リミット 1 【神との約束】

1 【神との約束】

「大事な話があるんだ」

「大事な話?」


なんて、とぼけた口調で返事をしたものの、咲の鼓動は速まるばかりだ。

2年半付き合ってきた彼氏から、大事な話と言われて、期待しない女がいるのだろうか。


「いつもの店で待ってる」

「わかった」


急いで身支度を済ませ部屋を飛び出し、原チャリを運転し彼の待つ場所へと向かう。

大学を出て、旅行代理店に勤めた咲のところに、客として訪れたあいつは、

ちょっとしたきっかけから大事な人へと変わる。

銀行マンで真面目な彼は、どんなふうに決めゼリフを言うのだろう。

指輪を出して、普通に『結婚してください』そんなふうに切り出すのだろうか。

咲の頭の中で、何人ものあいつが、繰り返しプロポーズをする。

目の前の信号が青に変わり、咲がアクセルをふかすと、とんでもないブレーキ音とともに、

突っ込んで来た車が見えた。


「エ、何?」


そして……。




「おい! どっちにするんだね」


咲がゆっくりと目を開けると、一面は白い雲に覆われていた。

なぜか体は思い切りだるく、頭も痛い。


「ここはどこですか?」

「言えないなぁ……。まぁ、宙ぶらりんなことは確かだが」


頭は真っ白で手には太い杖を持つ、一人の老婆がそこにいた。

咲の方を向き、時々ニヤリと笑う。


「どっちに行く? 右か、左か」

「どっちってどういう意味ですか?」

「あんた、自分の状況がわかってないのかね」

「状況?」


その老婆は太い杖で雲の真ん中をグルグルかき回す。するとそこに小さな穴が開き、

何かが見えた。


「道路の真ん中に倒れているのがあんただよ。ほら、見えるだろ」


その光景に咲は声が出なかった。バイクから放り出され、

救急車へ乗せられている自分らしき女性は、頭から血を流し、顔色も真っ青だ。


「あんたは事故に遭ったんだよ。このままじゃ死ぬね。
いや、もう死んじゃったと言った方が正しいのかな?」

「死ぬ? 困ります! そんなことダメです」

「ダメって言われても起きた事故はなくせないよ。さぁ、どっちにする?
左はそのまま天国。右は……」

「右は?」


なんとなく予想が付きながらも、咲は老婆に問い返す。


「グルッと1週回って天国!」

「……」


ガハハ……と大きな声をあげて笑い出す老婆に、咲は怒りの声をあげた。


「私、プロポーズされに行くんです! 下へ戻してください!」

「プロポーズ?」


「そうです。2年半付き合ってきた彼に、呼び出されて、
今、その言葉を聞きにバイクで走ってたんですよ。しかも信号だって青だし、
悪いことなんてしてないじゃないですか! 冗談じゃないわ。
ふざけるのも……って夢でしょ、これ」


老婆は杖で咲の頭を2度叩くと、ジーッと見つめ、何秒かの沈黙の後、

何かを決めたらしく、大きくうなずいた。


「あんたねぇ、今、ここで死んでるんだよ。本当に、
半年で幸せになれる自信があるんだね!」

「あります」



『半年なんて、かからないわよ……』



咲は言葉には出さなかったが、自信だけはあった。


「よし、あんたの目は嘘つきじゃないね。その話を信じることにするよ」

「じゃぁ」

「ただし、条件がある。リミットは半年。この半年でちゃんと幸せになること。
これが条件」


今、この場を離れて、彼の元にさえ行ければ、全ては解決するのだからと、

咲は何度も頷く。


「これをよく読みなさい、ほら……」

「何ですか? これ」

「契約書だよ。ここに書いてあることを守らなければ契約終了。
つまりあなたの一生もそこでおしまい」


手渡されたピンクの紙にはなにやら書き込まれていたが、

咲はそれを奪い取るとたいして確認もせずに、わかりましたと返事をした。


「まずは病院からだよ。一応あの事故に遭ったんだ。それだけはわかるね」

「はい……とにかく下へ!」


そう言った瞬間、ものすごい光の眩しさに、咲は目の前が一瞬で見えなくなる。

耳鳴りもするし、頭も痛い。それでも、そのうちに……。


「咲! 咲! ねぇ……目を目を開けて」

「……姉ちゃん」


母と弟の卓の声がしたため、ベッドに寝ている咲は、

それに答えようと左手を少しだけ動かす。


「あ、動いた……先生! 先生!」

「奇跡かもしれないですね、これは」

「ありがとうございます」


何日も昏睡状態だった咲が、しっかりと意識を取り戻した時には、

事故からすでに6日が経過していた。


「頭を強く打ったって言われてね。体は全然傷がないのに。
もう、お母さんどうしていいか……」

「そう……ごめんねお母さん」

「よかった」


母は、咲の手を何度もさすりながら泣き続ける。父を3年前に亡くし、

田舎で弟と暮らしている母に、咲は、自分が早く幸せになるところを見せてやりたいと、

いつも思ってきた。


「会社にも連絡して、みなさん喜んでくれた」

「……篤志は?」

「来てくれたわよ、すぐに。僕が呼び出さなければってすごく心配して……」

「そう……」


篤志が来てくれていた。咲はそれだけで元気になれる、そんな気がする。


「何か会う約束でもしてたの? 篤志君と……」

「うん……」


そうよ、お母さん。私、プロポーズをされるところだったの。咲がそう言いかけた時、

病室の扉がガラリと開く。


「咲……」

「よっちゃん……」

「義成君、来てくれたの?」


昔からの幼なじみ、竹本義成は地元の寿司屋の一人息子だ。

家族ぐるみでずっと親しくしてきた、咲にとっては兄弟みたいな存在。


「心臓止まったぞ!」

「バカ! 止まったらここに来られないでしょ!」

「……そうだけどな」


二人が将来結婚してくれればと、親同士の勝手な願いがあったことは知っていたが、

咲は、お寿司屋のおかみさんになるつもりはなかった。

いつも、人のことを心配してくれたよっちゃんだが、

その関係にちょっぴり重さを感じる。


東京で就職を決め、一度故郷に戻った時……。



『ごめん、よっちゃん……。私は、よっちゃんを男としては見られないよ……』

『わかってるよ……』



正直者で、優しいこの男を傷つけてしまったあの日のことを、咲はすぐに思い出す。

申し訳ないと思いつつも、期待させてしまうようなウソをつくことは出来ない。

それが咲の、義成への想いだった。




それからしばらくして、咲は集中治療室を出た。検査も順調にこなし、

病院に泊まりこんでいた母も、昼間顔を覗きにくるくらいに変わる。


「うん、いいですね、これなら退院の日付を決めますよ」

「本当ですか?」


心の中で、小さな咲が何度もガッツポーズをした。

点滴の器具を引き、ベッドへ向かいながら、心はすでに退院後のことを考える。

布団をめくるとそこに茶色の封筒が置かれていて、中にはピンクの紙が見える。


「あ……」


それはあの時、老婆と交わした契約書だった。


  『半年以内に、好きな男に幸せにしてもらう』

  ・自分から相手に気持ちを伝えて誘導しないこと

  ・リミットが半年であることを誰にも言わないこと



その他、小さな約束事が書かれていたが、たいして読みもせずに封筒へ紙を戻す。

咲は、カバンから携帯を取りだし、病院内で携帯がかけられる場所へ向かい、

ベンチに腰かけ、短縮番号を押した。



『滝本篤志』



何度目かの呼び出し音の後、咲の耳に、懐かしい声が届く。


「もしもし、咲?」

「……篤志」

「もう、大丈夫なのか? 電話なんてかけても」

「大丈夫よ、退院の日付も決まりそうなの。心配かけてごめんね」

「……いや、僕があの日に君を呼び出したから……こんなことに……」

「もう、大丈夫だってば……」



『そう、あなたが私にプロポーズすれば、全てOKなんだもの!』



咲は、告げてはいけない言葉を、なんとか飲み込む。


「ねぇ、話しがあったんでしょ? 何?」

「……いいよ、まだ。退院してからゆっくり話したいんだ」

「……退院してから?」

「あぁ、とにかく体をしっかり治してほしい。明日にでも見舞いに行くよ」

「いいわよ。今忙しいんでしょ? この間も忙しくて夜も遅いってぼやいてたじゃない。
無理しなくていいから」

「……うん」



『大丈夫よ、篤志。ゆっくり大事な言葉を私にください……』



咲はそれから2週間後に退院をした。母と弟と篤志が病院に来てくれて、

荷物をアパートへ運ぶ。


「久し振りだ。3週間もドタバタしてたんだね、私」

「ねぇ、咲。大丈夫なの? しばらく田舎に戻ってくれば?」


母はすぐにでも一人で生活をするという咲を心配し、実家へ戻るように勧めてきた。

咲は首を振り、その提案をやんわりと拒否する。


「ううん。早く普段の生活に戻したいの。お医者さんもそう言っていたでしょ?」

「そう?」



『お母さん、早く篤志と幸せになりたいのよ……私』



気を気かせた母と弟が帰り、部屋には篤志と二人きりになる。

いつものようにTVを見て、食事をして、スムーズに時間が流れた。


「じゃぁ、帰るよ……」

「……ねぇ、話しって何?」


忘れてなかったのか、と、篤志はその瞬間、すぐに咲の方を見た。


「ずっと、気になってるの。教えて」

「でも咲、退院したばかりだし、いいよ。もう少し落ち着いてから……」

「今、聞きたい」


咲の真剣な表情に、篤志はその場に立ちつくす。

幸せなセリフを言う男にしては、なんとなく表情も晴れ渡っていない気がして、

一瞬、咲は不安になる。


「何?」


老婆との約束『自分から相手に気持ちを伝えて誘導しないこと』

だから、私は何も言えないのだと、咲は表情だけで訴えた。


「わかった、言うよ」


覚悟を決めた篤志は、自分を見つめる咲に、真剣な顔でこう言った。



「二人の交際を白紙に戻してくれないか……」


                                    神のタイムリミットまで、あと160日





うん、うん、いいよ、この先どうなるの? という方……

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コメント

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ももちゃん♪ こんばんは~☆

面白いよ~! 実は夕べ睡眠時間3時間・・・。だから眠たい・・・。
でも読んじゃった・・・面白くてe-278

でも咲が 勘違いしてるんじゃないかって・・・実は最初から なんとなく読めちゃってたんだけどね(^_-)-☆

今日は このお話だけ読んでまた次回ゆっくり 他のも読ませていただきますね~e-463

ちゃこちゃんどうも!

ちゃこちゃん、こんにちは

早速来てくれてありがとう。
リミット読んでくれたんだね、
これは、私が初めて書いたものなのよ。

今読むと、恥ずかしいんですけど(笑)

まぁ、楽しんでください。

でも、ちゃこちゃんとはブログでの
おつきあいだからさ、
あんまり『創作読まなきゃ!』って
ならないでね。
強制にはしたくないので。

今日は、我が家の方はいい天気です
そちらはどうなのかな?

新作はまだ大事にとっておいて、まずは大好きだった『咲&深見さん』を・・・。何回も繰り返しヨンでるのに、ココのも新鮮で。あ~、よっちゃんって病院の時から来てたのね~なんて新たな発見があったりしてます。v-10

この師走に色々しなきゃいけない事は多々ありますが・・・何にもしなくなりそうです。(笑)

ラピュタさん、新作は取っておく発言、思い切り笑ってしまった(笑)

ごめんなさいね、まだ、慣れてなくて、よく見たらすごく読みにくかった。
レイアウト少しずつ変えてますので。

それにしても、深見と咲、何度も読んでもらっているのに、また見てもらえて、嬉しい限りです。

私にとっては、初めての創作で、今読み直すと、頭を抱えたくなるくらいの文章力なんですけど、まぁ、これも歴史だということで、許してやってください。

思い出した!

何を思い出したかというと…

「ありえね~展開!

…でもって、やっぱこの男じゃないのか?」

リミットを初めて読んだ時の私の率直な感想です。

でもねえ~、読み続けていくと、咲の応援団になっちゃったのよね。
本当にこの娘が心配で仕方がなかった。

その気持ちを思い出しました。v-237

ほんじゃ、又v-222

こぴさん、どうもv-363


>ありえね~展開!

確かに。天国から戻ってきた女だからね、咲はv-39

でもね、この作品は、自分にとって
初めてのオリジナルだったので、今でも印象深いものなんです。

読み直してくれて、ありがとう。
コメントも、とっても嬉しいですv-290

これからいったいどうなるのって、
とても気になります~。
後でユックリ、お茶とお菓子用意してから
読みに来ます。
これは応援、押して帰らねば。

いらっしゃい

えめるさん、こんばんは!


>後でユックリ、お茶とお菓子用意してから 読みに来ます。

はい、ぜひぜひ、来て下さい。
初めて書いた作品なので、今読み返すと頭を抱えたくなることも多いのですが(笑)

応援、ありがとうございます。

咲はここからです

nunさん、こちらでもこんばんは!


>ナ・ナント・・・。やっぱり、別れ話かぁ、咲ちゃん空気で気づけよ。

あはは……。ねぇ、気付けない咲が、ここから変わっていきますからね。
お暇なときに、こちらも最後まで、読んでくださいね。