27F 今の自分が出来ること ①

27 今の自分が出来ること

27F-①


『キセテツ味の旅』

5月で店を閉めると話していた喜助も、

『チルル』の毅同様、拓也に『願い』を感じ取ったのだろうかと考えた。

カツノが椅子を動かしたため、彩希の視線もそこに向かう。


「そうか、喜助さんがよく返事をしたな」

「うん……」


彩希は、新之助の声を聞きながら、

拓也の哀しそうな顔を思い浮かべた自分を、振り切るようにする。


「おそらく、今回のイベントは、
地元の店にこだわってやろうということになったからだと思う。
その代わり、『過去』を知ってしまったのだけど」


彩希は、食べ終えたせんべいの袋を、そばにあったゴミ箱に入れた。


「お母さんがね、お父さんは、今もどこかで和菓子と関わっているのではないかって、
そう言うの」

「晶が?」

「うん。そうでなければ、私たちにお金を送ってこないだろうって」

「送ってこないとは?」

「たぶん、要領が悪いお父さんのことだから、色々と嫌になって消えてしまうのなら、
お金も送って来ないはずだって。俺はここにいる、消えているわけではないと、
示すためだったのではないかって……」


彩希は、ここはあくまでも自分の考えだけれどと、少しだけ微笑んで見せる。


「あ、そう……それに、『福々』は、あの場所で店を終えてしまったけれど、
『チルル』の白井さんや、『ひふみや』の喜助さん。
そして、ここでおじいちゃんたちがやっているお菓子作りの中にも、
『福々』は生きているって」


彩希は、今まであえて父の話を避けていたので、そういう佐保の思いを、

初めて知ったのだと、新之助に話し続ける。


「そうか……佐保さんが」

「うん」


新之助は、お茶を飲み干すと、湯飲みをテーブルに置く。

そしてゆっくり立ち上がると、窓のそばに立った。


「あの出来事がなければと、確かにそう思うこともあった。
小さくても自分たちなりに思いを持って、仕事が出来ていたし。
お前の父親、晶は本当に和菓子作りが好きだったからな」

「うん」

「でも、その『三成不動産』にいたという広瀬さんに、
あれこれ、恨みをぶつけるのもおかしな話だ」

「……おじいちゃん」

「私が見ている中では、彼も犠牲者だった……そんな気がしていた。
だからこそ、もう謝らなくていいと、どら焼きを何度も勧めたのだから」


新之助たちの部屋のベランダに、小さなプランターがあった。

そこに咲く花に、1匹の蝶が止まる。


「晶が、和菓子か……」


新之助はそばにあったティッシュを2枚取ると、かるく鼻をかむ。

彩希も新之助も、近くで聞いていたカツノも、誰も何も言わないまま、

そこから1分近くが過ぎた。


「あいつは本物の大バカだ。佐保さんのようないい嫁さんに、気を遣わせて」


新之助はそういうと、カツノにお茶のおかわりを頼む。

カツノはわかりましたと答え、急須にお湯を入れ始めた。





休みを終えた彩希は、また本社で仕事をする日を迎えた。

先週は、すぐに気持ちが切り替えられずに、思わず逃げ出してしまったが、

あれから週が代わり、自分自身、このままではいけないと懸命に足を進める。

ホームに降り、エスカレーターに乗り、改札を出るところまではよかったが、

左に折れるところあたりから、一気に気持ちが重くなる。


「バタちゃん、おはよう」


戸惑っている彩希に気付いたまつばが、声をかけてきた。

彩希は、振り返る。


「おはよう」

「どうしたのよ、立ち止まったりして。ほら、行こう、行こう。
今日の午後、大山さんが見本のお菓子を並べてくれるって言っていたから。
バタちゃんの本領発揮でしょう」


まつばはそういうと、彩希の横に並ぶ。

まつばのペースに合わせないと、また心配されそうで、

彩希はそのまま本社へ向かった。





まつばと彩希が到着すると、武や寛太はすでに出社していて、

デスクの上には、今日到着する見本一覧が置いてあった。


「これが全て来るわけですか」

「そうそう、結構な数だろ」

「はい」


武と寛太は、一覧表を見ながら、あれこれ意見を交わしていく。

彩希は挨拶をした後、拓也の席を見た。

バッグもないので、まだ出社前だとそう思う。

彩希の隣にあった電話が鳴りだしたが、すぐに気付いたまつばが受話器を上げた。


「はい。『食料品第3ライン』……あ、おはようございます」


まつばは、受話器を持ったまま、何やら頷いている。

彩希はリュックを置くと、

まずはたまっている郵便物をそれぞれのデスクに置くことにする。


「わかりました。そう伝えておきます」


まつばは電話を置き、ホワイトボードに向かう。

書き込まれたのは、『広瀬』の位置に『リリアーナ』という文字だった。


「『リリアーナ』に呼び出されたらしいですよ、広瀬さん」

「呼び出し? またなのか」


武は、一昨日も部長と行かなかったかと、ホワイトボードを見る。


「あれこれケチをつけてきているって、本当なんですかね」

「ケチ?」


まつばは、今頃何に文句を言っているのか、寛太に尋ねていく。


「いや、僕も詳しいことはわからないですよ。でも、ここのところ、
部長も広瀬さんも慌しいから」


寛太は、あくまでも予想だと、まつばに訴える。


「今更だから、あれこれ言っているんだろ。部長も広瀬さんも、イベントを前に、
ごねられても困ると思って、早め、早めに対応している」


武はそういうと、一覧表のコピーを取り始めた。

彩希は、『リリアーナ』の名前を聞き、『チルル』のことを考える。

そもそも、『リリアーナ』とのいざこざは、『チルル』を復活させたことから始まった。

店の規模にこだわらず、お客様が求めているものを揃えたいという、

拓也の『願い』が、この売り場の改革だった。

ある程度、困難を予知しながらも、そこから逃げずにここまでやってきたからこそ、

今までなら考えられないラインナップが揃う。





誰が、『KISE』を変えていけるのか。

誰ならば、思いを形に出来るのか……

彩希の脳裏に、『自分なら出来る』と言い切った拓也の顔が浮かんだ。





拓也は電話を切った後、『リリアーナ』の本社に入った。

あえて自分だけを指名する意味が、どういうことなのかわからないまま、

先日話をした担当者のところへ向かう。

すると、目の前から見覚えのある顔が近付いてきた。

拓也が入るはずの部屋から出てきたのは、『伊丹屋』の純だった。

拓也に気付き、軽く頭を下げてきたため、すぐに返礼をする。


「お久しぶりです」

「どうも」


拓也は、なぜここに『伊丹屋』が来るのか、その理由を考えた。



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