30F 1万円札の行方 ④

30F-④


「どうして受け取らない」

「嫌です。私の旅ではなくなります」

「私の旅?」

「そうです。私が行きたくて行きました。買いたいものも自分で決めました。
だから、広瀬さんからお金をもらうわけにはいきませんし、
それでは、『行かされた旅』になります」


彩希は、純には自分が支払うとそう話す。


「お前が買い込んできた和菓子や洋菓子、ラインのメンバーに渡すんだろ」

「はい」

「だったら、仕事として金は受け取れ」


拓也も負けずに2枚の万円札を押しかえす。


「いいって言っているじゃないですか。別に、今回のイベントに採用して欲しいとか、
意味があってしたことではありません。私の目と、鼻と口で勝手に選んだものです」


彩希は、拓也の押し出した2枚の万円札を、また両手で押し返す。


「ここで俺が、そうですかと引き下がると思うか」


拓也はそういうと、お前の頼みを聞いたのだから、ここは収めておけと、

もう一度2万円を前に出した。

彩希は拓也の顔を見た後、しばらく2枚の札を見ていたが、それをゆっくりと取る。


「そうだよ、素直に……」


彩希は、拓也の目の前で、2枚の札を重ね、それを何度か折ると小さくし、

ラインのメンバーにお土産だと入れてきた袋の中に、入れてしまう。


「あ……」

「受け取らないと言ったら、私は受け取りませんから」


彩希の気合が入った顔に、拓也は『はぁ……』と息を吐いた。

言葉を押し出し続けて喉が渇いたので、ブレンドを飲む。


「……で、あいつといつ会うんだ」

「それはまだ決めていません。きっと、お忙しいでしょうし」


彩希は、これから連絡をして決めますと話し、カフェオレを飲み続ける。

拓也は、みんなが帰ったら困るからそろそろ出ようと、素早くブレンドを飲み干し、

店を出ようとする。


「あ……広瀬さん。まだ私、飲んでません」

「お前の報告は終わったんだろう。だったら飲み終えて来ればいい。
俺は先に行くぞ」

「先って……」


彩希は、せっかくここで話が出来たのにと、少し不満そうな顔をする。

それでも、拓也は一人で店を出てしまったため、

彩希はカフェオレの残ったカップを両手で持つと、慌てて全部飲み干し、

置いていかれたお土産の袋を持つ。カップをカウンターに戻し、

すぐに追いかけようとしたら、拓也は先を歩くことなく店の前で待っていた。


「あれ?」

「行くぞ」

「はい」


彩希は、拓也の少し後ろをついていく。

気付くと、彩希は自然に笑っていた。

『福々』にまつわる過去を知り、あれほどギクシャクしていた拓也との時間が、

『お菓子』という話題に、すっかり元に戻っている。


「なぁ……」

「はい」

「もしも……もしもだ、お前は100%近くないなんて言っていたけれど、
その職人がお前の父親だったら、どうする」

「どうするって」


彩希は、もし、晶があの店にいたのならと、考える。


「というか、そもそも、お前に連絡を取らないって言うのは……」


拓也は、彩希が困ったような顔を見せたので、

まずいことを言ったのではないかと、思い始める。


「……まぁ、俺が考える話しじゃないな。お前が考えればいい」


まっすぐ歩いた場所にある信号機は、二人の目の前で青から赤に変わる。

待ち時間を示すラインが減っていくのを、拓也と彩希は、別々の思いを抱えたまま、

待ち続けた。





「おぉ……」

「これなの?」


営業企画部に戻り、彩希はこの旅の成果を披露した。

武やまつばが、袋の中から、あれこれお菓子を取っていく。

遅れた寛太が手を伸ばしたとき、何か小さな紙に触れた気がして、

それを握って取り出してみる。


「うわぁ……」

「どうした、荒木」

「なんですか、これ。万円札です。えっと、これって……」


小さく畳まれている札を広げると、1枚ではなく2枚あった。

寛太は、こんなお菓子はないだろうと、興奮状態になる。


「本物なの?」


そばで見ていたエリカも驚きの声をあげた。

寛太は、1万円札2枚をデスクの上に置き、

本物なのだろうかとなぜか匂いを嗅いでいく。


「あ……匂います、札の匂い。本物です。ほら、キラキラしたところもありますし」


寛太は、ホログラム部分を指さし、興奮気味に語る。


「荒木、それは江畑が『夏のイベント抽選会』にでも当たったか、
帰りの電車賃を出そうとして落としたか、そんなものだろ、返してやれ」


2万円の出所を知っている拓也はそういうと、

自分の『気持ち』を素直に受け取らなかった彩希を見る。


「あ……そうか、そうですよね。落としたんですよね、はい、江畑さん」


寛太は、斜め前にいる彩希に、その2万円を渡そうとする。

彩希は、どこまでも拓也が財布に戻さないのだと思い、軽く睨みつける。


「あぁ……すみません。そうです『抽選会』です。当たりました。
だから、イベントの打ち上げにでも使いましょう」


彩希はそういうと、2万円を受け取り、拓也の前に出す。


「ん?」

「秋のイベントの打ち上げに使いますので、チーフである広瀬さんが持ってください」


彩希の切り返しに、拓也は文句を言おうと横を向く。


「持っていてください」


彩希の気合と、他のメンバーの不思議そうな顔に気付き、仕方なく拓也は手を伸ばす。


「……そうか、わかった」


拓也は彩希の差し出した2万円を受け取ると、事務用の茶封筒を取り出し、

ここに入れておくと、メンバーに見せる。

寛太が、本当にいいのかと彩希に聞いてくる。


「幸運は、ひとりじめしないほうがいいですからね」


彩希はそういうと、みなさん味わってみてくださいと、包み紙を取り出した。



「それにしても、すごいね」

「本当……」


『2万円の行方』がとりあえず決定したこともあり、

『雫庵』の最中や、栗まんじゅうなど、

彩希は、昔から有名なお菓子をデスクの上に並べていく。

まつばは薄い紫色の和紙に包まれたカステラのお菓子を、一つ手にとって見る。


「私、バタちゃんが急に有給だって聞いて、どうしたんだろうって心配したんだよ」


まつばのセリフに、武もそういえば仕事中もあれこれ心配していたなと、

数日間のことを振り返る。


「そうだったんだ、ごめんなさい。急に思いついたら、いても立ってもいられなくて。
どんどん計画立てて実行したら、こうなってしまって」


彩希は、まつばに返事をしながら、拓也の顔を見る。

拓也は、エリカが『彩』の袋を開け、4分の1という大きさに切り分けているのを、

見ているようだった。


「売り場のチーフったらさ、バタちゃんには悩みがあるんじゃないかとか、
意味深なこと言うんだもの」

「悩み? 私が?」

「そうそう……女性だからとかなんだとか、
あれはきっと、恋愛ごとだと思っていたはず」


まつばは、よく考えるとおかしな話だと、笑い出す。


「チーフは昔から、そそっかしいから」


「あ、わかる、わかる。そういうタイプに見えた」


まつばは、なんだか動きがチョコチョコしていたと、チーフの真似をする。


「あはは……うまい!」


彩希は、まつばの真似を褒めると、メンバーに食べてみてくださいと薦めていく。


「江畑さんは?」

「私は、もうあれこれ食べましたから大丈夫です」


エリカはそうなのと言いながら、他のメンバーに『彩』を薦める。

拓也もその一切れを手に取った。


「それにしても、『和茶美』のこれ、どうやって買ったの?
取り寄せはしないけれど、直接出かけていけば、案外すぐに買えるってこと?」


エリカは、純から話を聞いていたが、わざとそう尋ねた。

武や寛太も、それはそうだと彩希の答えに注目する。


「いえ、実際にお店に行っても買えるのは3週間後だと言われました。
とにかく予約が相当入っているようで。でも、そこまで待つのはと考えて、
実はあの……『伊丹屋』の栗原さんにお願いしました」

「『伊丹屋』?」

「はい」

「エ! 『伊丹屋』って、江畑さん知り合いなの?」


武は、栗原純は、経済誌にも取り上げられたと、情報を披露する。

エリカは黙ったまま、『彩』を口に入れた。



【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【30】和歌山  かげろう  (卵黄を練込んで焼き上げたブッセに、バタークリームをサンド)



31F-①




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