29F 旅の中で出会った味 ②

29F-②


彩希が行動を開始した頃、拓也は『チルル』に向かうため、駅からの坂道を歩いていた。

売り場面積、そして大手企業からの圧力などもあり、扱うお菓子に制限を持っていたが、

秋のイベントは『キセテツ』で行ける店という地域性があるため、

今回だけという目玉商品も、いくつか並べてみようというお願いだった。

この坂を何度も登り、何度も『KISE』に復活してもらえるように頭を下げた。

最初は頑なだった店主が、気持ちを動かしてくれたのは、

自分と同じように、いや、それ以上に『KISE』を愛し、

『お菓子』を愛している彩希の力があったからだと、拓也は考える。

開店を迎えた『チルル』の店では、若い女性や子供づれの奥さんが、

小さな籐のカゴを持ち、楽しそうに買い物をしていた。


「いらっしゃ……あら、どうも」

「すみません、お忙しいところを」

「はい。どうぞ、中に」

「ありがとうございます」


拓也は店番をしている奥さんに言われたとおり、レジの横を通り中へ入った。

店主の毅は、拓也の姿に気付き、片付けの手を休め頭を下げてくれる。


「すみませんね、いつも来てもらうばっかりで」

「いえいえ、扱わせていただいているのは、うちのほうですから」

「そんなそんな」


毅は小さな椅子を出すと、拓也に勧めた。

拓也はありがとうございますと腰かける。


「『ひふみや』さんがイベントに参加されることがわかって、私も嬉しくてね。
これはぜひ、盛り上げないとと思いまして、
今回、イベントのために新商品を考えました」

「エ……」


拓也は、自分が切り出す前に、気持ちがわかってもらえたのが嬉しくて、

すぐに立ち上がり、頭を下げる。


「いやいや、広瀬さん」

「いえ、実は今日、ずうずうしいようですが、
イベントのために普段は扱っていない商品を、扱わせてもらえないかと、
お願いしようと考えていたところで……」

「そうだったのですか」

「はい。まさかでも、新商品とは思わず……」

「それならばよかった。もう少しで完成なので、出来たらぜひと思っていますが……」


毅はそういうと、小さな丸を作る。


「『エスポワール』……希望という名前のお菓子です。
ひとつずつはね、以前からあるものなのですよ、伝統的な焼き菓子。
それを、こうして入れて、一つの小さな箱にまとめています」


毅の説明に、拓也は黙ったまま頷いてみせる。


「彩希ちゃんをね……イメージしていたら出来たんですよ」


毅は、そういうと笑う。


「僕は昔から彩希ちゃんを知っているから。明るいところも、泣き虫なところも、
頑張り屋のところも……あ、そうそう、ちょっと臆病なところもね」


毅はそんな彩希の色々な部分を考えていたら、思い浮かんだとそう言った。


「希望……ですか」

「そう。あの子は傷ついても、それからまた立ち上がって頑張ろうとするんです」


拓也は、彩希と知り合ってからのことを、あれこれ考える。

最初に会った時の、お客様に対する彩希の姿勢は、『店員の鏡』とも言えるくらい、

見事なものだった。その鋭さに驚かされ、顔を覚えていたため、

その後、騙されたり、いいようにされている姿を見ながら、

身勝手にアドバイスを続けてきた。


「広瀬さん」

「はい」

「『三成不動産』にいらしたそうですね」


毅はこの間、彩希が来た時にそう言っていたと話しながら、拓也の前にお茶を出した。


「……はい。僕自身、彼女が『福々』の娘さんだとは知らずにいたものですから。
まさかという思いもありましたし、江畑さんにも、申し訳ないことをしたと……」


毅は小さく何度か頷き返す。


「広瀬さんが、うちに『KISE』へ戻ってきて欲しいという話をしに来た時、
店の前で頭を下げてくれた姿を見て、どこかでお会いしたと思っていたもやもやが、
その話でやっと解けました。僕は、あなたを何度か見かけていましたから」


拓也は『そうでしたか』と下を向く。


「彩希ちゃんには、僕の思いを話しました。確かに、色々とあって、
『福々』は無くなってしまった。それは悔しいだろうけれど、広瀬さんを責めても、
仕方のないことだから……とね」


毅は、彩希が『KISE』への復活を決めた理由を聞いてきたことも話す。


「どうして復活しようと思ったのかと聞かれたから、僕は……あなたの、
広瀬さんの『お客様に対する思い』を感じ取ったからだと、そう言いました」


毅の言葉に、拓也は『ありがとうございます』と頭を下げる。


「いえいえ、彩希ちゃんが言っていたことです。
『広瀬さんは、お客様のことをしっかり考えているって……』。
その時も、自分自身、そう言ったことを、思い出しながら帰っていきましたから」


拓也の耳に、カウンター越しに、お客様の声が届く。

『KISE』で見つけて、もっと他のお菓子を食べたくてここへ来たと嬉しそうに、

話している。


「楽しみにしていてくださいね。『彩希ちゃんのお菓子』」

「……はい」


拓也はそういうと、『いただきます』とお茶に口をつける。

奥さんの大変な様子がわかり、毅も店に出ると、楽しそうにお客様と話し出した。





京都から大阪に入った彩希は、荷物をロッカーに預け、

初めて入る関西の店舗を巡った。

『KISE』とは店の雰囲気も違うし、客の雰囲気も東京と大阪では違っている。

『伊丹屋』にも入ってみたが、どこか土地を借りているお店というイメージで、

東京ほどの勢いは感じられない。

むしろ、関西だけで営業をしているデパートの方が、

地元からは愛されている感があり、彩希の『味見心』をくすぐる商品も多くあった。

まつばが話していた商品や、店員の推し、さらに自分の目で確認したものなど、

商品を購入したビニール袋をいくつかぶら下げて、

あるお店の地下にある、自由に座れる場所に向かう。

買ってきた商品一つずつを写真に撮り、味の感想をメモしていると、

ものめずらしいと思ったのか、2人のおばさんに声をかけられた。


「はい」

「あんた、何をしとるの」


彩希は、自分が東京から来たこと、

色々なお菓子を買って味を知りたいと思っていることなど、軽く説明した。

おばさん2人は、顔を見合わせた後、真剣な表情で頷いてくれる。


「ようするに、スパイやね」


おばさんの一人は彩希に近づきそういうと、ケラケラ楽しそうに笑い出す。

もう一人は、『そないな、今どきスパイやなんて』と言った後、声が大きいわと、

また笑い出した。彩希は、『KISE』で働く竹下と高橋を思い出す。


「ほら、あんた……」


すると、自分たちは今から忙しいからもう帰るけれど、頑張りなさいと話し、

おばさんはこの店の裏道に、小さな洋菓子店があり、

そこのプリンは美味しいという情報を、付け加えてくれた。

さらに去り際には、彩希の目の前に『あめちゃん』をいくつか置いていく。


「あ……あの」


彩希の声に、おばさん2人は『かまへん』と手で合図をし、

楽しそうに話をしながら、その場を離れていく。

彩希はもらった飴の種類が、『黒飴』や『しょうが飴』、さらに『ミルキー』という、

バラエティーに富んだものであることが、楽しくなる。


「プリンか……」


せっかくの情報だからと思い、岡山に向かう前、立ち寄ってみようと思いながら、

また別のお菓子の特徴を、メモに取った。





「それじゃ、お先に」

「お疲れさまでした」


拓也は、自宅とは反対方向の電車に乗った。

最寄り駅で降りると、そのまままっすぐに歩く。

拓也は、仕事を終えた後、江畑家に向かうことにした。

『有給』を取った彩希が、家にいるのかどうかはわからないが、

もしいるのなら、これからどうするのが一番彩希の願うことなのかを、

しっかり聞きだすつもりだった。

『チルル』に行き、悩みの気持ちを吐き出していたのも、彩希のした行動だし、

今、これからの道筋が決められないのは、自分のせいだという思いもあったからだ。

社内にいて話をすれば、他のメンバー達の目もあるため、

あえて、彩希のテリトリーに入り込むことに決めた。

誰かがいるかとインターフォンを鳴らすと、出てきたのは、

以前も挨拶をした、彩希の母、佐保だった。



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