謝るんだくらいの勢いがあれば、

彩希もまた、何かを言い返せたはずなのに、あっさりと認め、ひざまずこうとしたとき、

本当にあの拓也が、『福々』を壊してしまった一人なのだとわかった。

冷静になれば、彩希にも今、仕事を抜けることがどれだけダメなことなのか、

それはわかっていたが、それでも、明日からどう席に座り、

誰を頼りにして仕事を進めればいいのか、考えるとため息しか出なかった。

駅に降り、リュックの紐を押さえながら家に向かう。

特に欲しい本があったわけではないのに書店へ向かい、

雑誌をペラペラとめくりながら、時間を稼いだ。

コンビニに入って、どうでもいいくらい長く、並んでいる飲み物を見続け、

そしてレジ前に立ち、コーヒーをひとつ買った。

ポーションのミルクを2つ入れ、苦味部分を少し消したコーヒーを持ち、

彩希は近所の公園の前を通る。

座ろうと思い近付いたブランコには、カラスという先客がいて、

彩希が近付くと、逃げることなく泣き声で威嚇してきた。

彩希はそのまま公園を出ると、寄るところも見つけられず、家の玄関を開けた。


「お帰り、彩希」

「うん……」

「あら、コーヒーなんか持って、珍しいわね」


佐保はご飯の支度が出来ているから、すぐに食べなさいとそう声をかけてくれる。

彩希は着替えてくると言い、コーヒーをテーブルに置くと、そのまま2階へ向かった。

部屋の扉を開けると、鏡台の前にあるバッグがすぐ目に入った。

『ライナス』の試食会に向かう日、

このバッグを彩希が気に入っていたことを知った拓也自身が、買ってくれたものだった。

『チルル』が『KISE』に無事復活できた褒美だと、あの時にはそう言われたものの、

『ひふみや』の交渉時に喜助から聞いたのなら、

この日もわかっていて出かけたことになる。

褒美というより謝罪ではないかと、それまで嬉しさで見つめていたバッグを、

彩希は見えない押入れの中に押し込んだ。



『ライナス試食会』



仕事ではあるけれど、拓也と一緒に出かけ、同じものを食べることが出来る。

その事実こそが、彩希の気持ちを明るく変えた。

何も取り柄などないと思っていた自分自身に、『出来る』と思わせてくれた人、

彩希は、ふすまの前で息を大きく吐き出す。

そして彩希は着替えを済ませ、佐保の待つ1階へ戻った。

佐保は、職場に新しい人が数名入って、またゴチャゴチャしそうなのと、

世間話をし始めた。


「ねぇ、彩希。これ、レンジで温めて」

「うん」


彩希は佐保から皿を受け取り、レンジに入れた。

味噌汁のお椀や、茶碗を出そうとして、奥のほうにある父、晶の食器を見る。


「ねぇ……お母さん」

「何?」

「私、『KISE』を辞めようと思う」

「辞める? どうしたのよ急に。何か別のことをするの?」

「今はまだわからないけれど……」


彩希は茶碗にご飯をよそい、レンジが音をさせたため、

中から温めたおかずを取り出した。



24F-④




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