29F 旅の中で出会った味 ①

29 旅の中で出会った味

29F-①


芳樹は、彩希が思い悩んでいて、いつもため息をついていたとか、

売り場のチーフにも、その落ち込みがわかるくらいだったと、

恵那やまつばが話していたことを、デフォルメ状態で話し続ける。


「思い悩む理由……広瀬さんはわかっているじゃないですか。
あれから話ししましたか、彼女と」

「……いや」


芳樹に語ると、さらにややこしくなりそうで、拓也は口を閉じる。


「いや……じゃないですよ。数日間の有給を取ってしまうほど、
追い込まれているみたいなのに」


芳樹は、このままでいいのかと、ひとり焦り始める。

拓也は、結果的に芳樹と同じものになった『冷やしたぬきうどん』をすすりながら、

仕方ないだろうと言い、話がそれだけなら、仕事に戻れと芳樹を手で払った。


「広瀬さん」

「彼女の気持ちは、彼女のものだ」

「そうですけれど、何か……」

「大林」

「はい」

「過去のことはどうにもならない。土下座をしろと言われたから俺はその通りにした。
気持ちの整理をつけるための有給なら、それも彼女の選ぶことだ。
俺にはあれ以上のことなど、出来ない」


拓也は、そういうと、芳樹を見る。

芳樹は、拓也が土下座をしたことを思い出し、何かを言おうとした口を閉じる。


「まぁ、そうですよね確かに。広瀬さんは出来ることをやったとは思います」


芳樹はその通りでしたと拓也に頭を下げ、先に戻りますと席を立つ。

拓也は、何も言わないまま食事を続けたが、芳樹に取った態度と、心の中は、

全く別の思いで埋まっていた。





『京都……京都』


アナウンスが響き、新幹線はホームに入ると、ゆっくり止まった。

彩希は荷物を持ち、新幹線を降りる。

駅では修学旅行の学生たちが到着したため、賑やかな声が響く。

彩希はその賑やかな集団の脇を抜け、地元の電車に乗った。

外国の人を含めた観光客が、駅に着くたび乗り降りを繰り返す。

観光スポットになる寺などがある有名駅から、少し外れた場所に『雫庵』の本店がある。

彩希は駅を降りると、父との思い出を蘇らせながら、一歩ずつ進んだ。


『すごいだろ、彩希。京都の風情そのものが、『雫庵』の菓子の包み紙なんだ』


駅を1歩降りたところから、十分京都の風を感じられた。

さらに瓦屋根と黒塗りの壁。小道のような場所を抜けると、

小さいけれど日本庭園があり、風情は十分だった。

彩希は長めの暖簾をくぐり、扉を開ける。

和装に身を包んだ店員たちに『おいでやす』の声をかけてもらった。

目の前のショーケースには、『雫庵』の名前をあげた商品が、ずらりと並んでいる。

壁には、世界的な賞をもらった賞状に、有名人が店を尋ねてきて、

抹茶を楽しみながら、『雫庵』の和菓子を食べている写真も飾られている。

ベテランそうな店員が、彩希に声をかけた。

彩希はショーケースに並ぶものを順番に見ながら、いくつかの和菓子を注文する。


「あの……」

「はい」

「『雫庵』さんには、どれくらいの職人さんがいらっしゃるのですか」


突き止められないことはわかっていたが、少しでも晶の消息に近づきたい一心で、

彩希はそう店員に語りかけていた。

包み紙を手際よく扱う店員は、店に出ているだけなのでわからないと丁寧に答えてくれる。


「そうですよね、すみません」


彩希はそれ以上追求するわけにはいかないと思い、

別の店員から出された冷茶を受け取り、畳を使って出来た椅子に腰掛け、喉を潤した。

羊羹の数だけで1段を埋め尽くすような並びがあり、

創作和菓子や、生菓子、干菓子などを含めると、種類は思っているよりも多い。

彩希は、自分が昔、父に連れられてきた時とは、少しイメージが違う気がしながら、

商品が準備されるのを待った。





「買いすぎたかも」


彩希は『雫庵』での買い物を済ませた後、近くの観光地をめぐり、

1日目のホテルへ入った。いくら和菓子とはいえ、日持ちは数日間あるので、

『第3ライン』のみんなが、ちょっとでも味見できるように、お土産部分は袋にしまう。

まずは、父との思い出の味、『どら焼き』の袋を取ると、カメラを取り出し、

しっかり写真に収めていく。ナイフを取り出し半分に切ると、その断面図も撮影した。

さらに皮の部分を少しちぎり、また餡の部分だけを少し取り除く。

彩希はそれぞれを味わいながら、全体を味わい、思ったことをメモにとった。



『思い悩んでの有給』



彩希が実際、どんな思いで旅行をしているかなどわからない拓也は、

ほぼ仕事を終えた後、休憩所で一人、タバコをふかせていた。

芳樹には、あえて冷静な態度を取って見せたが、

内心は、急な有給を取るその原因が間違いなく自分にあると思い、

どうしたらいいのだろうかと考える。

彩希の力は、これからの仕事に絶対必要だと思い、

あの場では仕事を辞めることなど許さないと強く出たし、

最終的には土下座をすることにまでなってしまったが、

自分の身を、どう置いたらわからないくらい追い詰められているのならば、

これ以上無理をさせず、一度完全に売り場へ戻ってもらうほうがいいのかと考え出す。


「広瀬さん」


拓也は、エリカの声にも気づかず、長くなった灰にも気付けない。


「あ……」


エリカにタバコを取り上げられた拓也は、やっとその存在に気付いた。


「何を考えているのか知らないけれど、灰くらいちゃんと落としてよ。汚れます」

「……あぁ、うん」


エリカは、拓也の前に座り、ケースからタバコを取り出した。


「江畑さん、有給取っているんだって?」


エリカは、純から聞いた情報で、彩希の旅がどういうものなのか薄々気付いていたが、

あえてまつばや武が話していたと、そう拓也に言った。

拓也は『らしいね』と言うだけで、言葉が続かない。


「長岡さんが心配していたから、近頃元気がなかったって。
広瀬さん、どう思う? そう思っていた?」


エリカは、彩希の元気がなかったかと、拓也に尋ねた。

拓也は、結局タバコを灰皿で消してしまう。


「ごめん。先に、帰るわ」

「……そう、お疲れ」


エリカはその場を離れる拓也を見ながら、タバコを吸い始める。

拓也はポケットに手を入れ歩きながら、ゆっくりと進み、

このままでいいのかどうかと、また考えた。





彩希の休み、2日目の朝。

元気よく朝食のバイキングを食べ、お世話になったホテルを出た。

今日は京都から離れ、いよいよ『和茶美』のある岡山へ向かうことになるのだが、

純から、『予備用』のどら焼きを確保できる権利を得たものの、

閉店するまで、予備のため残しておかなければならず、

取りにいけるのは店が閉まる8時だった。

なので、午前中はまず大阪へ向かい、ネットで調べて興味を持った店や、

地元にある『KISE』のような大きなデパートに数店舗、足を運ぶことにして、

岡山へは夕方になってから向かう予定になっている。

彩希は慣れない駅のホームに立ち、自分の行く場所を間違えないように、

何度か時刻表を確認した。



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