25F 崩れた関係 ②

25F-②


2階の部屋には、まつばや岳志が出来上がってきたポスターを前にして、

何やら話をしていた。

拓也とエリカの登場に、それぞれ朝の挨拶を交わしていく。

エリカのデスクの上には、地下食料品売り場の店舗に関する書類が、置いてあった。


「あぁ……これか」


エリカは、食料品売り場に詳しい彩希に聞いてみようと思い、隣を見る。


「あら、江畑さんは? まだなの?」


エリカは、いつも自分より彩希が早いことを知っていたので、荷物がないことに気付き、

思わずそう言ってしまった。


「あの、バタちゃんは今日、お休みしますって、少し前に電話がありました」


『休み』というキーワードに、拓也の耳が反応する。


「休み? 珍しいわね、どうしたのかしら」

「夏風邪でもひいたのって言ったら、そうかもって。ちょっと元気なさそうでした」

「そう……」


エリカとまつばの会話に、拓也は、やはりここへ来ることが出来なかったのかと、

そう思いながらコーヒーに口をつけた。

それと同時に、自分自身が少しだけほっとしていることに気付く。


「それじゃ、『KISE』に行かないとダメよね」


エリカは荷物を置くと、書類をめくり始める。

拓也は何も言わないまま、黙ってコーヒーを飲み続けた。





しばらくホームに座ったままだった彩希も、いつまでも動かないわけにはいかず、

そこから反対側のホームに移動した。

しかし、このまま家に戻れば、

間違いなく母に『なぜ』と聞かれることもわかっていたので、

どこかで時間を潰そうと考える。

しかし、路線図を見ても、行きたい場所があるわけでもなかった。

とりあえず立ち上がり、ホームに入ってきた電車に乗ってみる。

彩希は、電車を途中で乗り換え、とりあえず時間を使える『映画館』へ向かった。



平日のため、それほどの混雑ではなかったが、特に見たいものでもないため、

映画の内容など、何も頭に入っていかない。

それよりも、まつばが拓也に自分が休んだことを話した後、

どう思われただろうかと、そればかりが頭に浮かぶ。

仕事をさせたいのなら、『土下座をしろ』ととんでもないことを言い、

それを実行させてしまった。それなのに、結局休んでいる。

彩希は、映画を最後まで見ることなく立ち上がり、静かに扉を開けて外に出ると、

また行く先を決めないまま、電車に飛び乗った。



『伊丹屋の夏』



そこから彩希が乗ったのは『キセテツ』ではなかったので、

車内には当たり前のように、『伊丹屋』の広告があった。

それを見ているうちに、彩希の頭に純の顔が浮かぶ。


『チルル』と比べるために出した『yuno』、

そして、先日、拓也が話題にした『和茶美』。


『KISE』に勤めるようになってから、『伊丹屋』に行くことなどなくなっていたため、

彩希は、今、どういうものを置いているのだろうかと、単純に興味を持ち始める。

路線図を見ると、次の駅で乗り換え、また『キセテツ』に戻れば、

『新原店』に近いことがわかり、そこへ向かうことに決めた。





ランチタイムになり、『木瀬百貨店』の社員食堂は、いつものように混雑していた。

拓也は『A定食』をテーブルに置き、見直さないとならない書類を横に置く。

武が選択した商品が3つ。そこから採用できるのは2つしかない。


『メンバーで試食』


そう書かれたコメントを見た後、視線が自然と入り口に向かった。

彩希は休みを取っているのだから、入ってくることはないだろうが、

女子社員の笑い声が聞こえるたびに、もしかしたらという思いが、浮かんでくる。


「話し合い、したのですか」


後ろからした声に驚き、拓也は振り返った。

ちょうど背中合わせの位置に、芳樹が座っている。


「……大林か」

「はい」

「なんだよ、お前。話しかけるのなら、普通前からだろうが」


拓也は、後ろから声がするのは、気持ちが悪いものだと言い始める。


「いや、昨日の今日じゃないですか。
広瀬さん、一人で考え事でもするかなと思いまして」


芳樹は、そういうと茶碗を持ったまま、拓也を見る。


「だったら、徹底的に話しかけずに立ち去れよ」

「すみません、いつものクセで、つい……」

「話すのなら、正面に来い」


拓也にそう言われたため、芳樹はそれならとお盆を持って、テーブルを移動する。


「彼女、仕事に、来ましたか」

「……いや」

「来ませんでしたか」

「あぁ……」


拓也はそれだけ答えると、食事をし始める。

芳樹は、黙って食べている拓也の顔を、何度かチラチラと見た。

拓也もその視線には気付いたものの、あえて語らないまま、食べ続ける。

当たり前だけれど、静かな空間がそこにあり、どちらかが何かを言うだろうと、

待ちながら食事を進めていたら、二人ともほぼ食べ終えてしまった。


「江畑さん、もう、仕事をしないつもりでしょうか」


芳樹のつぶやきに、拓也は黙ったままお茶を飲む。


「それとも、ちょっと休んで、スパッと気持ちを入れ替えますかね」


拓也は湯飲みを置くと、横に置いた書類を見始めた。

芳樹は拓也の顔を見た後、自分の湯飲みを持つ。

芳樹は一応、口をつけたものの、すぐに元の位置に戻した。


「僕では……役に立ちませんね、こういうとき」


芳樹は、一人だけ全てを知っているというこの状態を、

どうにか生かすことが出来ないのかと、本音をつぶやいた。

二人の間に、また静かな時間が流れる。


「……だからお前を入れないんだよ、大林」

「エ?」

「お前は……俺に優しいから」


拓也は芳樹を見ずに、書類に目を向けたままそう言った。





『SHIMA』営業部。

彩希に拓也と『福々』とのことを語った冬馬も、複雑な思いを持ったまま、

仕事を始めていた。拓也に対する対抗心があり、これはと思い過去の話を彩希にした。

しかし、彩希の傷ついた表情は、冬馬の思っていた以上のものだった。

あらためて拓也自身に、彩希が気持ちを動かされていたと気づく。

冬馬は携帯を取り出すと、彩希の携帯へ連絡しようとしたが、それは辞める。

そして別の番号を回し、相手の出方を待った。

数回の呼び出し音のあと、出てきた女性に、

『食料品第3ライン』につないで欲しいとお願いする。


「すみません、そこで働いている江畑彩希さんに、用事がありまして。
はい、河西冬馬と言います」


『しばらくお待ちください』という声が届いたあと、

どこかで聞き覚えのあるようなクラシック音楽が、保留音として流された。

冬馬は受話器を握りしめたまま、彩希が出社出来たのか、

出来なかったのか、どちらなのかと心を揺らす。


『はい、食料品第3ラインです』

「あ、あの……」

『申し訳ありません。江畑は本日休暇を取っております』



『休暇』



「あ、そうですか」


やはり休みを取ったのかと冬馬は思い、そのまま電話を切ろうとしたが、

この職場にはアイツもいるのだと気づき、一度軽く咳をする。


「それでは……広瀬さんは」

『広瀬……チーフの広瀬でよろしいですか』


受話器の女性に、『はい』と応えると、冬馬は大きく息を吸い込み、吐き出していく。


『少々、お待ちください』

「はい」


電話は、再び保留音が鳴り始めた。



25F-③




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コメント

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ありがとう

joelさん、こんばんは
ごめんなさい、お返事、遅くなりました。

毎日楽しみにしていただけて嬉しいです。
マイペースに続けていますので、どうか、無理のないように
お付き合いください。
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