25F 崩れた関係 ①

25 崩れた関係

25F-①


8年前の辛い過去と、拓也との関わりを知り、

彩希は、『大嫌い』と言えたら、『会いたくない』と背を向けることが出来たら、

どれだけ楽だろうかと考える。


「そういうことが理由なら、お母さん、今仕事を辞めることは反対だな。
辛くでも最後まで続けないと」


佐保の言葉に、彩希は下を向く。


「あなた一人の問題ではないでしょう。みなさんに迷惑をかけないでくれと、
広瀬さんが言うのだし。彩希……男の人が土下座するなんて、相当な覚悟よ」

「うん」

「そんなことまでさせて、ここで逃げてしまうのは、ズルイわよ、彩希」


佐保はそういうと、途中になっていた食事を続けるため、また箸を動かし始める。


「ほら、食べなさい。いつまでウジウジしているの」


佐保の言葉に、横を向いていた彩希も、正面を向く。


「知らされた彩希も辛かっただろうけれど、『福々』とあなたの関係性を、
知ってしまった広瀬さんも、辛かったはずだから……」



『それはこの間まで、知らなかった』



その部分だけ、力を入れて語った拓也の顔は、

確かに、辛そうだったと、彩希は少しだけ冷静に考える。


「美味しいね、これ」

「でしょう……仕事仲間の人に、作り方を聞いたのよ」

「ふーん」


佐保はそれからも楽しそうに仕事のことを語り続け、

彩希も少しずつ微笑むようになっていた。





その頃、拓也は部屋のソファーに寝転がったまま、黙って天井を見続けていた。

話をすれば、過去の出来事を知れば、こうなることはわかっていた。

だからこそ、切り出すタイミングがわからなかったし、

イベントが終わるまではと思いながらも、

どこかで隠しておけるのではという気持ちさえあった気がする。

結果的に、避けていたことが災いし、こんなことになってしまった。

祖父や父の味の感覚を受け継いだ彩希だからこそ、地下の売り場でも、

他の人が気付けないことに気付き、何度も助けられた。



『仕事があるから。それは私が今は、利用できるからですか。
今はまだ、利用できるから、黙っておいて。時期が来たらって』



利用しているという思いは、拓也の中になかったが、

冷静に考えてみれば、彩希の言うとおりだった。

イベントが終了すれば、彩希はまた、売り場に戻ることになる。

それは当たり前のことだとわかっていたはずなのに、

あらためて、立場の違いを考えた。

『ライナスの試食会』が決まり、

芳樹から、彩希がバッグ売り場で商品を見ていたという話は確かに聞いた。

試食会当日、彩希が持ってきたバッグは、それではなかったことも事実だったが、

本当にあの商品を彩希が認めたのかまで、確かめることなく買ってしまった。


『褒美』


便利な言葉を利用し、彩希にバッグを渡したが、

実は、『試食会』という時間のために、そして何かをしたいという過去の重しのために、

自分自身が願ってしたことではないかと思えてくる。

その後、酔った彩希をタクシーで送り届けたのも、

またこの間、メンバーと行った会のあと、心配になりついて行ったのも、

誰に言われたわけでもなく、自分自身で決めたことだった。

拓也は、『仕事は続けろ』と言ったものの、あの辛そうな顔を見せた彩希は、

もう本社に来ないだろうとそう考える。


8年前に『福々』を奪い、

また今、彩希から『KISE』への思いを奪い取ってしまうのかと、

拓也は、自分の罪の大きさに押しつぶされそうになる。


食事を取っていないことも考えず、

その日は、細かいことなど考えられなくなるくらいのお酒だけを口にした。





次の日、彩希はいつもどおりの時間に家を出て、電車に乗った。

当たり前だが、ひとつずつ、駅は『KISE』久坂山店に近付いていく。



この駅を過ぎたら、快速電車は止まらない。



そう考えた彩希は、乗り換えのために降りていく人たちと一緒に、

途中駅で降りてしまった。

右には『キセテツ』の別路線に向かうための階段があり、

左には、改札へ向かう階段がある。

彩希は、どちらにも行くことなく、ホームのベンチに座り、

携帯を開き、時間を確認した。

いつも彩希が出社すると、それから10分以内に拓也も出社してきた。

よほどのことがない限り、拓也の通勤時間はずれたことがない。

となると、今ならばまだ、『第3ライン』の部屋にはいないだろうと考える。

彩希は番号を回し、速くなる鼓動を受けながら、誰かが出るのをじっと待った。


『はい、『木瀬百貨店』食料品第3ラインです』


電話に出てくれた声は、まつばのようだった。

彩希は、拓也ではないことがわかり、とりあえず息を吐く。


「すみません、江畑です」

『あ、バタちゃん、おはよう』


彩希は、その日を体調不良のため、お休みさせてくださいとそうまつばに告げる。


『どうしたの? 風邪?』

「あ、うん……おそらくそんなものだと」


まつばは、熱はないのか、吐き気はどうなのかと心配する。

彩希は1日寝ていればすぐに治りそうだからと、その場を納めようとした。

まつばは、そう伝えておくからと彩希に返事をしてくれる。

彩希も、なんとか乗り越えたと思い、ありがとうとまつばに挨拶をすると、

受話器を閉じた。

ホームには、次の電車が入ってくる。

少し前と同じように、乗り降りする人たちが彩希の前を通った。


これから始まる1日。


彩希は人の流れが落ち着くまで、黙ってベンチに座り続けた。





いつもと同じ電車で到着した拓也は、

ホームに降りると、反対側の電車から降りてくる人たちに目を向けた。

少し急ぎがちに階段を下りていく人、

同僚と会って、話しながらエスカレーターに乗る人など、

それぞれが職場に向かっていく。

いつもの時間で考えたら、自分より彩希の方が早いはずだった。

今頃、部屋の中でまつばや寛太たちと話しをしているかもしれない。

拓也は、仕事が困るから絶対にやめるなと、あの場では言い切ったものの、

今、自分自身が、彩希とどんな顔をして再会したらいいのか、気持ちがまとまらない。

拓也はそのままいつものコーヒーショップに入り、『ブレンド』を頼むと、

カップを手に持ち、横断歩道へ向かう。


「おはようございます」


声をかけられたので振り返ると、そこにはエリカが立っていた。


「おはよう」

「どうかしました? なんだかビックリしていたようだけれど」


エリカは、何か考え事でもしていたのかと、そう拓也に尋ねる。


「いや……別に」

「そう?」


拓也とエリカは、ほぼ並んだまま正面玄関を入り、階段を上がった。



25F-②




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