27F 今の自分が出来ること ②

27F-②


『KISE』と『リリアーナ』の混乱から、

『伊丹屋』が何かを仕掛けてくるのだろうかと、純の顔を見る。


「『KISE』さんと『リリアーナ』さんとは、
ずいぶん長いお付き合いだと思っていましたが、
老舗にも『改革』を訴えるとは、またずいぶん思い切ったことをされますね」


純はそういうと、拓也の顔を見る。


「『伊丹屋』との交渉を希望していると、ご連絡を受けまして」


純は『共同ブランド』を立ち上げる話について、

色々と意見を交わさせていただきましたと、余裕の笑みを浮かべる。

拓也は黙ったまま、担当者のいる部屋を見た。


「うちでは、『リリアーナ』さんを別格には扱えませんしとお話しましたが、
それとは別の部分で、意義を感じてくださっているようで。
『うちだけ』というものを扱えるのは、売り上げの拡大につながります」


純はそういうと、またお会いしましょうと横を通り過ぎていく。

拓也は去っていく純の背中を見ることなく、担当者の待つ部屋の扉を目指した。





拓也を呼び、『リリアーナ』が提案してきたのは、さらなる売り場の改革だった。

今まで同様、1番目のカーブの場所を売り場とし、

さらに店舗の装飾も大きなものをつけ、店舗が目立つようにすること。

今までどおり、新商品展開は『KISE』から始めるものの、

新しいブランドの相手は『伊丹屋』になったということも告げられる。


「わかりました。御社の考えを持ち帰り、上司に報告をさせてもらいます」


拓也は、具体的な返事をすることなく、相手のエリアをあとにする。

外へ出ると、夏の日差しは強く、拓也は持っていた書類の袋で軽く影を作った。

そのまま駅に向かい、『木瀬百貨店』の本社へ戻ることにする。

『リリアーナ』の店舗は、確かに創業当時から『木瀬百貨店』の中に存在した。

当時は、手ごろな値段で買えるお菓子自体、今ほど種類がなく、

ある程度、包装紙で相手を納得させられるメーカーは、とにかく強かった。

関東にある『リリアーナ』のメイン工場が、

2つとも『キセテツ』の沿線の延長上にあるため、

数ある百貨店の中でも、関係は特別と言える。

電車に乗り込んだ拓也は、『リリアーナ』に渡された書類を封筒から半分くらい出し、

細かい中身を読み進めた。

読めば読むほど、『関係性』に甘んじている内容ばかりを感じ、思わずため息をつく。

改札を出ると、いつもの『コーヒーショップ』に向かい、『アイスコーヒー』を買う。

そのカップを手に持ったまま、横断歩道を渡った。

エレベーターは使わずに、階段を上がる。

部屋に近付くと、中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「バタちゃん、こっち、こっち」


まつばの前には、先週、顔を見せなかった彩希がいた。

拓也は彩希の顔を見ると、その場で立ち止まる。

初めて、『第3ライン』で仕事をした日、何もわからないから戻りたいと、

言われたことを思い出す。

それから半年が経ち、彩希はしっかりとメンバーに溶け込んだ。

その役割は、拓也の舌代わりというだけではなくなっている。


「広瀬」

「あ……すみません、遅くなりました」

「いや、『リリアーナ』から呼び出されたと、大山から聞いたが」

「はい」


拓也に声をかけた益子は、拓也と一緒に喫煙所に向かった。

拓也はそこで渡された書類を出す。益子は一通り目を通した。


「他の店に対しての文句は、とりあえず引っ込めたわけだ」

「そうですが、売り場の変更は、少し」

「これくらいは想定内だ。向こうもこれ以上の交渉は、関係性を壊すだけだと、
そう思ったのだろう」


益子は書類を封筒に戻す。


「部長。『伊丹屋』と新ブランドを立ち上げる話を進めるそうです。
長い間、パートナーはうちでしたが、それは……」

「やりたいと思うのなら、やればいい。うちだって、『リリアーナ』以外の店と、
新しい絆を掴もうとしているのだから。向こうにだけ黙って同じ場所にいろというのも、おかしなものだ。別のエリアに入ってみて、
初めて、こっちがよかったと、思うこともあるかもしれない」

「……はい」


益子の言っていることが、わからないわけではなかった。

しかし、拓也にしてみると、『ごね得』のような気がしてしまう。


「部長。『チルル』を復活させると決めたとき、実力で勝負をして欲しいと、
お願いした方向性とは、全く違ったことになっています」

「広瀬」

「はい」

「『リリアーナ』のやり方が、正しいとは言わない。しかし、あの店が好きで、
うちに買い物に来るお客様がいることも事実だ」


益子は、こちらの目的としていた『チルル』の復活、

そして、地域の店にスポットライトを当てたイベントに対して、

口をつむんだ『リリアーナ』のプライドも、大切にしようと拓也の肩を叩く。


「イベントが成功すれば、それが既成事実になる」

「……はい」


拓也は益子に書類を渡すと、メンバーの待つ部屋へ戻ることにした。





「午後も、見本が来るからね」

「見本って、どれくらい来るの?」

「どれくらいかな」


その日のランチは、恵那を交えて、まつばと彩希の3人でテーブルを囲んだ。

まつばは午前中に食べた『野菜のチップス』が美味しかったと、恵那に語る。

彩希は、箸を動かしながらも、途中で入ってきた拓也の表情が、

優れなかったことが気になった。メンバーが挨拶をする中、

彩希も頭を下げ、拓也もそれに気付き、挨拶を返してくれたものの、

やはり、以前のように、思いが行き来しているようには、感じられなかった。

自分には、成し遂げるだけの力があると宣言してくれたあの強さはなく、

どこか疲れているようにさえ見えてしまう。


「バタちゃん」

「……ん?」

「どうしたの? またボーッとして」

「あ、ごめん」


彩希は、まつばと恵那が心配そうに見ていることに気付き、

また箸を動かし始める。定食に入っているからあげが美味しいと、

あえて明るく振舞って見せた。





「はい、みなさん注目……。残りの見本が届きました。
まずはそれぞれ、味わってみてください」

「意見も聞きますからね、ちゃんと食べてくださいよ」


その日の午後も、武とまつばあてに、今回のイベントで導入される予定のお菓子が、

『見本』という形で届けられた。中には数種類あるうちから、

3つに絞らなければならないものもあり、武はエリカにも意見を求める。


「そうねぇ……私はこれが好きだけど」

「横山さんは『アーモンド』ですね」


武はメモの中に書いてある味の種類に、しるしをつける。

寛太は、さっぱりとした柑橘系の方がいいのではと意見をし、

まつばはどちらも捨てがたいと、悩みだす。


「広瀬さんは、どうですか」


武がそう尋ねると、数秒遅れて拓也の顔が上に向いた。


「ん?」

「ん? ではないですよ。広瀬さん。見本ですよ、これ」


武は、どこか上の空に見える拓也に、見本のお菓子だと、さらにプッシュした。

拓也は味などわからないからと言おうとして、彩希の方を見る。

ここでいつもなら、彩希にどう思うのか聞くところだが、

『福々』と拓也の関係を知ってしまったあの日以来、

まともに話をすることがなかったため、声をかけること自体、ためらってしまう。

人を頼りに出来ないのなら、自分自身食べてみようと思うが、その手が止まる。


「江畑……」

「あ……はい」


拓也の声に、彩希はすぐ振り返った。

彩希自身、思いがけないタイミングで拓也に声をかけられたので、

慌ててデスクに足をぶつけてしまう。


「お前……」


彩希の目を見ると、拓也は過去の日を告白した時の、

悲しい目を思い出しそうになったが、あえてそれを振り切ろうと商品を3つ前に出す。


「お前は、どう思った」


『お前』と彩希を呼ぶ拓也の視線は、少しズレた場所になる。


「えっと……『アーモンド』は香りが広がるので、美味しいと思います。
ただ、『小豆』もこういった形で味わえるのは、珍しいですし」


彩希も、意見を言うものの、視線は拓也の方には向かず、商品ばかり見てしまう。

そして、どちらがと言い切ることなく、最終的には好みの問題だけれどと、

話を止めてしまった。


「そうか、珍しいねぇ……」


拓也は包み紙を開き、その『アーモンド』を口に入れる。

全てを食べてから、さらにまた別のものを口に入れた。


「どうですか」


拓也の意見はどうだろうかと、武は顔をじっと見る。

他のメンバーもリーダーがどう判断するのかと、その一言に注目した。



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