24F 8年も続く時間 ④

24F-④


「よく考えたら、就職した会社が急におかしくなって、
とにかく働きたいと飛び込んだこともあるし……」

「まぁ、そう言われたらそうだけれど。別にいいわよ。
彩希のやりたいことがあるのなら、どんどんやれば。でも何よ、急に。
やりがいがあるんだって、言っていなかった?
あ、何……もしかしたらあの人に怒られたの?」


佐保は、彩希が元気のないように見えるのは、拓也に怒られたからなのかと、

そう言い始める。


「どうしてそんなこと言うの」

「だって、最初の頃、彩希、あの人の文句ばかり言っていたでしょ。
でも、仕事をし始めたら、とっても実力のある人だって褒めていて……
ほら、タクシーで送ってもらった日……」

「広瀬さん、『三成不動産』にいたの。『福々』の開発事業にも関わっていた」


彩希は、話してしまうと何から何まで心の底から出てしまう気がして、

黙っていようとしたのだが、佐保が先に拓也のことを言い始めたので、

止まらなくなってしまう。


「『ひふみや』さんと話している中で、私が『福々』に関係あるってことも、
わかったのに。過去のことを黙って、知らない振りをして、仕事をしようとしていたの」

「彩希……」

「おじいちゃんと、お父さんが頑張ったお店を潰した人だった」


彩希は、父、晶が『木瀬百貨店』に、臨時とはいえ商品を置けたことを、

とても喜んだという過去を覚えていたために、

どうせ働くのなら、『KISE』の食品売り場に関わりたかったとそう話しだした。


「正式な社員ではないこともわかっていたけれど、私は本当にお菓子が好きで。
お店は潰れてなくなったけれど、何かこうして離れないでいたら、
また、お父さんの気持ちも動くかもしれないと、そう……」

「彩希……」

「何もかも、自己満足だとわかっていたけれど、でも、それでも私は……」


彩希は手に持ったものをテーブルに置き、そのまま力尽きるように座り込んだ。



佐保は、いつもと様子の違う彩希を見た後、お椀に味噌汁をよそい、

メインのおかずをそれぞれの皿に乗せると席につく。


「いただきます、ほら、食べよう」

「いらない。……なんだかお腹がいっぱい」


彩希は食卓から目をそらしたまま、家に戻ってから置いたコーヒーに口をつける。

佐保は、箸を動かしながら、うなだれている彩希を見た。

母親なりに、彩希が拓也をどう思いはじめていたのか、わかっていただけに、

傷ついた気持ちもわかり、すぐには言葉が出なくなる。

それでも、このまま落ち込ませているわけにはいかないと、佐保は箸を置く。


「ねぇ、彩希」

「何?」

「お母さんはね、彩希がタクシーで家に帰ってきたとき、あの人の顔を見て、
『もしかしたら』ってそう思っていた」

「……ウソ」

「ウソじゃないわよ。お母さん、あの開発の話しに直接関わってはいないけれど、
何度か業者の人が、お父さんとおじいさんに説明しているところを見たことがあるもの」

「本当に、広瀬さんがいたの?」

「今、彩希に言われるまでは自信がなかったけれど、そう思えば確かにいたなって」

「……そうなんだ」


間違いないとわかっていたのに、またひとつ証言が出たことで、彩希は肩を落とす。


「でも、あの人が一人で来ていたわけじゃないわよ」

「それはそうだろうけれど……あの出来事で、うちはバラバラになったんだよ。
お父さんが家を出てしまったのだって、きっと、責任を感じたからだし。
おじいちゃんたちもホームに入ってしまって。昔みたいに、みんなで笑うことも、
出来なくなった」


彩希は、あんなことさえなければ、

今でも小さいなりにお店をしっかり続けていられたのではと言い、口を結ぶ。


「彩希……」


彩希は『何』と、言い返す。


「お母さんと彩希の考えは、ちょっと違うかな」

「違う? どこが違うの」


彩希は、他にどう言いようがあるのだと、佐保に迫る。


「うん……お母さんは、お父さんが家を出て行ったとは思っていないの」

「……どういうこと?」


佐保は立ち上がると、引き出しの中から1枚の紙を出した。

彩希は、それが見なくても、父が家を出て行く前に残したメモだということがわかる。


「『時間が欲しい』って書いてあるでしょう。
お母さんはね、お父さんはどこかで何かを探していると……ううん、
もしかしたら、お菓子と関わっているのではないかとそう思っている」

「何言っているの、お母さん。少しって書いてあったんだよ、
少しって時間が、3年になるなんて、あり得ないよ」


彩希は出て行った父をかばうような母のコメントに、声が大きくなる。


「お父さんのまっすぐで不器用な性格を、彩希だって知っているじゃない。
あの時は確かに急なことで準備不足なのに、慌てて店を移したでしょ。
それで失敗してしまった。お父さんは、家族のためにとにかく仕事をしたけれど、
それでもお菓子作りは諦めていないはず。きっと、お父さんの力で、
新しい『福々』を作るために、修行に出たとそう思っている」

「修行?」

「そう……ずっと、ずっとそう思っているの。彩希にも話したことがあるわよね。
お父さんの名前で、お金が振り込まれていること」

「うん……」


彩希は頷く。


「お父さんはきっと、今は説明できないけれど、これからのために頑張っている。
だからお金を送ってきた。お母さんにも彩希にも、もう会うつもりがなくて、
江畑家なんてどうでもいいと思っているのなら、お金なんて送ってこないと思うもの」


佐保はそういうと、胸を張ってみせる。


「だって……毎月きちんと送られてきているわけではないでしょう」

「うん。お給料のようにはね」

「だったら……」

「でも、お母さんはお父さんを信じている。
信じているから、こうして毎日、彩希と頑張っていられるの」


佐保はそういうと、一緒に食べようと、彩希の前に箸を置く。


「お母さん、ポジティブ過ぎるよ」

「そうかしら。お父さんがどれだけ頑固で、和菓子作りが好きだったか。
お母さん、結婚する前からずっと知っているもの。趣味なんて他になくて、
時間があると、いつも和菓子のことばかり考えていた。
お店を辞めてからだって、ずっとノートに新しいお菓子のアイデア、
書いていたことも知っている」


佐保の言葉に、彩希も父、晶の姿を思い出す。

美味しいという評判を聞けば、どこにでも出かけ、味の研究をし、

それだけで一日が終わってしまっても、いつも満足そうだった。


「『福々』は壊れてしまったわけでも、なくなったわけでもないの。
おじいちゃんが、あゆみの丘で、みなさんに和菓子を振舞っているのも、
それも『福々』なのよ」


彩希は、祖父、新之助のどら焼きを喜んでいた、入居者の女性の言葉を思い出す。


「『チルル』や『ひふみや』のように、
お父さんやおじいちゃんの和菓子を、愛してくれた人が作るものの中にも、
お母さんは『福々』が生き続けていると思っている」


彩希は『チルル』のオーナー毅や、『ひふみや』の喜助が、

新之助や父と、いつも笑っていた姿を思い出す。


「広瀬さんは、確かにあの時、『三成不動産』にいたのでしょう。
でも、彼にも思うところがあったから、仕事を変えて、今、彩希の前に立ってくれた。
最初は、怖くて、何でも自信満々で嫌いだって言っていた彩希が……
そう、彩希が言ったのよ。広瀬さんは、お客様のことを考えているって。
仕事をするのが楽しいって……。ほら、彼の中にもお父さんたちの思いが、生きている。
だからこそ、今の仕事で、彩希が素敵だと思える人になっていたのでしょ」


彩希は、『福々』の開発騒ぎがあった頃、

拓也はあくまでも新人だったという情報を、冬馬が話していたことを思い出す。

自分にも苦しく辛い、日々があったのと同じように、

拓也にも、この8年間があったのかと考える。


「私……言ったの」

「言った? 何を」

「広瀬さんに……土下座してくれって」

「エ……」


佐保は、そんなことを言ったのと、驚きの声を出す。


「だって、気持ちがこんがらがってしまって、どうしたらいいのかわからなくて。
心のどこかで、それは違う、俺は知らないって突っぱねて欲しかったのに、
広瀬さん、『福々』を知っていたことも認めて、
私がその家の娘だと言うこともわかったのに、黙っていて……」

「広瀬さん、彩希に土下座……したの?」


彩希はコクンと頷いた。


「それで、彩希の気は晴れたの?」

「ううん……辛くて逃げてきた」

「そうでしょう、そんなことさせて……」

「だって……」


彩希は目を閉じると、両手を床についた拓也の顔が浮かんでしまうため、

佐保から視線だけをそらし続ける。


「あの出来事は、広瀬さんが頑張ったから動いたなんてものじゃなかった。
仕組まれていて、決められていた。大家さんが最初から、不動産業者に擦り寄って、
全て決めていたことなの。それなのに……」

「仕事、続けてくれって。俺のことなど軽蔑をしてもいいから、続けてくれって」

「どうするの、彩希」

「どうしよう……どうしたらいいのかわからない」


大きな声で怒鳴ってみても、とんでもないことを口にしてみても、

自分の気持ちが、拓也から離れることがないことがわかり、彩希は目に涙を浮かべた。



【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【24】三重   赤福  (餅を漉し餡でくるんだもので、3本の筋は五十鈴川を指している)



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