28F 悩み多き女の一人旅 ④

28F-④


彩希が『あゆみの丘』を訪れている頃、

『KISE』では、いつもと同じペースで仕事が進んでいた。

元々、彩希は売り場に出る日だったため、誰も『有給』に気付かなかったが、

まつばが席を立ち、彩希に会いに行ったため、その出来事がわかる。


「バタちゃん、今日から有給ですか?」

「はい。急で申し訳ないですがと、先週ね。あれ? 本社には言ってないの?」

「はい」

「まぁ、そうか、休みになるのはこっちだけだしね……」


まつばは、高校時代お世話になった剣道部の先生に会うため、

彩希にお菓子を推薦してもらおうと思っていたが、そのあてが外れてしまう。

一度は、そのまま戻ろうとしたものの、

そういえば、近頃、彩希に元気がなかったと思い始める。


「あの……」

「はい」

「もしかしたら、バタちゃん、どこか具合が悪いとか、病院に行くとか、
そういう話しはしていませんでしたか?」


まつばは、彩希の体調が悪いのかと心配し、チーフに尋ねた。

今回の有給は、あくまでも彩希のプライベートと考えていたチーフだったが、

まつばがそう尋ねてきたことで、余計なスイッチが『オン』になる。


「体というより……心でしょうか」

「心?」


まつばはチーフの返事を聞き、少し元気がなかったのは、

やはり何かがあったのだと思い始める。


「あの……」

「江畑さんも女性ですしね、悩みは色々とあるのかと」


チーフは、意味深なセリフだけを残し、荷物が届きましたのでとまつばに頭を下げ、

その場を離れた。まつばは『真実』を何も得ないまま、さらに心配事だけを抱え、

地下通路を通り、『第3ライン』へ戻る。

仕事をするため席に座ったが、自分の前にある誰もいない彩希の場所を見てしまう。

『悩み』の意味を考えていると、目の前に武が立った。


「長岡、契約の書類、出してくれたか」

「あ……はい、すみません、すぐ」

「おいおい、何時だと思っているんだよ、相手来ちゃうぞ」

「すぐにやります」


まつばは、立ち上がるとPC前に座る。


「そういえばお前、どこに行ってたんだよ、
書類出してくれって、さっき声をかけようとしたらいなかっただろ」

「ちょっと久山坂店へ」

「売り場か」

「はい」


まつばは、さぼっていたと思われるのも嫌で、武に事情を語った。

武も彩希が休んでいるとは思わず、そうなのかと声を出す。


「急に有給なんか取って、悩み事ってなんなのだろうかと」

「悩み事?」

「はい。バタちゃん、悩み事があるみたいで」


売り場のチーフが未確認のまま、無責任に意味深なセリフを発し、

さらに思い込んだまつばが、無意識に『意味深』の上乗せをする。


「悩み事? 江畑さんに?」

「はい。ここのところ、少し元気がないなと思っていて」

「うーん……あ!」

「大山さん、何かご存知でしたか」

「いや、ご存知というわけではないけれど、確かに急に動いて足をぶつけたり、
書類を置いたまま、売り場に行ってしまったりがあったな……いや……」


武は途中まであげていた言葉を、否定するように首を傾げた。


「なんですか?」


まつばは武が何か気付いているのかと、意見を聞こうとする。


「いやいや、ごめん。思い返してみたけれど、江畑さんはいつもそんなふうだったなと、
思っただけで……」

「そんなふう?」

「彼女が失敗しない日があったかな……と」

「そんな言い方、ひどくないですか?」


武は、いいから早く出せと、まつばを急かす。

まつばはやっていますと言い返しながら、PCのボタンを連打した。





心の病ではなく、きちんとした目的のため有給を取った彩希は、

『東京駅』から新幹線に乗り、最初の目的地、京都を目指した。

平日の昼間という時間だったため、自由席でも座ることが出来、

富士山や浜名湖、そして名古屋城などを見ながら、少しずつ目的地に近付いていく。



『その人が『雫庵』で修行をしたと……確かそんな話だったかしら』



彩希はその景色を見ながら、カツノの言葉を思い出す。

あれだけの老舗ならば、職人の数も大勢いるはずで、

しかも名前がわからない人を探すことは、とても不可能だった。

それでも、どこかで父、晶につながる気がして、少しでも早く着きたいと思い始める。



『お前が言う、『出来る』と思わせてくれた人のためにも、がんばって来い』



彩希は新之助の言葉を思い返しながら、今頃、いつもように働いているはずの、

仲間たちのことを考えた。





「それなら、水原さんも知らないの?」

「うん、有給を取ることも知らなかった。
やだなぁ、バタちゃんの悩みってなんだろう」


彩希が京都に思いを向けている頃、恵那とまつばは昼食を取るため社員食堂にいた。

それぞれ注文したものを、テーブルに置く。


「うん……ちょっとここのところ、元気がなさそうだったの。
急に話を振られて驚いたこともあったし、じっと黙って下を向いていたり、
ため息だしたりね」


まつばは、イベントの準備が忙しくなったのに、売り場にも立っている彩希は、

頭の中を切り替えるのが大変で、疲れてしまったのだろうかと考える。


「あぁ……疲れかぁ」


二人の話題は、急に有給を取った、彩希のことだった。

まつばも恵那も、『彩希が悩む理由』を思いつくことが出来ないため、

空想と妄想を重ねながら、食事を続ける。

しかし、その斜め横のテーブルにいた男は、

『彩希が悩む理由』に覚えがあったため、『急に有給を取った』という事実に耳を傾け、

『おそらく』の法則を導き出す。

『冷やしたぬきうどん』をすすりながら、

報告する相手が、食堂に現れないかと目をあちこちに動かすが、

今日は仕事が忙しいのか、なかなか姿を見せない。

『斜め横のテーブルにいた男』芳樹は、うどんを完食しテーブルを離れる。

食器を片付けて出ようとしたとき、やっと拓也が入ってきた。

芳樹はお盆に食べ物を乗せて行く拓也の横を歩き、どこかに座るのを待つ。

拓也は芳樹の態度に気付きながらも、会計を済ませ、空いている場所に腰掛けた。

芳樹も当然とばかりに、拓也の前に座る。


「大林君」

「はい」

「注文もしないで、座るというのはどういうことかな。チャージ料金を払え」

「違いますよ、僕はもう、食事は済ませました」

「だとしたら……」

「広瀬さん、大変です」


芳樹は、今、まつばと恵那が彩希のことを話していたと、周りに聞こえないよう、

拓也の方へ顔を近づけた。拓也は一度、二人の席を見る。


「江畑さん、有給を取っているそうです」

「……有給?」


拓也は、過去の話を知ってから、

『第3ライン』での仕事を辞めたいと宣言した彩希の顔を思い出す。

あの時は、仕事に支障が出ては困ると思い、土下座をすることになった。

それからもどこかぎこちなさはあるけれど、さぼることなく出社していたため、

自分さえ異動できれば丸く収まると、そう思っていた。


「有給ですよ、急に有給」


芳樹の態度に、ここで驚くのもおかしいと思い、

それは自由だろと、あえて冷静に答えた。

芳樹は、落ち着いている場合じゃないですよと、拓也に迫る。


「『思い悩んでの有給』だそうですよ。広瀬さんには、原因がわかるでしょう」


芳樹は、まつばと恵那が語っていた話を、さらにパンパンに膨らませ拓也に語った。



【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【28】兵庫   ゴーフル  (薄い煎餅の間に、バニラやチョコのクリームを挟んだ菓子)



29F-①




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