28F 悩み多き女の一人旅 ②

28F-②


「『伊丹屋』に連れて行くのは、無理だと思うけど」


エリカはグラスの縁を、指でなぞる。


「無理? どうして。どうせ『KISE』は、売り場の契約で、お金を出しているのだろ。
うちならもっと……」

「そういうことじゃないの。彼女のやる気を引き出せるのは、お金じゃなくて、
広瀬さんだけだから」

「……ん?」


エリカは、ワインを口にした後、さらに『純には無理だ』と付け加える。


「エリカ。君は今、俺が広瀬の命令だって言ったら、それは違うって……」

「そう、違うわよ、命令じゃないもの」


エリカは、彩希は『自分の意思』で動いているとそう話す。


「江畑さんが『和茶美』を調べたいのも、味を知りたいのも、
広瀬さんがあなたに挑発されて、『和茶美』を知ろうとしたからでしょ。
だけどそれがまだわからない。だから、彼女は彼のために動きたいの」

「広瀬のため?」

「そうよ。純が広瀬さんにケンカを売ったことを知って、
江畑さんはその商品を自分で味わってみようと思っている。
ほら、以前見つけた『yuno』と『チルル』のように、
金額ではない『いいもの』を探そうとしている……」


エリカは、自分のことを見る純の前に、指を出す。


「『和茶美』を得ようとしているわけじゃない。
命令されたから渋々しているわけでもない。『和茶美』に代わるものを、
『伊丹屋』と『KISE』が堂々と勝負出来るように、自分の舌で探すため。
あなたではなくて、広瀬さんのために……ね」


エリカの態度に、純は『ふっ』と息を漏らす。


「広瀬拓也のために……ねぇ」

「そうよ。江畑彩希は一途なの。純のお金や地位に、惑わされたりしないから」


エリカはあらためてワイングラスを持ち、口をつける。


「そうか、そこに思いがあるわけだ」


純もグラスを持ち、エリカと同じように口をつける。

『赤ワイン』の強い香りが、喉から鼻へと抜けていく。


「一途ねぇ……だとすると、余計にどうにかしたくなるね」

「純……」

「これ以上、『KISE』に手ごわくなられては、面倒だ」


純はそういうと、残ったワインを飲み干した。





『正式に『和茶美』から許可を得ました。店を訪れた時に、
栗原が許可をしてくれましたとそう言ってください。
予約分しかないのは決まりなのですが、出荷が全て終わるまで、
何かトラブルがあるとまずいので、店には数個、予備があるそうです。
ですので、お渡しは閉店間際ということになりますが』



彩希は、家に向かう電車の中で、純からのメールを受け取り、

『彩』を購入できるという内容に、ほっと一息をつく。



『一つ、お願いがあります。戻ってきたら、感想を聞かせていただきたいので、
一度、僕と食事をしてください。それがOKなら、連絡をいただきたいです』



彩希は、最後の文面に、少し微笑んだ表情が、堅く戻ってしまう。

純と食事など、どうすればいいのかと思いながら、流れる景色を見続けた。





「今、なんて言ったの? 彩希」

「だから来週3日間、旅に出るとそう言ったの」

「旅ってどういうことよ」


彩希は、家に戻ると、週明けからの計画を佐保に語った。

有給をもらったのは2日、そして、本来の休みが2日。合計4日。


「まず、『あゆみの丘』に顔を出してくる。おじいちゃんに話したいこともあるし」


彩希は、春にお花見をしようとしていたのに、祖母カツノの調子が悪くなったため、

取りやめたことを話す。


「おばあちゃんの様子も見たいし、夏の花火大会くらい、一緒に見たいしね」


そして、彩希は駅前であつめたパンフレットを手に取ると、

すぐにスマートフォンで調べ始めた。

佐保の前に置かれたものは、京都のホテルや岡山のビジネスホテルなどが載っている、

カラーと白黒のちらしだった。


「京都? 何、お寺でも回るの?」

「お寺ではないよ、『雫庵』に行ってみようと思う」

「『雫庵』って、あの和菓子の?」

「そう、昔、お父さんに連れて行ってもらったことがあるの。
あの時の味を、自分ではしっかり覚えているつもりだけれど、
もしかしたら記憶違いもあるかもしれないし、今、どんなふうに変化しているのか、
もしくは全く変わっていないのか、それが知りたくて。
京都には他にも寄ってみたい店があるし、近いから大阪にも足を伸ばすつもり」


やる気が全面に押し出されている彩希と違い、佐保は不安が増していく。

拓也のことがわかり、数日間は、あれほど落ち込んでいたように見えたが、

これは果たして本当に気持ちを立て直したのか、

それとも、そう見せているだけなのかがわからない。


「彩希、それならさ、明日職場に話せば大丈夫だと思うから、
お母さんも一緒に京都へ行こうか」

「どうして」

「だって、一人旅だなんて」


こういう世の中だから心配だと、佐保は言い返す。


「一人旅って、表現が大げさだよ。新幹線に乗るだけだし、
外国に行くわけでもなければ、誰も来ないような場所に行くわけでもないよ。
『雫庵』に顔を出して、見たいお店を回って、『和茶美』に行くから」

「『和茶美』? 何、それ」

「ここも和菓子屋。『和茶美』ってお店、色々と話題に上がっていて、
どんなものなのか、取り寄せようとしたのだけれど、
お店以外では一切販売しないというやり方を貫いていて……」

「へぇ……今時珍しいのね」

「うん。謎めいたところがたくさんあるの。だから……あぁ、もう、
うん。そうなの。確かめてみたいことがあるの。だから、行く。
一人だって関係ない。お母さんが心配することもない」


彩希はそういうと、いくつかのホテルに丸をつけた。


「ねぇ、そんなに心配?」


彩希は作業を止めると顔を上げ、佐保を見る。


「当たり前でしょう。嫁入り前の娘なのよ。すぐに電車は乗り過ごすし、
傘だって忘れるし、道だって間違えるし……」


佐保は、本当に危ない場所には行かないのかと、そう念を押す。


「行きません。夜も出歩きません。行ってみたい店を訪れて、
味わってみたいものを買うだけ。でも、東京にいたら無理なの。
そう、『和茶美』はね、『伊丹屋』の担当者さんにわざわざ頼んで、
予約じゃないのに、買わせてもらえるようにしたから、だから……」



『彩希……日本には、まだまだたくさん美味しいものがあるよ』



彩希の脳裏に、父、晶が言ってくれたセリフが蘇ってくる。


「お母さん、私ね、色々なめぐりあわせで、今の仕事が出来た。
『KISE』のイベントに、意見を取り入れてもらうなんてさ、
『福々』が、1週間だけお店を出した頃には考えられなかったでしょ。
大好きなお菓子に関われる仕事につけたのだから、こういう機会を作って、
自分の目で見て、鼻で感じて、舌で味わってみたい。
『感謝の気持ち』を、自分なりの形にしたいの」


彩希はしっかりと佐保を見ながら、そう言った。

佐保は、自分に意見を言う彩希の姿を見ながら、晶が昔、

よく、お菓子を食べにいきたいと、家族を強引に連れ出したことを思い出す。


「感謝の気持ち……」

「うん」


彩希はパンフレットに丸をつけ、折り目を入れる。


「きちんと行動します。約束する。危ないことはしませんし、
連絡も入れます。だからお願い」


佐保は、彩希の口ぶりや態度から、元気に見せようと、

無理に言っているわけではないなと、そう判断する。


「わかった。それじゃ、ちゃんと連絡を入れてね。
それに、泊まっている場所は、わかるように」

「はい」


彩希はわかりましたと頷くと、パンフレットを横に置き、食事をし始めた。





次の日、彩希は仕事を終えた後、駅前の『旅行代理店』に向かい、

新幹線のチケットと、シティーホテルをそれぞれ予約した。

朝食のバイキングだけがついたものだと、新幹線とのセットで、

単独に申し込むよりも、数割お得になるからだ。

旅行にかかる費用は、全て自分で支払うため、彩希はなるべく低予算で済むように、

チケットなども合わせて、購入することにした。

『第3ライン』では秋のイベント準備が進み、

業者との話し合いが増えたまつばの代わりに、彩希はPCでの書類作りを手伝った。

そして、『KISE』の売り場でも、新商品などをうまく取り入れ、お客様に勧めていく。

チーフと約束した『1週間』が過ぎ、『有給』を取ることになるのだが、

彩希は何がどうだと説明するのは面倒だと考え、あえて誰にも言わずに退社した。



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