27F 今の自分が出来ること ④

27F-④


「異動?」

「はい。秋のイベントが終了したら、『第3ライン』から外していただきたいと」


その頃、拓也は益子と一緒に、『KISE』の4店舗会議に出席し、

その帰り道にいた。益子はどうして急にそんなことを言うのかと、聞き返す。


「広瀬、君があれこれ売り場を異動しているのは、私も知っている。
しかし、自分から願い出るのは、今まで……」

「はい、ありません、初めてです」


拓也はそういうと、それだけの理由がありますと益子に話す。

益子は、拓也の肩を叩き、後でゆっくり聞こうと声をかけた。





『山田数行』



彩希と拓也がそれぞれ悩みの中にいる頃、

純も得た情報がそれ以上の展開を見せないことに、じれた時間を送っていた。

今までに付き合いのある『老舗』と連絡を取り、

店を辞めて『和茶美』に向かった人がいないかと探りを入れたが、

結びつく人物は現れず、もう少しでわかると言っていた部下からもいまだに報告がない。

すると内線電話のライトが光る。


「はい、栗原です」

『すみません、ちょっと妙な電話が入りまして』

「妙な電話?」


電話の女性は、『栗原純』という人をお願いしますと言うだけで、

部署を聞いても、わからないとしか言わないという。


『栗原という社員はもう一人おりますが、純となると、栗原さんかと』


ただ、正確な情報を知らない相手の電話をつないでいいのかと、連絡が入った。

純がすぐに時間を確認すると。午後6時を少し回っている。


「相手は、自分の名前を名乗っているの?」

『はい……江畑彩希と』


純の顔が、彩希の名前を聞き、緊張から笑みに変わった。


「江畑さんか……わかった。その人は確かに知り合いだから、
すぐに電話をつないでくれ」

『いいのですか』

「あぁ……仕事とは言いきれないところで何度かお会いしたので、
きっと、僕の所属などわからないのでしょう」


純はそう言いながら、

彩希が、それほどまでして、

自分に連絡をしてくる理由はどういうことだろうと考え始める。

しばらく呼び出し音が鳴り、プツンと音がした後、『もしもし』と声がした。


「もしもし……栗原です」

『あ……お忙しいところ、すみません。江畑彩希と言います。あの……』

「大丈夫、それ以上言わなくても、覚えていますよ、きちんと」

『すみません』


純は、『チルル』が『KISE』に復活したことは、驚きましたと話しだす。


『あぁ……あれは、広瀬さんが頑張ったので』


彩希は、あくまでも拓也が頑張った結果だと、すぐに言い返す。


「そうですか。『KISE』さんが、どんどん手ごわくなると、焦っているところですよ」


純はそういうと、右手で、メモ用紙に『江畑彩希』という名前を書いていく。


「で、どうされました。僕に連絡とは」

『はい』


彩希は、とんでもなくずうずうしいお話なのですがと言った後、

お願い事がありますと、切り出した。


「お願い」

『はい。『伊丹屋』さんが秋のイベントに、『和茶美』のどら焼きを採用されると、
そう聞きました。私自身、『和茶美』の商品を口にしたことはありません。
でも、オーナーが『雫庵』で修行をされた方だと知り、似ている商品は探してみましたが、
やはり、その味がどうなのか、きちんとしたものを知ることは出来なくて』


純は、彩希がどういう店の商品をあげたのかと尋ねた。


『えっと……皮に関しては、うちの売り場にお店を持っている『竹ノ堂』さん。
餡に関しては、やはり『夢最中』が近いのかなと』


純は、その言葉を聞き、エリカから聞いた情報通りだと頷いた。

食料品を扱う部署で、自分の手足となり働く優秀な部下は何人もいるが、

これだけ味に関して、ストレートに考えられる人は誰も知らない。


「ほぉ……見事な分析ですね」

『分析だなんて、いえ、そんな……』


彩希は、和菓子や洋菓子が好きなだけだと、言い返す。


「いやいや、好きだけではそこまでにならないでしょう。
江畑さんは、どこかで味に関する仕事をされたことなどありましたか」


純は、『KISE』に入る前のことを尋ね出す。


「いえ……本当に何も。ただ……」


彩希は、母、佐保が今もまだ、父が修行中だと信じていることを思い出し、

自分も少しだけ気持ちを変えてみようと思い出す。


『私にはきっと、和菓子が大好きで、それに一生を捧げてもいいと思える人の血が、
流れているからだと思います』


口数も少なく、店が忙しく遊びに行った記憶など、ほとんどないが、

今の彩希を作り上げたのは、やはりそこだろうと思い、堂々と言い切った。


「一生を捧げる人の血……ですか」

『はい。祖父と父の血です』


彩希は言った後、なんだか恥ずかしくなり『すみません』と謝ってしまう。


「いえ、謝るようなことではないですよ。本当にそんな才能を持つ江畑さんが、
うらやましいです。今まで、職業柄、色々な商品を口にして来ましたが、
『和茶美』の味はこれと一緒だと、思えるものはなかなかないと思います。
ですから……」

『はい……ですので、買いに行こうかと思いまして』


彩希は、純の言葉の途中で、自分の足で店へ向かうとそう言った。

純は、そこまでライバル会社を調べようとするのは、さすが『KISE』さんだと、

相手を褒めるようなセリフを、言ってみせる。


『いえ、私が行きたくて行きます。どうしても、食べてみたいので』

「江畑さんが」

『はい。想像も、空想もいいですが、やはり本物を味わいたくなりました』


彩希は、昔から、父が絡む旅行はそんなものだったと、受話器の向こうで照れ笑いする。


『私が幼い頃、父がそういった旅行に何度か連れて行ってくれました。
『雫庵』に行ったのも、父がどうしても食べたいからって。
今はもうありませんが、私の家は『福々』という小さな和菓子屋でしたから』



『福々』



純は電話の前に置いたメモに、気になる単語を書き残していく。


『あの……』

「はい」

『それでですね。少し前に『和茶美』へ連絡をしたのですが……』

「あぁ……『彩』は予約しかないと、そう言われたのでしょう」

『あ、はい。そうなんです』


彩希は、他の商品ももちろん買うけれど、どうしてもどら焼きを買いたいと、

純に訴える。


『ずうずうしいことも承知で、どうしてもと連絡させていただきました。
栗原さんにとっては、どうでもいいことでしょうけれど、でも……』


彩希は、拓也を始めとしたメンバーが、秋のイベントに対して、

頑張りを続けていると言おうとして、口を閉じる。

ライバル会社『伊丹屋』にとってみたら、そんなものどうでもいいことだった。


「『和茶美』も商売です。予約さえすれば、手に入るでしょう」

『はい。3週間待ちだと言われました。でも……』


『それでは、時間がかかりすぎる』という言葉を、彩希は言えなくなる。

純は、単純に、拓也が彩希を仕向け、ここに電話をかけさせているのかと思うが、

あえて騙されたふりをする。


「わかりました。少し、待ってもらってもいいかな」


純は、今から『和茶美』に連絡を入れるので、折り返していいかと、彩希に尋ねる。


『聞いていただけるのですか』

「聞きますよ。だって、江畑さんは、そのために連絡をくれたのでしょう」


彩希は、その通りだと思いながら、やはりあまりにもずうずうしかったと、

言葉が出なくなる。


「もしもし……声が聞こえませんけれど、気絶したわけじゃないですよね」

『はい。していません』


純はそれならよかったと笑いながら、一度電話を切りますよと、受話器を置いた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【27】大阪   粟おこし  (米を細かく砕き、シロップと、生姜、ゴマなどを混ぜて固めたもの)



28F-①




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