26F 願いを築く人 ③

26F-③


「おじいちゃんが……」

「そう……もういいよって。あんたがこれだけ謝ることじゃないって、そう言っていた。
でも、彼は受け取らなかった。申し訳ないという思いが、強かったんだろうな。
新人で、先輩の言われたとおりに書類を持って回って、印鑑を押させるまで、
頑張ったことには変わりないからさ」


毅はそういうと、畳んだエプロンをハンガーにかける。


「偶然とはいえ、その孫娘である彩希ちゃんと、彼が一緒に仕事をねぇ……。
神様も意地悪だな」


毅の言葉に、彩希は小さく頷いた。

毅から聞き出す拓也の話は、逃げているというより、なんとかしようとしたように思え、

彩希が、冬馬から聞いたものとは少し違って見え始める。


「互いに、その事実を知ってしまって。私も急なことだったので、頭が混乱して。
もう一緒に仕事をしたくないと言っていたら、母が急に……」

「晶がどこかで和菓子を関わっていると」

「はい、修行しているって。あの『福々』は確かに看板を下ろしたけれど、
まだ、これで全てが終わったわけではないみたいなことを」

「うん」


毅は、確かにそれはその通りだと、頷き返す。


「俺もさ、あの晶が、あの出来事で全てを終わらせてしまったと、
思えないところは確かにあるんだよ。とにかく和菓子作りに情熱があったし。
ただ、じゃぁどこにいるのかと聞かれても、わからないだろ」

「はい」


彩希は紅茶と一緒に出してもらった、『チルル』の焼き菓子を手に取り、包み紙を外した。


「そうか、あの彼がねぇ……。確かに、あの出来事に関わっていたと知ったら、
確かに、互いに仕事しにくいかもしれないな」

「……はい」


包み紙から出てきたのは、焼き色の揃った、かわいらしい『フィナンシェ』で、

彩希は両手で半分に折ると、まずはその半分を口に入れる。

柔らかい甘みと、細かい生地のコクが、口に広がり始めた。

『yuno』のように、華やかな包み紙ではないけれど、その分、

『チルル』の焼き菓子の方が、彩希は、いつもの自分のまま味わえる気がする。


「辞めようと思っているの? 彩希ちゃん」


毅は、そういうと、彩希を見た。

彩希は、『違います』と言えずに、黙ってしまう。


「そうか、『KISE』を辞めようと思って、ここに来たわけだ、違う?」


毅は、彩希の気持ちはわかると言う意味で、何度か黙って頷いてみせた。


「正直、どうしようか迷っています。過去のことを知った次の日は、
まともに広瀬さんと顔をあわせる勇気がなくて……で、仮病を使って休みました。
昨日と今日は売り場だったので、なんとか出ましたけど、
でも、本社の人なので、売り場にも顔を出すし。実際、昨日は思いがけず会ってしまって、
私、わけのわからない理由をつけて、逃げましたし」


彩希は、以前の拓也なら、お構いなしに用事があれば関わってきたが、

結局、その後、コンタクトはなかった。


「なんとなく、向こうも接しにくいのではないかなと」

「接しにくい」

「はい。私が『KISE』にいること自体、
互いに『過去』を思い出すだけになるような気がして……」

「うーん……」


彩希は、考えている毅の顔を見る。


「白井さん、ひとつ伺ってもいいですか」

「何?」

「どうして許してくれたのですか」

「ん?」

「『KISE』のことを、どうして許してくれたのですか?」


彩希は、『絶対に許せない相手』を許した毅に、そう尋ねた。





その頃、益子と拓也は、一緒に、『リリアーナ』へ向かっていた。

相手の連絡からすぐに対応するほうがいいだろうと、益子は予定をあれこれ変更した。


「部長、無理をさせてすみません」

「いや、相手方もうちが反応したことは、想定内なのだろう。
すぐに今日の設定をしてくれたんだ、ここは応えないと」

「はい」


『チルル』の復活、そして地元の店舗などを手厚く扱うイベントが行われることになり、

『リリアーナ』としては、長い付き合いを『KISE』側が軽んじていると、

そう反旗を翻してきた。『久山坂店』がそういう態度に出るのなら、

今まで、『商品陳列』は、『KISE』を優先にしていたやり方を、

あらためていきたいと、そう訴える。


「相手の要求が、どこまでなのか、見当がつかないな」

「そうですね」

「とにかく、行こう。こんな頭を何度か下げて収まるのなら、それでいい」

「はい」


二人は、色々な場面を想像しながら、『リリアーナ』への道を進み続けた。





「どうして……か」


彩希は、ライバル会社から嫌みを言われたにしても、

身勝手に契約を打ち切った『KISE』に対し、

『チルル』がもう一度、商品を出そうと決めてくれた理由を、聞きだそうとする。


「はい」


毅は、残りの紅茶を飲み干すと、カップを流しに入れた。


「そうだな。正直、最初はもう二度と出すものかと思っていたよ。
いくら大手だからって、身勝手すぎるって」

「はい」


彩希も、その通りだと頷いた。

毅はそばにあった布巾を取る。


「『KISE』との契約が切れるという噂を、どこから聞いたのか知らないけれど、
『伊丹屋』を始めとして、他にも来たからね。うちと契約してくれないかって。
まぁ、情報が早いなと思ったよ。ライバルの隙間に入り込もうというか、
それが競争なのだろうけれど」


毅はテーブルを軽く拭く。


「彩希ちゃんさぁ、俺に言ったじゃないか」

「……私ですか」

「あぁ……この人は大丈夫だって、広瀬さんのことをそう言った。
前の担当者と違って、きちんとお店のことやお客様のことを、考えられる人だから、
今度こそ大丈夫だって」


毅は、覚えていないのと、軽く笑う。


「いえ……たぶん、そんな話をした記憶はあります」


彩希自身、そう思いながら仕事をしていたこともあるため、

それくらいの後押しはしただろうと、頷いた。


「だろ。彩希ちゃんの言葉を聞きながら、
俺自身も、彼にそういうイメージを持ったからかもしれないな。
他の百貨店さんには、ビジネスの匂いしかなかったけれど、あの広瀬さんには、
なんだろう……『願い』みたいなものが感じられたからかもしれない」

「願い……ですか」

「そう。自分はこういう形を築きたい。こういう店にしていきたい、っていう願い。
なんだかさ、『木瀬百貨店』と契約をするというより、この担当者さんと、
一緒にやってみようっていう気持ち? 彼と交渉しているうちに、
そう思わせてくれた」


毅は、人は最終的に心で動くものだと、笑ってみせる。


「今思うと、彼なりに過去の失敗を、今に生かしているのかもしれないけれど、
まぁ、『福々』の話を聞いて、どうしても彩希ちゃんが彼を嫌だと思うのなら、
無理に『KISE』で、仕事をする必要はないと思うよ。
簡単に忘れろと言っても、晶が戻らない以上、忘れていられないだろうしね」


彩希は毅の言葉を聞きながら、父が朝早くから和菓子作りをしていた姿を思い出す。


「それでも、どうだろう……こうして悩んで、考えて、ここに来ていること。
許せないと思う相手を許した理由を聞いてくるあたり、
本当は彩希ちゃん自身、答えを出しているんじゃないかな」


毅はそういうと、サーバーを持ち、おかわりはどうなのかと聞いてくる。

彩希は大丈夫ですと手を振った後、お菓子の半分を口にする。


「彼の『願い』。彩希ちゃんもそれを感じていたからこそ、俺に大丈夫だって、
そう振ってきたんじゃないの? 『過去』よりも『未来』を見たいって」


『過去』よりも『未来』

毅の言葉に、彩希は黙ったままお菓子を食べ続ける。

毅は、佐保さんにお土産だと言いながら、数点のお菓子を袋に詰め始めた。


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