26F 願いを築く人 ④

26F-④


家に向かう電車に乗りながら、彩希は毅の言葉を思い返していた。

拓也の強引さに、振り回されていると思ったときもあったが、

いつの間にか、それが自分をまた違った場所へ、引っ張ってくれていると、

思えるようになった。

仕事をする先輩としても、一人の男性としても、

彩希にとって拓也は特別な存在に変わっていた。

拓也と出会い、そのエリアに引きずり込まれたことで、

売り場で、お客様と向き合うだけだった仕事に、新しい部分が加わり、

より一層、『KISE』の中に、意見を持てるようになった。

それと同時に、もっと色々なことを知ってみたいと、思うようになる。


これから先、来年、また次の年……

そう、『過去』よりも『未来』


しかし、黙って目を閉じると、

拓也が自分に対して、土下座をした時のことがすぐに蘇る。

壊れてしまった『福々』と家族。その気持ちが心の隅に常にあるため、

出会った頃のように、まっすぐな思いのまま、

拓也と顔をあわせる自信が、どうしても生まれてこない。

彩希はスマートフォンで『KISE』のホームページを見る。

時刻どおり進む電車に揺られながら、決められない思いを抱えていた。



その頃、拓也と益子は、『リリアーナ』との話し合いの席についていた。

『リリアーナ』側は、今までどおりの関係性を持てないのであれば、

百貨店の優先順位を変えたいとまで言い始める。


「『KISE』さんが、今までの歴史にこだわらない変化を見せるというのであれは、
それは結構です。御社の考えでしょうから。それならば、私たちの変化にも、
理解を示していただきたい」


具体的に、どことは発表しないものの、『リリアーナ』側は、

どこか別の百貨店との交渉を進めているのだと、そう言い始めた。

益子は、あらためて店舗の規模提示をし、これで理解してもらえないかと話したが、

相手側は渋い表情を見せるだけで、話しは進展しない。


「おたくの地下売り場で、うちの売り上げはどれくらいの位置なのか、
わかっていないわけがないでしょう」

「それはもちろん、理解しています。
決して、『リリアーナ』さんを軽んじているわけではないですし、
商品の売り場構成にも、変化を持たせたつもりです」


拓也は、以前は『チルル』の焼き菓子が、『リリアーナ』の正面に来ていたため、

それを少し移動し、客足の邪魔にならないよう配慮したこと、

仕入れ量も増やすことなく、扱っていると書類を見せる。

互いの立場で意見交換をした時間は、1時間ほどだったが、

これという結論が出ないまま、次回に持ち越しとなった。

益子と拓也は、担当者に頭を下げると、ビルを出る。

会社から100メートルくらい離れた場所で、益子は拓也の肩をポンと叩いた。


「部長」

「気にするな」

「いや、でも」

「俺の経験上、あの対応は悪い兆しではない」


益子はそういうと、軽く笑みを浮かべる。

拓也からすると、『リリアーナ』の要求ばかりを突きつけられた気がしていたが、

益子の余裕な態度に、どう反応すればいいのか戸惑ってしまう。

今までの上司なら、慌てて拓也に怒り出すか、必死に弁解するか、

どちらかだった気がするからだ。


「嫌だと言うのなら、うちから撤退すればいい」

「部長」

「……と、気持ちを固めておけば、またいいアイデアも浮かんでくる。
こっちがドタバタしたり、付け込まれそうな沈んだ顔を見せていると、相手の思う壺だ」


益子は、『リリアーナ』にとっても、『KISE』の売り場は魅力的なはずだと、

そう言いきった。拓也は、横にいる益子の顔を見る。


「部長」

「ん?」

「初めてです」

「初めて? 何がだ」

「入社5年で、5つの場所を渡り歩いた俺ですけれど。
俺以上に、すごい人に会ったのは……しかも上司で」

「そうか……」

「はい」

「ピンチの時こそ、いつもどおり。それが運を呼ぶカギだと俺は思っているからね」


益子はそういうと、楽しそうに笑い出す。

拓也は、この人なら、しっかりとメンバーを導いてくれると思いながら、

駅への道を進んだ。





次の日、彩希は休みだったため、『あゆみの丘』へ向かった。

母親である佐保は、8年前の出来事について話をした時、

まだ、父の晶は、和菓子作りを諦めていないのだと、そう訴えてきた。

そして、『チルル』のオーナー毅は、交渉に向かった拓也に対し、

『願い』を持っている人だと、そう話してくれた。

祖父、新之助は、『過去』をどう思っているのか、彩希はあらためて知ってみたくなる。

『あゆみの丘』へ到着すると、それぞれが簡単な楽器を持って、

前に立つ先生のピアノ演奏にあわせ、リズムを取っていた。

祖母のカツノはコツをつかんでいるのか、楽しそうにタンバリンを鳴らしているが、

祖父の新之助は、周りを見てからやろうとするので、明らかに遅れていた。

それでも、最後まで諦めず演奏を続ける。

彩希は、二人の様子を部屋の隅で見続けた。


「彩希に見られたか」

「見たよ、バッチリ」


レクリエーションが終了し、新之助とカツノは、彩希を部屋へ入れてくれた。

いただきものだけれどと、お茶とぬれせんべいを出してくれる。


「今日は仕事がないのか」

「うん、今日はお休み」

「そうか」


新之助は、椅子に座ると、肩が凝ったと言いながら、両肩を回し始める。

彩希はぬれせんべいの袋を開けた。


「ねぇ、おじいちゃん」

「どうした」

「8年前の開発騒ぎの時、何度も家に謝りに来た営業の人、覚えている?」

「営業の人?」

「そう。広瀬さんっていうの。覚えている?」


彩希の問いかけに、新之助は湯飲みを持ち、少しだけ首を傾げた。

その表情は、あまり動かない。


「ごめんね、思い出したくない話をしてしまって」

「いや、別にいいけれど、それがどうしたんだ」


新之助は、今更どうしてと彩希に問いかけた。


「実はね、今、私が働いている職場に、その広瀬さんがいるの。
あの後、『三成不動産』を退社して、5年前に『木瀬百貨店』に入社していた。
互いに、あの騒ぎに関わっていた人だったって知ったのは、少し前で、
私にとっては、上司のような人だから、一緒に仕事をしないとならないのだけど、
気持ちが、こう……割り切れていないというか」


彩希は、知る前は何でも言いあえたのに、今は顔をあわせることも難しいと、

そう新之助に話していく。


「おじいちゃん、広瀬さんにどら焼きを勧めたのでしょ」


彩希は、そういうと新之助を見る。


「どら焼き? あぁ……そういえば、あったなそういうことが」


カツノもそうでしたねと、新之助と彩希の湯飲みにお茶を足していく。


「あの彼のことか。思い出したぞ。そういえば食べなかったな、最後まで」

「そう……」

「地元のみなさんから、このお店を取り上げてしまったのに、
食べられませんって……なぁ」

「はい」


新之助とカツノは、その当時を思い出しているのか、少し寂しそうな顔をする。


「私、お母さんに仕事を辞めようかなって話したの。
会いづらいし、向こうも仕事しづらいだろうしって」

「うん」

「そうしたら、お母さん。途中で投げ出すのはよくないからって、そう言って」


彩希は、今、『秋のイベント』を組み立てている途中なのだと、自分の仕事を説明する。

『ひふみや』が参加することを話すと、新之助は『本当か』と声に出した。


「いやぁ……あの喜助さんが」

「うん。お店は5月で終わるけれど、最後にって、そう……」

「ほぉ……それはすごいな」

「そうなの……」


彩希は、その決定をさせてくれたのも、

拓也の手柄だと言おうとしたが、頭の方がストップをかけたため、言葉が止まった。



【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【26】京都   八ツ橋  (米粉・砂糖・ニッキを混ぜて蒸し、薄く伸ばし焼き上げた堅焼き煎餅)



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