28F 悩み多き女の一人旅 ①

28 悩み多き女の一人旅

28F-①


純は、受話器を置いた手をそのままで、しばらく動かなかった。

江畑彩希が、『和茶美』の味を想像しようとし、売り場から皮と餡、

別々にものを選ぼうとしたこと。

そして、実家が以前、『福々』という和菓子店だったということ。

純は、携帯を取り出し、すぐに『和茶美』のオーナー、菅山の番号を呼び出した。

親指でボタンを押すと、数回の呼び出し音が鳴り、すぐに声が聞こえる。


「もしもし、『伊丹屋』の栗原です」


純は、『菅山さんにお話があるのですが』と、切り出した。





次の日、彩希はいつもの電車に乗り、『KISE』へ向かった。

『伊丹屋』は、百貨店として歴史も古く全国に店舗があるが、

『木瀬百貨店』は、『キセテツ』の中で、成長してきた企業のため、

関西や九州には店舗がない。

そうなると、情報も限られていて、なかなかライバル店と同じ状況を、

作り出すことは難しかった。

彩希はエスカレーターを降り、そのまま改札を出る。

お中元にはまだ少し日があるため、売り場の方も、それほど忙しくはない。

彩希は、チーフに許可を取ろうと、そのまま『KISE』へ入った。





「おはようございます」

「おはよう」


いつもの時間に出社した拓也のデスクには、

秋のイベントで商品を入れる店舗リストがあった。

和菓子、洋菓子など、バランスよく収まっている。

『キセテツ』の路線を隅までカバーし、今まで、訪れたことのない駅に、

降りるきっかけを持ってもらう。それがこのイベントの目的のひとつだった。

FAXの音がし始め、その紙に手を伸ばす。

地下の食料品売り場での、売り上げ一覧表が、流れ出した。

拓也は各店舗の商品を見る。

店舗の大きさもあるので、その数字だけで全て評価することは出来ないが、

『ライナス』の売り上げラインナップには、定番の中に彩希自身が美味しいと評価した、

新しい商品が堂々と食い込んだ。

『ライナス』の売り上げも、先々週からずっと右肩上がりになっている。

拓也は、幼い頃から、両親が共働きで、

いつもレンジで温めるような食事ばかりしていたため、

味を見抜くのはとにかく苦手で、食事など満たされればそれでいいと、

今まではずっと考えていた。

『甘さ』の中にある微妙な味、匂い、余韻。

彩希は、それを見抜く力が、自然と身についていた。



『もう、頭を上げなさい……あなたが悪いわけじゃない』



あの日、彩希の祖父、新之助がそう言って出してくれた『福々』のどら焼きは、

どれくらい美味しいものだったのだろうかと、拓也は思い始める。



『広瀬の気持ちはわかるが、今はその決断に頷けないな』



自分の過去を語り、異動の判断をお願いした上司の益子は、

拓也の望む返事をよこさなかった。

それでも、彩希との複雑な状況は理解してくれたようで、

『考えておくよ』という言葉を残す。

拓也は、今日は『KISE』の地下売り場に立っているはずの、

彩希のデスクに目を向けたが、すぐに立ち上がり、喫煙所に向かった。





「有給?」

「はい」

「どうしたの急に」

「すみません、確かに急ですけれど……」


彩希は、『お菓子を買う旅』という内容に、どう説明しようか迷ってしまう。

退職したいと言う話しは、旅から戻ってするつもりになっていたが、

ここでしてしまったほうがいいのかもしれないと、彩希はチーフの顔を見る。


「ん?」


その迷いと視線を、チーフは何か言いにくいことがあるのだとうと、勝手に思い込む。


「まぁ、いいよ。僕は江畑さんのプライベートを聞き出したいわけじゃないからね」


女性が答えにくいときは、おそらく恋愛関係のこじれだろうと、

チーフは、わかっているからという合図なのか、両手を動かしていく。


「江畑さんだって、それは色々とあるよね。
君は、今までほとんど休んでいないし、いいんじゃないかな」


『懐の広さ』をアピールしようと、チーフは余裕のある顔で有給の許可を出してくれる。


「ありがとうございます」


彩希は、面倒な説明をあれこれしなくて済んだと思い、

チーフの心など何もわからないまま、頭を下げた。

そしてそのまま従業員用のロッカールームに入り、売り場の制服に着替え始める。



『来週ということなら』



『和茶美の味を知りたい』

立場も状況も考えずお願いした純から、精一杯の返事をしてもらった。

来週2日だけ本社に顔を出し、そこから有給を使い、『味の旅』に出る。


小さい頃からこの舌に、美味しいお菓子を味あわせてくれた祖父と父。

そして、『KISE』の売り場で、楽しく買い物をするお客様。



そして……

自分の中に、気付きもしなかった才能があることを教えてくれた拓也のため、

彩希は、自分が『KISE』に残せる精一杯のことをしようと心に決めて、

売り場へ一歩進んだ。





「エ!」

「なんだよ、その驚き」


その日、純とエリカは、いつも訪れる店を予約し注文を済ませる。

エリカは、彩希が純に電話をかけたと聞き、驚いたと目を丸くした。


「驚いたのは僕の方だよ。あの分析力。彼女の舌は、本当に只者じゃない」

「まぁ、それはそうだけれど」

「広瀬が彼女を使って、『和茶美』を探ろうとしているのなら、
薄々そう気付きつつも、気付かないふりをして……」


純は、裏で拓也が彩希に命令したのだろうと、そう話す。


「命令? それはないと思う」

「ない?」

「広瀬さんは、人をそんなふうに使うことをしないもの。
何かを知りたいのなら、自分自身で堂々と出ていく気がする」


エリカは、おそらく今の彩希の行動は、拓也自身も知らないはずだと言いきった。

純は『そうかな』と首を傾げる。


「なぁ、エリカ」

「何?」

「どうにかならないかな」


純は、彩希を『KISE』から引き抜けないかと、目の前のエリカに語る。


「江畑さんを『伊丹屋』に?」

「あぁ……『KISE』ではなく、『伊丹屋』だ。うちならば、彼女の味覚を生かし、
もっと色々なものを見てもらえる。系列店も全国だから、活躍の場も広がるし……。
彼女さえいれば、本当の意味で、全ての中から選ぶことが出来る」


純は、『チルル』や『ひふみや』を思い浮かべながら、そう話す。


「もっと違ったビジネスチャンスがってこと?」


エリカは、純の目がキラキラしていると、口を尖らせた。


「何だよ、その態度」

「いえ、別に」

「彼女の力を、この目で見てみたいな……」


エリカの不機嫌さなど目もくれず、純はそう言い続けた。



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