27F 今の自分が出来ること ③

27F-③


拓也はその視線を自分自身で確かめながら、包み紙を小さく丸める。


「俺はわからない」

「は?」

「これ、どっちが『アーモンド』だ」

「……それって、どういう舌ですか」


これだけ時間をかけておいてと、武は呆れ顔になり、

エリカは組んでいた脚を、組みなおす。

結局、拓也以外のメンバーの意見をぶつけ合い、今回売り場に取り入れるのは、

『アーモンド』の味に決定した。

その日、彩希にはこの一度だけ拓也から声がかかったが、

その後は席を外すことが多く、会話をすることはなかった。

彩希は退社時間になったため、書類を全て片付ける。



『江畑』



今まで、拓也に何度も呼ばれた自分の名前なのに、今日だけは思い切り慌ててしまった。

母や『チルル』のオーナーから拓也の過去を聞き、

彩希はそれなりに納得し、ここまで来たつもりだったが、

やはり1日は今までよりとても長く、売り場にいたときとは比べ物にならないほど、

時計の針がゆっくり進んでいる気がした。





『あ……はい』


彩希が感じているような違和感を、拓也も同じように感じていた。

イベント準備は問題なく進み、それぞれが役割分担をこなしている今の状態は、

順調と言うべきものなのだろうが、彩希のことを考えると、

本当にこれでいいのかという思いが、大きくなっていく。

武に見本となる商品の感想を聞かれ、確かに彩希はそれなりの答えを返していたが、

以前に比べると、その答えには『キレ』を感じられなかった。

どこか上の空で、どこかに何かを置き忘れてしまったような、

ふわりとした状態に、あらためて拓也は自分の罪を振り返る。

『KISE』を生まれ変わらせるために、彩希の力が必要だと考えていたが、

今のような彩希では、味への鋭さが消えてしまう気がした。

それならば以前のように売り場へ戻せばと思うものの、

自分が『第3ライン』にいる以上、この前のように会うことになってしまう。

拓也はくわえたタバコの煙の行方を目で追いながら、

『決断』するのは自分自身だと、言い聞かせた。





拓也が物思いにふけっている頃、彩希は家に戻り、

押入れに放り込んだバッグを取り出していた。

『ラミナス』の試食会という仕事が生まれ、『褒美』という約束が重なり、

拓也が彩希に買ってくれたものになる。

拓也が昔、『福々』を閉店に追いやった人物の一人だと知り、

あまりの怒りに放り投げていたが、気持ちが少し冷静になった今、

あらためて取り出してみる。



『福々を閉店に追いやった男』



そう強く思ったあれだけの怒りも、自分の中では数日しか続かなかった。

今、このバッグを見るだけで、拓也に持った思いが彩希の気持ちの中に、

どんどん押し寄せてくる。

『お客様のためにはどんなことでもする』という今の視線を、

拓也が持ったきっかけが『福々』の事件だとすると、

決してあの出来事は無駄になったわけではない。

彩希がいまだに行方のわからない父を、冷静に待つ母、佐保から、

そう言われたことを思い出す。

彩希は、和菓子職人にはならなかったが、祖父や父のように『お菓子』を愛し、

『KISE』に訪れるお客様が、満足して帰ってくれるようにと願いながら、

毎日商品を薦めてきた。

彩希は携帯を取り出し、とあるホームページを開く。



『和茶美』



以前、『伊丹屋』の純から情報を得た拓也が、

『第3ライン』のメンバーたちに、その味を確認させようとしたが、

『和茶美』では注文販売などを一切行わないことがわかり、結局叶わなかった。

それでも何か手繰り寄せられないかと思った彩希は、

オーナーが昔『雫庵』という、有名和菓子店で修行をしていたという事実を知り、

『KISE』の売り場で、少し似ているものを探し、皮と餡、それぞれを分析した。

彩希の話に『和茶美』のレベルの高さを、間接的に理解した拓也が、

それに並べるものとして、『ひふみや』の喜助と掛け合い、

『夢最中』をイベントに出してもらうことを了承してもらった。


『チルル』、『ひふみや』、そして『和茶美』。

新しい味を知りながら、今まで、出来ないと思っていたことが、

拓也の力で、前に進み始めた。


彩希自身も、この味を知り、そして……

過去と現在、そこから生み出される拓也の『お客様に対する』力を、

これからのために信じてみたくなる。



勢いとはいえ、『土下座』までさせてしまった彩希の罪は、

また何も拓也に返していない。



彩希は、ホームページで電話番号を知り、しっかりとメモに取った。





次の日も、彩希は『第3ライン』の中で、懸命に仕事を進めた。

見本に関しての意見を語り、まつばに頼まれた書類の印刷も、時間内に終える。


「すみません、お先に失礼します」

「あ……バタちゃん、お疲れ」


その日の彩希は、定時になるとすぐに本社を出た。

駅の構内に入る前に、コーヒーショップへと足を運ぶ。

席を取り、そこで初めて『和茶美』に電話を入れた。

数回の呼び出し音が鳴り、カチャンと音がする。


『はい、『和茶美』でございます』

「あの……」


彩希は、自分は東京に住んでいるものだけれど、

店まで行けば、全ての商品が買えるのかと、電話口の女性に尋ねる。


『はい、基本的には、店頭においてありますので……あ、申し訳ありません。
『彩』だけは、しばらく予約のものを作るだけになっておりまして』

「『彩』って……」


『彩』というのは、『伊丹屋』が秋のイベントに、並べると言っていた、

どら焼きのことだった。彩希は、実際、その味を知ることが一番の目的なので、

どれくらい待てばいいのかと、すぐに尋ねる。


『そうですね……すでに予約が入っておりますので、3週間は見ていただかないと』

「3週間ですか」


絶対に待てない日付ではなかったが、彩希の気持ちはそこまで引っ張れない。

それでもその場でごねるわけにはいかず、

彩希はわかりましたと、とりあえず受話器を閉じる。



彩希の気持ちとは、みんなで手がけているイベントの下準備終了後、

『KISE』を去ることだった。

本社の仕事だけを辞めるのではなく、『KISE』自体をやめ、

また別の場所で、何かを始めようとそう考える。



『お客様のために……』

その思いを、これからも長く『KISE』を作っていける拓也にたくせるように。



昔、興味を持ったものを買い求めるため、父、晶がしていたように、

彩希は有給を使い、『和茶美』の和菓子を買いに行こうとそう考えた。

しかし、目的のものが『3週間待ち』では、ただ時間を過ごすことになる。

彩希は『和茶美』のホームページの中に、ある1文を見つける。



『伊丹屋 秋のイベントにて。東京初めての進出』



彩希は、『伊丹屋』の文字をじっと見た後、すぐに電話番号を探し出した。



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