28F 悩み多き女の一人旅 ③

28F-③


そして、彩希の有給1日目。午前中は『あゆみの丘』を目指した。

新之助とカツノは、大きな広場で、ピアノの演奏に合わせ、

何やら懐かしい童謡を歌っている。

確か、この間は楽器を持ってリズムを取っていたけれどと思いながら、

彩希はゆっくりと近付き、二人の様子を見る。

先生の伴奏に合わせて、それなりに声を出しているカツノと違い、

新之助は、口は時々動くものの、あまり歌っていないように見えた。

それでも、目だけは真剣に先生を捕らえ続け、

曲が終わるまで、手と足の動作を交え、取り組んでいる。


「おじいちゃんも、おばあちゃんも、よく頑張りました」


彩希はそう言いながら、二人に近付いていく。


「なんだ、彩希か」

「彩希……いらっしゃい」

「うん、おばあちゃんはこの間もリズム感バッチリだったけど、
今日も楽しそうに歌っていたね」

「あら、そう?」

「おぉ、おじいちゃんはどうだった、彩希」

「おじいちゃんは……うーん……リズムも歌も……かな?」


彩希の表情に、カツノが口の前に手を置き、笑い出す。

新之助は、人には得意と不得意があると、そう言いながらも、楽しそうに笑った。



施設の職員に挨拶をした後、

その日のレクリエーションを終えた新之助、カツノを連れて彩希は部屋へ向かう。

カツノは、彩希が好きそうだからと、いただきもののクッキー缶を、

テーブルの上に置いた。

何を飲むかと聞かれたので、彩希はそれほど時間がないからと、二人に話す。


「今から旅行?」

「うん……食べてみたいものを見つけて、その場で食べてくる旅」

「ほぉ……」


カツノは佐保と同じように、一人で大丈夫なのかと心配する。


「何をお前は言ってるんだ。彩希だって大人だぞ。
信用してやらないとどうする。なぁ、彩希」

「うん」


新之助は、彩希が向かう店の中に『雫庵』の名前を聞き、

昔、よく晶が話していた店だと、お茶を飲みながら言った。

カツノも黙って頷いている。


「そう、昔は、取り寄せも今ほど盛んじゃなかったから。
お父さん、本当に新幹線に乗って、あちこち、食べに行ったものね」

「あぁ……あいつはそういうヤツだったな。現地で売られているものは、
まずその場で食べてみるのが一番いいって」


思わず出て来た、晶の思い出話に、新之助もカツノも寂しそうな目を見せる。


「そもそも、お父さんはどうして『雫庵』を知ったのかな」


彩希は、生まれてからずっと東京にいた晶が、

どうして京都の店の味を知り、訪ねることになったのかとつぶやいた。

新之助は湯飲みをテーブルに置く。


「それは……おじいちゃんにも……」

「お友達から聞いたそうですよ」


新之助ではなく、予想外の方向から、カツノが理由を語る。


「友達?」

「えぇ……晶から詳しく聞いたわけではないけれど、そんなことを言っていました。
その人が『雫庵』で修行をしたと……確かそんな話だったかしら。
京都という歴史ある街の老舗『雫庵』。その味を、この舌で感じたいってね」

「友達……『雫庵』で修行をした人って、誰だか知らないの?」


彩希は、もしかしたらその人と連絡を取れば、父晶の居場所がわからないかと、

カツノに話す。


「『雫庵』という店にはね、その時にも一応連絡はしてみたのよ。
でも、その友達が誰だかわからないし、『江畑晶』と話をしても、知りませんと言われて」

「そっか……」


彩希は、自分が思いつくようなことは、祖父母もしているだろうと思い、

『そうだよね』と明るめの声を出す。


「晶は元々、口数が多くはなかったから。私も、流れの中で出てきたことだったので、
特に気にとめていなくて。名前をしっかり聞いておけばよかった」


彩希は、過去を思い出しているような、カツノの切ない表情を見る。


「おい、彩希。お前はどこに行くつもりだ」


どこか空気がしんみりしてしまったため、新之助は話を変えようと、

彩希に旅行のことを聞き始める。

彩希もすぐに、自分の決めたルートの紙を取り出した。


「この店もこの店も、魅力的なの。実はね、今、一緒に仕事をしている社員さんに、
長岡まつばさんって人がいるのだけれど、大学時代の友人とか、色々と情報網があって、
以前からちょこちょこっと話題に上がっていたお店たちなの」


彩希は、『KISE』は全国チェーンではないので、

今回はあえて『関西』のみで展開している店に絞って、

色々と味わって見ようと思っていることを話す。


「「これだけの店を回って、お菓子を食べるの? 彩希」

「もちろん買ってくるものもあるよ。でも、出来る限り味わってみたい。
お父さんが昔言っていたように、その場所にも、味のヒントがある気がするし。
私が出来ることは……そこだから」


彩希はそう言うと、新之助とカツノを見る。


「おじいちゃんからお父さん、私と流れていく中で、
私は『舌』に特別な力を持つことが出来たのかもしれない。
今までは、そんなこと一度も考えたことがなかったの。でも、もし、
そんな力が少しでもあるのなら、それを精一杯生かしたい」

「彩希……」

「お母さんが言っていたように、
もし、お父さんがどこかでお菓子の修行をしているのなら、
会えたときに、私はこれだけの味を知ったと言えるくらい、
もっといろんな味を知りたいし、それに……」



『江畑……』



「私にも……そう、こんな私にも『出来る』と思わせてくれた人に、
感謝の気持ちを表したい」


彩希は、拓也のことを思い浮かべながら、そう話す。


「彩希……じいちゃんも、そのお前の旅に協力させてくれ」

「おじいちゃん」


新之助は、自分の財布を取り出すと、1万円札を彩希に渡そうとする。

彩希は資金はきちんとあるから大丈夫だと拒否するが、

カツノは気持ちなのだからもらいなさいと、彩希に声をかける。


「じいちゃんも、佐保さんの言葉をそのまま受け入れることに決めた。
晶が、家族を置き去りにして、わがままをして申し訳ないと謝罪に来るまで、
絶対に『この世』から動かんぞと思っているぞ、彩希」


新之助は、椅子にどっしりと腰掛け、笑ってみせる。


「おじいちゃん……」

「彩希がひとり旅にねぇ……。なんだかこの間まで高校生だった気がして驚きですけれど、
そこまで気持ちを突き動かされているのなら、行動した方がいいのかもしれませんね」


カツノはそう言いながら、彩希の膝を優しくさする。


「カツノ。お前はまだそこにこだわっているのか。男も女も『こう』と決めたときには、
ビシッと行動しなけりゃダメなんだよ。なぁ、彩希」


新之助の言葉に背中を押され、彩希はしっかりと頷いていく。


「お前が言う、『出来る』と思わせてくれた人のためにも、がんばって来い」

「うん」

「そういう『縁』は大事だぞ」



『縁』



彩希は、新之助の言葉に、拓也とのあれこれを思い返した。

数ある百貨店の中でも『KISE』に入り、偶然が偶然を呼びここまで来た。

しかし、それはただ偶然ではなく、過去から続く『縁』だったのだと思うと、

ここからの行動に、さらなる意味がある気がしてくる。



『8年前の辛い思い出から、今、そして未来に続く縁』



「よし、そろそろ行くね。おじいちゃん、これありがとう。遠慮無くいただきます」


彩希は1万円札を両手で持ち、新之助とカツノに頭を下げる。


「二人ともお土産、待っていてね」

「いいよ、そんなもの」

「ううん……そんなこと言わないで。おじいちゃんのプロの舌に、聞いてみたいの」


彩希は、電車の中で食べるねと、

カツノが出してくれたクッキーの袋を一つ手に取った。



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