25F 崩れた関係 ④

25F-④


彩希は状況に気付き、下を向く。

売り場担当の日は、早番と遅番があり、

佐保がまだ食事の支度中に戻ってくることもあるが、

本社勤務日は、社員と同じように5時以降の退社となるため、

どう頑張っても6時を過ぎることになる。

彩希は、『伊丹屋』など売り場めぐりをしていたからなのか、つい、

売り場勤務の時間で、家に戻ってきてしまった。

今日は特別だと言おうとした口が、閉じられる。


「行きにくかったのでしょ、昨日の今日で」


佐保はそういうと、麦茶を一口飲んだ。

彩希は小さく『うん』と返事をする。


「ますます行きにくくなるのに」

「だって……。まともに広瀬さんと顔を合わせて仕事が出来る気持ちにならなくて。
どうしようって迷ったけれど、体が勝手に電車を降りたから」


彩希は、途中のままの食事を横に置き、麦茶に口をつける。


「広瀬さんだって、彩希に会いにくいと思うわよ」


佐保は、明日も休みにするのかと、彩希に尋ねる。


「それで、一日何をしていたの」


佐保の問いに、彩希は今日一日の行動を話した。

映画を見ていたが途中で嫌になったこと、電車の中で『伊丹屋』の広告を見て、

そこから店の売り場めぐりをしていたことなど、どんなものを食べたのかまで、

覚えている範囲で、しっかりと語る。


「黒糖?」

「うん……。見た目よりしっかりと味がついていて、美味しかった。
もっと、和菓子のイメージだったけれど、クリームに混ざっていても、
おかしくないなって」

「うん」


佐保は、彩希の話を聞きながら、あらためて『味を見抜く力』を感じ取る。


「彩希」

「何?」

「明日からはどうするつもり?」


佐保は自分の食器を片付けようと、お盆に乗せる。


「明日からは売り場だから、ちゃんと行くつもり。少し冷静に考えられると思うし」

「そう……」


彩希はあらためて箸を握る。


「彩希にとって、何が一番大事なのか、しっかりと考えなさい」


佐保はそういうと流しに向かい、食器を洗い始める。

彩希はその水の音を聞きながら、残りを食べることになった。





次の日、彩希はいつもの電車に乗り、ホームに下りた。

すると、ほぼ同じ時刻に、反対側のホームにも電車が入る。

彩希は、拓也に会ったらどうしようかと思い、慌てて階段に向かう。

降りていく人の中に紛れ、そのまま『KISE』へ入った。


「バタちゃん、ねぇ、悪いんだけど」

「今、運びます」


彩希は職場に出ると、昨日の分を取り返す勢いで、積極的に売り場に関わった。

少なくなってきた商品の補充から、客の相手。

そして、納品の確認など、とにかく動き回る。

竹下も高橋も、バタちゃんがいてくれたら違うわねと、嬉しそうに笑い、

メーカーの社員たちも、売り場が明るくなるわよと、笑ってくれた。


「すみません、これ、お願いします」

「はいよ」


納品車が入る場所まで台車を押し、そこからまた売り場に戻ろうとする。

すると、数名の作業服を着た男性が、目の前を通り過ぎた。

その一番後ろに武と拓也が続く。

彩希は、拓也に気付き、その瞬間、足が止まった。


「あ……江畑さんおはよう」

「……おはようございます」


何も知らない武は、昨日の今日なので、彩希に体調はどうなのかと尋ねた。

彩希は、大丈夫ですとなんとか笑ってみせる。


「そうなんだ、それならよかったよ。週明けには見本があれこれ届くからさ。
長岡も、江畑さんの感想が聞きたいって、そう言っていたし」


武の後ろにいる男性が、何やら設計図のようなものを見ながら拓也に話しかけている。

会話をしているのは武なのに、彩希の目はそこを通り抜け、

どうしても拓也に向かっていく。


「広瀬さん」


武が拓也に声をかけたので、拓也が顔を彩希の方へ向けた。

彩希はとりあえず、顔を合わせなくて済むように、下を向く。


「江畑さんにも見てもらいましょうか。売り場のことは、俺たちよりも詳しいですし」


武はそういうと、自分が持っていた設計図を彩希に渡そうとする。


「ごめんなさい大山さん。今、お客様を待たせているので」

「エ? そうなの?」


彩希は武にそれだけを言い、立ち去ろうとしたが、

配送を手伝う男性に、台車を置いていかないようにと、注意されてしまう。


「あ……はい」


彩希は仕方なく台車のところに戻り、空のままで売り場に向かう。

拓也は彩希の慌てぶりを見た後、軽く息を吐いた。


「なんだかおかしいですね、江畑さん。客を待たせているって言っておいて、
台車を押していくなんて……」

「大山、行こう」

「はい」


拓也は、彩希が自分を避ける気持ちがよくわかるだけに、複雑な気持ちになる。

どうしても仕事に穴を空けるなと、強く言いきったものの、

今の状態の彩希に、無理やり仕事をさせる意味があるのだろうかとも考え始める。

元々、『KISE』の売り場担当として、仕事をしていたのだから、

本人の希望通り、戻してやったほうがいいのか、気持ちが揺れる。

業者の人間と売り場に出てみると、自分と会って気まずい顔をした彩希が、

明るい笑顔で、接客を始めていた。





「バタちゃん!」


ランチの時間。恵那と出かけた彩希のテーブルに、まつばが合流した。

二人とも揃って、体調はどうなのかと心配してくれる。


「うん、もう大丈夫」

「驚いたよ、急だったから。何かあったのかなって」

「うん……」


恵那は、急に暑くなってきたので、体がついていかないのかもしれないと、

そう分析する。


「それでもたいしたことがなくてよかったよ」

「そうそう」


二人の心配に、彩希はありがとうと返事をするだけだった。





次の日も彩希は売り場担当だったため、いつもの時間に出社した。

ロッカールームで制服に着替えながら、今日もまた、拓也が顔を出したら、

どういう態度を取ろうかと、あれこれ考える。

本社に行かなければ絶対に会わない相手ではなく、

今、働こうとしている食料品売り場の、形を決めているのは、間違いなく拓也たちだった。

彩希はあらためて制服姿の自分を鏡に写す。

『いらっしゃいませ』の笑顔を作ってみるが、どこかしっくりとこなかった。





「これは」

「昨日、突然届いた。とにかくどうするのか考えないと」

「はい」


彩希が、あれこれ考えているその頃、拓也にはある問題が降りかかっていた。

朝、届いたFAXに益子と目を通す。送って来たのは、『リリアーナ』だった。


「それにしても、突然ですね」

「まぁ、こっちに対する警告だから、突然なことに意味があるのだろう。
春の動きに何も言って来なかったから、
うちが、そのまま秋のイベントへ動き出したことがわかり、このタイミングで出してきた」


『リリアーナ』が突きつけてきたのは、商品ラインナップについての書類だった。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【25】滋賀   埋もれ木  (求肥で白あんを包み、抹茶を加えた和三盆でまぶした和菓子)



26F-①




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