26F 願いを築く人 ②

26F-②


彩希が向かったのは『チルル』だった。

最寄り駅から続く、上り坂を登っていく。

崩れてしまった焼き菓子を見た時、彩希の脳裏に父や祖父と親しい、

『チルル』のオーナー毅の顔が浮かんだ。

そして毅は、ここに何度も足を運び、復活を願った拓也のことも知っている。

彩希は、『過去』のことが明るみに出て以来、

どうしてもぬぐえない違和感を、違う視点で考えてもらえるのではないかと、そう思った。

閉店間際の店内には、1人の客がいたため、

彩希は大きなクスノキがある場所に立ち、接客が終わるのを待った。

その客は、注文したものを取りに来たのだろう。大きな紙袋を2つも受け取っている。

最初は店番の奥さん一人だったが、中から毅も現れ、客に挨拶をしていた。

10分ほどすると、その客が帰り、誰もいなくなったため、

彩希は『こんばんは』と声を出し、中に入った。


「あら、彩希ちゃん」

「すみません、まだ閉店前なのに」

「何を言っているの。そんなこといいのよ。あなた、ねぇ、彩希ちゃんよ」


奥さんは、奥にいる毅に声をかけた。

中から作業服を着た毅が、『いらっしゃい』と言いながら、店に出てくる。


「すみません、急に」

「彩希ちゃんなら、いつ来てくれたってOKだし。もう、そろそろ店じまいだ。
今、紅茶でも入れるよ」

「いいですよ、そんな。片付けをしてください」


奥さんも、せっかく来たのだからと、彩希に椅子を薦めていく。

彩希はすみませんと言いながら、出してくれた椅子に腰掛けた。

それならばと、彩希も片づけを手伝い、最後にシャッターを閉めていく。

看板を入れると、奥さんは扉にカギをかけた。


「彩希ちゃんのおかげで、早く片付いたけれど逆に悪かったな。
手伝わせてしまったよ」

「いえ、その方がゆっくり紅茶を、いただけます」

「あはは……そうか」


毅は作業服を脱ぎながら、復活した商品の評判はどうだろうかと、彩希に尋ねてくる。


「はい。以前よりも売れている気がします」

「本当? そうやってまた、その気にさせるつもりだろう」

「いえいえ」


彩希は、『チルル』が売り場に戻ってきたことを、

本当に喜ぶお客様がたくさんいたと、毅に説明した。

毅も、『KISE』で買って初めて食べましたって人が、

ここのところ増えてきたよと、声を出す。


「あ、そうそう。今、紙袋2つ買っていった人も、『KISE』の売り場で、
うちを知ったらしいから」

「本当ですか」

「あぁ……」


毅は、そう言って笑った後、彩希がここに来たのは、

もしかしたらまた取引停止じゃないだろうねと、笑い出す。


「そんなことはありませんよ。違います」

「ほぉ……それならばよかった」


毅は、それならどうしたのと、彩希に問いかける。


「白井さん」

「ん?」

「急に変なことを聞きますけれど、父から、家を出て行く前に、
何か聞いていませんでしたか?」


彩希は、そろそろいなくなって3年になろうかという、父、晶のことを、

毅に尋ねた。



父の晶と、祖父の新之助。

その両方と親しい『チルル』のオーナー毅。

彩希は、定まらない気持ちをとにかく語ろうと、まずは父のことを話す。



「晶のこと? どうしてそんなことを急に。
俺が何かわかっていたら、彩希ちゃんと佐保さんに話すよ。そんな意地悪はしない」

「……そうですよね」


彩希は、奥さんが出してくれた紅茶のカップをつかみ、頷いていく。


「どうしたの彩希ちゃん。晶さんから、連絡でもあったの?」


奥さんは、彩希の前に、形が崩れてしまったものだけれどと、

焼き菓子を置いてくれる。


「いえ……違うんです。実は……」


彩希は、先日、とある話をしている中で、

母の佐保が、父、晶は姿を消したのではなく、

どこかで和菓子と関わっているのではないかと思っていることを、

初めて自分に語ってくれたとそう話した。

毅は、紅茶に口をつけながら、話を聞き続ける。


「佐保さんが、そんなことを」

「はい。お父さんは、ここから逃げたわけじゃなくて。
きっとどこかで和菓子の修行をしているって……。
そうでなければ、自分宛にお金を送ってくることはないだろうと、そう言うんです。
家族を捨てたつもりなら、そんなことはしないと……」


彩希の言葉に、毅は『確かに』と頷いてみせる。


「母は、『少し時間を……』と父に言われた少しというものが、ずっと続いているって。
そう思っているって。今までそんなことを一度も言ったことがなかったのに」


彩希は、あえて今まで、父の話題をさけていたけれどと、付け足していく。


「晶の話を、急にした理由は何? 何かきっかけがあったの?」

「もしかしたら佐保さんには、連絡でも入っているのかしら」

「いや、それはないだろう。そうなら、彩希ちゃんに言わないわけがない」

「そうよね」


毅と奥さんの会話を聞きながら、彩希は『実は……』とその先を話しだす。


「実は、過去のことを思い出すような出来事が起きまして」

「過去? あの、開発騒ぎのこと?」

「はい」


彩希は、ここに一緒に来た拓也が、実は以前、『三成不動産』に勤めていて、

あの開発騒ぎに関わっていたことを話した。

毅は畳んだエプロンに手を伸ばしたが、その動きを止める。


「あぁ……この間、彩希ちゃんと来てくれた、『木瀬百貨店』の彼か」

「はい……あの」

「あ、そうか……あぁ、そうだ。そうだった、思い出した」


毅は両手を一度あわせ、パンと音をさせる。


「そうか……そうだったか。あぁ、どこかで見かけたと思ったんだ。
そうだ、『福々』でだ」


毅は、開発騒ぎの中、『福々』に出かけ、移動するのか、どうするのかと、

新之助と晶が話し合う席に、時々同席したと話し出す。


「そうそう、だからだよ……あの頭を下げた姿勢で、不思議に感じたんだ」

「あなた、一人で何言っているの、こっちには伝わらないのだけれど」


奥さんは、彩希が話しの途中で急に毅が何かを思い出したため、

そこから何も言えなくなっていると、フォローする。


「おぉ、ごめん、彩希ちゃん。うん、そう、彼は『三成不動産』の人だった」

「白井さん、広瀬さんに会っていたのですか」

「会ったといえば会ったね。ただ、俺が彼と会ったのは、いつも外。
『福々』に入る前だった。大家が不動産会社と結託して、ほぼ話を進めていたために、
新之助さんたちも、場所を空けざるをえなくてさ。それが不満だって、他の店主たちも、
色々もめてね」


毅は、拓也が各店に謝りに向かい、何度も頭を下げていたとそう言い始めた。


「興奮が収まらなかったのか、ほら、彩希ちゃんの家の3軒隣?
あそこ、確か同じ商店街に店を持っていた人だったよね」


当時の江畑家と同じように、大家から店舗と家を両方借りていた人は数人いた。

店も近く、家も近くという間柄だったため、よく顔をあわせた人も多い。


「山口さんですか?」

「そうそう。文房具店をしていた人。あの人の家の前で、彼、頭を下げていて、
確か、生卵をぶつけられていた。あぁ、そうだった。思い出したよ、色々と」

「生卵?」

「そうだよ、ちょうど俺が通ったときでさ。彼の肩辺りだったな、
こう、生卵がタラッと……彼だって1社員だからね。
全てをどうにかする力なんてないんだ。みんなわかっているのに、
あの時は当たるところがなくてさ。とにかく何度も彼が、謝罪をしに来ていたもので、
そこで、ついなんだろうけど」


毅は、新之助が拓也にどら焼きを渡そうとしていたことも、合わせて話した。


26F-③




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