29F 旅の中で出会った味 ③

29F-③


「あら……」

「すみません、突然。『木瀬百貨店』の広瀬です」

「はい。先日は、彩希を送っていただきまして、ありがとうございました」

「いえ……。あの……彩希さんは……」


拓也は、急に有給を取ったと聞き、原因は自分にあるのではないかとそう頭を下げた。


「彩希は……今、家におりません」

「そうですか。それで何時ごろ……」


拓也は、彩希がどこか近所の店にでも行っているのかと思い尋ねた。

佐保は、拓也の態度から、彩希が今、何をしているのか知らないのだとわかる。


「彩希は今、『一人旅』に出ています」

「一人旅……」

「はい。あの子なりに、色々と考えることがあるのだと……」


佐保の言葉に、拓也はやはり『あの出来事』がつながっているのだと思い、

申し訳ありませんと頭を下げる。


「あの……実は。私は昔……」

「はい、彩希から聞きました。というよりも、私自身、
広瀬さんが彩希を送ってくださったとき、ちょっと思い出すことがあって」


佐保は、以前『三成不動産』にいらっしゃったのでしょうと、

そう、拓也に言うと笑って見せた。

拓也は、しっかりと頷き、もう一度、申し訳ありませんと頭を下げる。


「そんなふうに何度も謝らないでください。もう昔のことです」

「いえ……でも」

「広瀬さんがあの出来事に関わっていた方だと知って、彩希は確かに驚いたようですし、
正直、どうしたらいいのかと、悩んでいたようですが……」


拓也は、やはりそういう理由だったかと思い、

これ以上『第3ライン』に残すことは無理だろうと考える。


「でも、今の旅は、そんな後ろ向きなものではないと思いますよ」


佐保から出てきた言葉は、拓也にとって予想外のものだった。

佐保は、よかったら中でお茶でもと、拓也に話す。


「いえ、ここで結構です」


拓也は、8年前、どら焼きを食べなさいと勧めてくれた、

新之助の時と同じように誘いを断った。佐保は、そうですかと玄関先で話し続ける。


「彩希は今、岡山に向かっていると思います」

「岡山……ですか」


予想外の場所に、拓也は思わず聞き返した。


「はい。昨日京都に泊まって、『雫庵』に行くと話していました。
今日は2日目になるので、大阪を経由して岡山に入っていると……」

「あの……」

「『和茶美』という和菓子屋さんに、『彩』というどら焼きを買いに行くようです」

「『和茶美』ですか」

「えぇ……なんだか店以外では売らないから、
どうしても食べるには行かないとならないって、急に言い出して。
私も一人で行くのはと言いましたけれど、絶対に大丈夫だって、言い張って」


拓也は、『和茶美』のどら焼きは予約をしないと買えないはずだと心配する。


「そうらしいですね。なので『伊丹屋』の偉い方に、お願いしたそうです」

「『伊丹屋』」

「えぇ……」


拓也は、それを聞いて『栗原純』のことを思い出す。

以前、彩希とは何度か面識があったと、聞いていた。


「買えるように、してもらえたということでしょうか」

「おそらくそうなのだと思います。なんだか自分で計画を立てて、
張り切って行きましたから」


拓也はとりあえず具合が悪かったわけでも、

過去の事で落ち込んでいるわけでもないのだとわかり、ほっとする。


「あ……そうです。広瀬さん」

「はい」

「彩希が、大変失礼なことをしたと……」


佐保は、『土下座』のことを言い出し、申し訳ないと謝った。

拓也は、そんなことはとすぐに否定する。


「勢いで言ってしまったと、帰ってきてから、あの子も落ち込んでいましたけれど、
色々とあったので、許してやっていただけますか」

「そんなことは、気にしていません。
彼女にとってみたら、悔しい思いがあるのが当然ですから」


拓也は、自分自身、いまだに後悔があると下を向く。


「確かに、あの出来事がなかったらと思うこともありました。
でも、誰が悪かったと、責任を擦り付けるものではないですから」


佐保は、そういうと、もう気にしないでほしいと、拓也に話しかける。


「あの子がこの旅に出たのは、広瀬さんのことだけが原因ではないと思います。
『味』を知りたくて、旅に出るというのは、昔、主人がしていたことですから……」


佐保は、晶のことを思い出しながら、そう話す。


「根っからの職人で愛想もないし、駆け引きなど出来ない人でした。
でも、『味』に向かい合う姿勢は、今でも私の誇りです。
彩希は、その父のためにも、今自分が出来ることをと思って、旅に出たのだと……」


佐保は、身勝手な娘ですみませんと頭を下げる。


「広瀬さんに『土下座」をさせてしまったあの子が、なんとか頑張ろうと、
前向きにやっていることですから。戻ってきたら、その報告を受けてやってください。
あの子なりに、『KISE』のことを思い、動いているのだと思うので」


佐保は、空回りも多いけれどと、軽く笑ってみせる。


「すみません……」

「ほら、ほら、もう。謝るのは辞めてくださいと、そう言いましたよ」


佐保は、彩希が何を見つけてくるのか、お土産を楽しみにしていましょうと言い始める。


「あの……」

「はい」

「私がこんなことを聞くのはあれなのですが。お父さんは……」

「はい、まだ……今のところ、どこにいるのかもわかっていなくて」

「……そうですか」


拓也はわかりましたと頭を下げる。


「突然、このように尋ねてきまして、申し訳ありませんでした」

「いえ……お気をつけて」

「はい」


拓也は彩希が戻ってきてからのことを考えながら、江畑家から駅へと歩き出した。





拓也が佐保と話をしている頃、時間通りの電車を乗り継ぎ、

彩希は『岡山』を目指していた。

閉店前なのはわかっていて、あえて一度『和茶美』を目指す。

店は、和を強調した造りになっている『雫庵』とは雰囲気も違っていた。

商品に向けるライトや、ケースの下に季節に合わせた画像があり、

商品をモデルのように引きたたせる演出が、施されてある。



『本日分は売り切れました』



という看板がついた商品がいくつかあり、

もちろんどら焼きの『彩』も、そのひとつだった。

彩希は、とりあえず一度店を出る。

特に予定があるわけではないので、近くの公園に足を伸ばした。

小さな噴水があったので、その水の勢いを見ながらベンチに座る。

『あめちゃん』をくれたおばさんたちに勧められた小さな洋菓子の店は、

手作りのプリンを確かに売っていた。

バニラビーンズの粒がどうとか、滑らかな舌触りがどうとか、

今流行のものではなかったが、どこか懐かしい、普遍的に愛される味、そんな気がした。

彩希は、小さな子供が母親にねだって作ってもらうプリンの味を、思い出しながら、

ふと前を見る。

少し離れた場所では、小さな男の子が砂場でトンネルを作り、中に電車を通していた。

母親だろうか、その子の近くにあるベンチに座り、何やら本を読んでいる女性もいる。

彩希は背中のリュックを下ろし、その様子を見続けた。

トンネルを完成させた男の子は、嬉しそうに女性へ近付き、頭をなでてもらっている。



『彩希……』



彩希は、自分の描いた絵を、大げさなくらい褒めてくれた佐保の声を思い出す。

ポケットに手を入れると、残っていた『黒飴』を口に入れた。



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