25F 崩れた関係 ③

25F-③


冬馬の電話を取ったのはまつばで、受話器を置くと『広瀬さん、電話です』と声を出す。


「俺? 誰から」

「河西冬馬さんという男性です。
バタちゃん宛てでしたが、休みだと話したら広瀬さんはと言われて……」



『河西冬馬』



拓也は、このタイミングで電話をかけてきたということに、

彩希に情報を流したのは冬馬ではないかと思い始める。


「わかった……」


拓也は受話器を取ると、通話開始のボタンを押した。


「もしもし……」

『どうも……河西です』


冬馬は以前、会ったときのように、慌てている様子もなく、堂々と名前を名乗った。

拓也は、『おひさしぶりです』と冷静に言葉を返す。


『俺、今『SHIMA』という不動産業者で働いています。
杉山基弘さんを、ご存じですよね』


冬馬の言葉に、拓也は『はい』と返事をする。

杉山は、『三成不動産』時代の先輩であるため、

彩希への情報が冬馬からだと、ここで確信した。


『彩希に、あなたの過去を教えたのは俺です。あいつの心の傷は、ものすごく深い。
だから、その必要があると思いました」


冬馬は、自分の行動を正当化する。


「広瀬さん、以前、あなたにコーヒーショップで会ったときには、
彩希を利用しているだの、独り立ちしろだの、ずいぶん言ってもらいました。
まぁ、そのおかげもあって、今回、あいつにもスムーズに言葉が出ましたよ。
お前も、利用されているだけだぞと』


冬馬は、そう強い口調で言い返す。


「利用しているつもりは……」


拓也はそんなつもりはないと言おうとしたが、言葉が続かなかった。

そのつもりはなくても、結果的にそう見えてもおかしくない。


『あなたという人は、自分が準備不足のためにうまく出来なかった仕事を、
放り出した人だと、俺、杉山さんから聞きました』


冬馬は、『俺は負けませんから』と言葉を続ける。


『俺は、この仕事が向いていると思っています。前のようにふらふらした立場ではなくて、
きちんと正社員として給料ももらえるようになりました。俺は逃げません』


拓也は、冬馬の言葉を黙って聞き続ける。


『俺は、彩希のために一人前になります。あいつを利用するためではなくて、
あいつが本当に笑えるように……』


冬馬はそういうと、拓也の言葉を待つことなく、電話を切ってしまう。



『あいつが本当に笑えるように……』



ツーツーという音が耳に届き、拓也はゆっくりと受話器を置く。

一方的な冬馬の言葉だったが、拓也の気持ちには刺さるようなものだった。

『彩希のため』と言える立場にいることが、

自分とは違い、未来に向けた言葉が出せることに、じれったさとともに、

嫉妬に近い感情が浮かんでくる。

8年前の過去があるため、拓也が今までしてきたことは、全て崩れ落ちてしまった。

彩希の中に残るのは、『8年前の自分』だけになったのだと、大きく息を吐く。


「ちょっと、喫煙所にいるわ」


拓也はそういうと立ち上がり、部屋を出て行ってしまう。

電話を渡したまつばは、どこか拓也の様子がおかしいと思いながらも、

聞き出すことなど出来ず、ただ『わかりました』と応えていた。





『伊丹屋 新原店』



彩希は、電車に乗り継ぎ、店の前に到着した。

平日なのだから、人の出入りはそれほどでもないと思っていたが、

イベント会場では、今人気の『パッチワーク』に関する展覧会が行われているらしく、

年配客だけでなく、若い女性もたくさん入っていた。

彩希は、エスカレーターの場所に行き、上へ向かう客とは逆に、

そのまま地下食品売り場へ降りていく。

まず、目に入ってくるのは、生鮮食品のコーナーだった。

色とりどりの野菜や果物が並んでいる前を通り、そのまま贈答品のエリアを目指す。

『リリアーナ』のように、『KISE』と同じ店舗も存在したが、

目立つ位置にあったのは『yuno』など、『伊丹屋』とだけ取引をしている、

メジャーな店舗だった。彩希は『yuno』の場所を通り過ぎ、その奥へ向かう。

形がかわいくて、味の想像がつかないもの、また、『KISE』だったら、

これに似ているというものなどを、売り場を隅まで回り買い集める。

まだ、昼食を取っていなかったので、店舗の隅にあるベンチに腰かけ、

ひとつずつ味わいながら、その味や値段、残しておきたい特徴などをメモに取った。





その日、彩希は結局『伊丹屋』と『東栄百貨店』をめぐり、

それぞれの地下食料品売り場を歩き、気になる商品を買うと食べて時間を潰した。

それなりの電車に乗り、それなりの時間を計算し、家に戻る。

玄関から中に入ると、佐保が包丁を使う音が、彩希の耳に届いた。

靴を脱ぎながら、これから起こるだろう会話の準備をする。

『どうだったの』と聞かれたら、『なんとか仕事をした』と返すこと。

そう念じながら、リビングに入る。


「ただいま」

「おかえり、夕食の支度手伝って」

「うん」


重たい足取りで部屋に向かい、とりあえずベッドの横に腰かけた。

バッグを開けて、今日それぞれの店舗で気になった店や商品を書き記したメモを出す。

その時には、ただ書きとめておこうという思いが先に立ったのに、

今、あらためて見直してみると、どうしてこんなことをしたのだろうと、

自分自身が不思議に思えてきた。

拓也と顔をあわせることが嫌で、職場にウソをつき休みを取った。

明日からは売り場に立つ日だけれど、

また来週には本社へ行かないとならない日がやってくる。

ライバル店の商品を知っても、『第3ライン』で仕事が出来なければ、

何も役に立てることなど出来ない。


「はぁ……」


彩希は、メモをバッグにしまうと、母に怪しまれないように、

食事の支度を手伝おうと下へ降りた。



佐保は、明らかに食事のペースが遅い彩希を見ながら、

今日はどういう一日だったのか、それが気になっていた。

茶碗とお椀を重ね、冷蔵庫から麦茶を出すと、2つグラスに入れる。


「ねぇ、彩希。今日はどうだった?」


彩希は、やはり母から質問が来たと思い、途中になっていた箸をおく。


「うん……なんとか」


こんな仕事をした、あんなことがあったなど、

以前なら、佐保に語れることがいくつもあった。

しかし、今日は出社していないので、何も言うことが出来ない。

それでも、何か言わなければならないと思ったとき、佐保が麦茶を前に置く。


「彩希」

「何?」

「今日、行かなかったのでしょ、仕事」


佐保の思いがけない言葉に、彩希はどうしてそんなことを言うのかと返した。

今日は、招待客のシールを出したとか、まつばと一緒にお店のリストを見たとか、

それらしきことを言って、納得してもらおうとする。


「ウソつかなくていいでしょ」

「ウソだなんて……」

「だって、本社の勤務日は、いつもこんな時間に戻れないもの」


佐保は、彩希が戻ってきた時間で、すでに『ウソ』を見抜いていた。



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